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July 26, 2014

『ヒトラー演説 熱狂の真実』

Hitler_speak

『ヒトラー演説 熱狂の真実』高田博行、中公新書

 そういえば、ヒトラーがなにを語ってきたのかという分析は読んだことがないわな、と思ったのが、この『ヒトラー演説』を手にした時の感想。素早く購入して読みました。

 近代ドイツ語史を専門にしている学習院大学の高田先生が、演説文をコンピュータ処理して150万語のデータを完成させ、それを元に分析しています。正直、言語分析に関しては「それがどうした」感が強いのですが、ナチスの運動初期、ミュンヘン一揆後の雌伏期、政権獲得期、政権奪取後、第2次大戦前、戦争期という6章は、改めてワイマール政権に対する民衆の怨嗟、その閉塞感を一気に晴らしてくれそうなナチスへの期待、実際にうまくやってみせた4年間、それがうまくいかなくなって戦争準備に走った時期、そして日本と同様、最初しかうまく回らなかった戦争期という歴史を民衆と政権の両方から、意外にも立体的に浮かび上がらせてくれました。

 ヒトラーの演説はジェスチャー、舞台、ラウドスピーカー、ラジオによってエンハンストされていくんですが《受け手に伝播させるメディアがあっても、受け手に聞きたいという強い気持ちがなければ、その潜在力は顕在化しえず、受け手を熱くできなかった》というのが結論でしょうか(p.263-)。そして実態のない言葉はヒトラー自身も語る気を失わせ、最後は全くやる気を見せずに万策尽きて自殺します。時間のない方は、この部分を含めたエピローグだけを読めば概略は書いてあります。

 人々が当初は熱狂したヒトラー演説はナチスの政権奪取の切り札だったんですね。その効果を最大限に活かすため、ラウドスピーカーによって、一気に会場を広げます。ミュンヘン一揆で出所後、演説禁止が解かれたヒトラーを助けたのが、マイクとラウドスピーカー。愛用したのは開発されたばかりのノイマンのコンデンサーマイクCMV3。さらには飛行機を飛ばして全国を遊説させることで、さらに効果は高まります。

 そして政権奪取後は国家が独占していたラジオも支配下に置き、安価な受信機をつくらせて各家庭に置くことで、ヒトラーの言葉を普遍化させようとするのですが、やはりライブでないとシズル感は出ず、効果はイマイチで、戦争に突入すると国民はヒトラーの言葉から「いつ終わるのか」というサインを読み取るためだけに聞くようになり、しまいには米英各国がリアルな戦況を伝えることで、逆効果になっていくというのは皮肉でしたね。

 にしても、ナチス政権は日本の大本営よりも、スターリングラードの敗北などを含めて、よほど戦況を正しく国民に伝えているんですよ。そこだけは大したもんだと思いました。スターリングラード攻防戦でヒトラーに介入されたマンシュタイン元帥がヒトラーの演説にヤジを飛ばしたなんていうあたりも、さすがプロイセンの軍人だなと思うと同時に、日本とは違うなと感じます(p.252)。

 後は、メモみたいなもんですが、ヒトラーの文章、演説には仮定表現が多っていうんですね。「ユダヤ人への反感を多くのドイツ人が表しているなら、その原因は…」みたいに社会の問題点を勝手にシンプルにまとめ、都合よく状況を仮定した上で、それを出発点に議論を進める手法なんですが(p.23)、これって在特会のデマゴギーの作り方と同じだわな。自称登山家の野口某とも似てるかもと思いました。

 ミュンヘン一揆の失敗で収監されて出てきたヒトラーの演説は、少なくとも彼が一つの運動体をつくろうとしていたことがうかがえました。《だから、内輪の争いをやめてほしい》。ヒトラーは、少なくとも運動体を抱えて、退潮期にそれを維持するために切実に訴えてるわ、と感じました(p.50)。

 言語分析に関していえば、ナチ運動初期によ使われた「バイエルンの」という狭い地理的範囲が、政権期には「ドイツの」「ヨーロッパ」とインフレ化しているあたりは、なるほどな、と(p.209)。ナチ政権前半では失業が大きな社会問題だったということもあり、「名誉」と「労働」が特徴的に使われていたというあたりも(p.211)。

 『わが闘争』でも無からパンを取り出す言葉は重要みたいなことが書かれていますが、政権奪取後も「独裁」を「より高次の民主主義」、「戦争準備」を「平和の確保」と呼び変えるあたりの婉曲表現はひどいもんだな、と思います(p.75)。

 ミュンヘン一揆後のヒトラーの凋落期、ユダヤ系の週刊誌は、以前の勢いを失ったから、と安堵する記事を書いているんですが、やはり、魯迅ではないですけど、在特会みたいなのは、水に落ちた犬のように叩かないといけないのかも…。

 運動初期、要注意人物として警察はヒトラーをマークしていて、その演説は「理性的、客観的に見る限り、何の価値もない」と分析しているのですが、著者は《ヒトラー演説の程度の低さは、ヒトラーが大衆を理解力のない集団と認識していることによっている》と分析しています(p.60)。だから凄いんだ、と。

 プロパガンダという言葉は、1622年にローマ教皇グレゴリウス15世が反宗教改革運動推進のために設立したローマカトリック教会教義布聖庁の布教という言葉にさかのぼるそうです。元になるのは繁殖させる、種をまく意。送り手が流す情報を自発的に受け入れさせることだというのは、なるほどな、と(p.66)。

 レニ・リーフェンシュタールは『意思の勝利』の前年、同じような党大会の映画『信念の勝利』を撮っていたんですが、粛清されたレームが写っていたので廃棄されたというのは知らなかったです。あの映画が、あれほど完璧なのは、2作目だったからなのか…。

 ドイツは地形的に北の海しか持たないために損をしているというコンプレックスを持っている、という指摘はハッとしました(p.205)。

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