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June 17, 2014

「負けたが良くやった」と騒いだ78年のアルゼンチンサポ

Argeniha78

 写真は『別冊サッカーマガジン アルゼンチン'78』から。

 地元開催のワールドカップで優勝候補だったアルゼンチンは一次リーグ最終戦で、これまた優勝候補のイタリアと戦い、ベテガのゴールによって1-0で負けました。

 もちろん、軍制のことは知っているし、二次リーグ(当時のやり方)でペルーに6-0で勝たせてもらったということもわかっていますが、イタリアに負けて、ブラジルと2次リーグを戦わなければならなくなったという瞬間なのに「アルゼンチンは負けた。しかしよくやった」と地元サポーターは騒いでいた、という写真。

 いい写真だな、と思いますよ。

 「負けた。しかしよくやった」というのはアルゼンチンのイメージからは信じられない感じはしますけどw

 岩波新書の『フットボールの社会史』を読むと、フットボールという単語の歴史文献上の初出は「フットボール禁止令」であったというんですわ。この後、この分野での研究はさらに進んでいるから、古い本なので今でも正しいかは知りませんが、サッカーは為政者が統御できない民衆の社会装置だということは、昔から変わっていないように思います。

 渋谷のスクランブル交差点で日本代表が負けても騒いでハイタッチするにわかサポーターを非難するようなことも聞きますが、それも含めてのフットボールなんじゃないですかね。

 だいたい、ほとんど実績を残していない南米での戦いで、ベスト16が当たり前みたいな雰囲気は、ちょっと信じられませんでした。なのに、中学生の応援団のように「自分たちの力を信じれば勝てる」みたいなことを言うサポーターばっかり。最後まで信じて応援するのは結構ですが、少なくとも負けたからといって渋谷のスクランブルでハイタッチをする人たちをけなすことは違うだろう、と。

 だいたい日本がワールドカップに出られるようになったのは参加国が32ヵ国にエキスパンションされたから。16ヵ国ではムリだったし、24ヵ国でもダメでした。出場それ自体がお祭りへの参加みたいなもなんですから、負けて騒いでもいいじゃない。

 もちろん、勝ってもらいたいけどねw

 コートジボアールとの試合は、スペインがスーパーイーグルスに負けた試合をなんか思い出しますし、よく3点目を入れられなかったな、と思いますよ。もしコートジボアールが得失点差でグループリーグを突破できなかったら、意気消沈していた日本相手に3点目を狙いにいかせなかったラムシ監督に非難がでかねない采配だったと思います。

 そういえば、今はユーロとワールドカップを3連覇しているスペインだって08年のユーロ勝つまでは『無敵艦隊(笑)』って言われていたんですよ。

 いくらいいサッカーやっても結果はなかなか出ないんです。だから、日本が独自の戦いでグループリーグで散ってもいいじゃないですか。

 個人的な感想ですが、負けてハイタッチというのは、「時代が変わったな」という感じを受けました。歳も歳なんで言うことが古くて申し訳ないんですが、大昔、竹の子族をテレビで見て「ああ、社会的な問題を訴えてもムダな時代が来てしまった」と感じたことを思い出します。

 でも、ああいった人たちも「なんか鬱積したものをサッカーの試合を見て発散する」サッカーファミリーとして認めないと、これ以上の広がりはないんじゃないかと思います。

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