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July 08, 2014

『世界の見方の転換 3』

Sekai3

『世界の見方の転換 3 世界の一元化と天文学の改革』山本義隆、みすず書房

 山本義隆さんの近代科学史3部作の完結巻(個人的には『熱学思想の史的展開』を入れて『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』と『世界の見方の転換』で4部作だと思っていますが)。

 あとがきによると、これまで続いたアウェーでの勝負を終え、今後はホームの20世紀物理学史に向かうようで、ボーアとアインシュタインの論争を追跡したいとのこと。さらに、大幅削除した天文学の発展に伴う数学の歩みについては雑誌『数学文化』で連載するとのことで、どこまで理解できるかわかりませんが、せいぜい振り切られることだけはしないようにしたいと思います。

 山本さんが、これまでアウェーの戦いを続けてきたのは、全共闘時代の経験から、日本社会は本当の近代化を経験してこなかったんじゃないかという疑問から、改めてその基礎となる近代科学史をまとめることで、遠いところから防波堤をつくろうとしたあたりにモチーフがあるんじゃないかな、と思っています。遠いところから防波堤をつくるという試みは、国立図書館にワンセットだけある、山本さんがまとめた東大全共闘の膨大な資料集づくりみたいなところにもあらわれていると思うんですが、いまは直接に役立たないかもしれないけど、将来の研究者はここから初めてほしい、みたいな想いがこもっているんじゃないかと。

 しかし、なんつうのか生硬さはどうしても感じてしまうんですよね。三部作の最初の方では、たしかDOSで原稿を書いていて、MSが勝手にOSをバージョンアップさせていって、古いパソコンを使えなくさせることに憤っていました。今回の『世界の見方の転換』の三部作もWindws XP上のTeXで書かれたそうで、「相変わらずだな」と思いながらあとがきを読んでいました。

 思弁的な論証知と技術的な経験知を結合させた西洋文明が世界を制覇したというのが山本科学史観の核だと思うのですが、その後の化石燃料の利用と資本の投入によって、経済社会が等比級数的に発展していったことについては否定的で、福島第一原発の事故で誰も責任をとらないことについて《明治以来の「国策」としての科学技術推進そのものの問題がある》と批判しています。でも、それは日本が近代化の洗礼を受けていないから(根底的な世界観をひっくり返されたとこから、新たに自らそうしたものを創り出すことまではやっていない)というよりも、社会が複雑になりすぎて、吉本隆明さんではありませんが、「重層的な非決定」を続けながら総体としては前進していくしかないみたいなことになっているからじゃないかと思うんですがね。というか山本さんは、そうした倫理観のない複雑なシステムを肯定できないのかな…と勝手に思ったりもします。

 基本的に『世界の見方の転換 3』は1572年の超新星によってアリストテレス的世界への疑義が高まり、ティコ・ブラーエが厳密な観測によって、新たなコペルニクスと地動説を融合したような太陽系モデルを提唱するのですが、それをケプラーが最終的に美しく太陽中心の太陽系モデルを打ち立てることで克服し、さらには惑星軌道を厳密に計算することによって、それは円ではなく楕円軌道であるということを証明し、最終的に思弁的な論証知の体系としてのアリストテレス自然学が克服された、という軌跡を描いていきます。思弁的な論証知では、完璧な図形は円であり、完璧な運動は円運動だ、と考えられていましたから。

 さらに、超新星や彗星の出現によって天上界は不変だというアリストテレスの世界観が崩壊し、ティコ・プラーエはそれまで信じられていた固い天球の存在を廃します。さらに彗星の尾が常に太陽の反対側に引くという観測からは、太陽からの何らかのエネルギー(やがて引力として認識されるわけですが)が出ているのではないかという推測が生まれたり、月下界でも月面への地球光の反射が確認されたことによって、月と地球は同じ物質ではないかという推測にもつながっていきます。

 しかし、ケプラーでも楕円の2つの焦点 F1,F2 からの距離の和 PF1 + PF2 は一定という性質は解明できていなくて、真円からどれぐらい内側に寄っていくかみたいなことを、しかも、かなり間違った式で説明していたというのには驚きました。

 また、あとがきではガリレオが近代的な実験の思想を創りだしたと評価しています。それまで、魔術などで人を驚かすパフォーマンスとして行われたものを《理論に導かれた法則の目的意識的な検証のためのものとして位置づけた》と。

 こうした態度はカントをして《教師の欲するままに口まねさせられる生徒の資格においてではない。証人に強いて、じぶんが課した質問に答えさせる正式の裁判官の資格をもって》ガリレオは実験に臨んだという評価を生みます(『純粋理性批判』)。

 そしてガリレオたちの実験思想から科学技術という思想が生まれ、西洋の優位が確立された、ということで大団円になります。

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