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April 06, 2014

『半自叙伝』

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『半自叙伝』古井由吉、河出書房新社

 自身の自撰集と作品集に収められた月報や巻末に書かれた文章を集めた『半自叙伝』。

 ぼくは『杳子・妻隠』こそ早くから読んでいたものの、文学作品からの離脱も含めて古井由吉さんの小説の良い読者ではないのですが、『人生の色気』などのエッセイや『詩への小路』『漱石の漢詩を読む』などの詩に関する批評、翻訳は好きで、長く読ませてもらっている作家です。

 大学教師から作家へという歩みも好ましいと思っていますし、鬱然たる大家という感じもせず、ちゃんと挫折を知っている信頼に足る世代という気がします。中井久夫先生とは4歳違いで、ともに空襲を経験し、敗戦を抱きしめながら生きてきた軌跡は、ぼくの知っているまだ貧しい日本が地道に立ち直っていく姿と重なります。

 1月末の銀座・有楽町を襲った昼間の爆撃から、なぶり殺しのように徐々に焼き払われていった東京の空襲は《かならず来るはずの災いが、半月もひと月してもやって来ない。だからと言って、避けられものではない。そんな半端な状態は人の心身をけだるくする。。けだるさは大人たちの物腰にも見えた》という状態となり、5月24日の東京・西南部を山の手から郊外まで焼き払った空襲で古井さんの家も焼かれます。さらに、疎開先の大垣の父親の実家も7月末に焼き払われます。落ち延びていく途中の甲府も名古屋も焼き払われていき、終戦を迎えるという経験は、ある種の記憶をなくさせる、と古井さんは何回も書きます。

 そして「モーナイ、モーナイ」というGIにたかる《闇屋のはしくれ》となり、なんの間違いかアメリカから大量に援助された赤砂糖をつかったカルメ焼きを、何もすることがない大人たちが投げやりに焼いているのを横目で見るような戦後が始まる、と。

 やがて朝鮮戦争も終結し、結核の特効薬も入り、栄養状態も良くなりますが、この時期に手術をした古井さんの友人には売血で受けた点滴から肝炎に苦しむ人も出てきて、それなりにまだ陰惨な時代は続きます。この頃から「蒼い顔」をして歩く若者が少なくなっていったと書いていますが、なるほどな、と思うと同時に、若い時に成長に使われる栄養が足りないと、結核になりやすいのかな、なんて思ったりもします。

 後年、旅行中の宿でヘルダーリンの詩を読むうちに《これはギリシャ語のおさらいをしないことに音韻からしてわからないなと思い立ち、帰って文法のおさらいから始め、どうせ三日坊主と思っていたら案外な御辛抱で、アイソキュロスとソポクレス、ピンダロスまで読むことになり、後に前ソクラテスの哲学者たちからホメロスにまで及んだ。読んでたどたどしいながらの恍惚感があった》というあたりは、及びもつかないことながら似たようなことをやっているので「わかるな」と思いました。

 《地は定形(かたち)なく、曠空(むな)しくして、黒暗(やみ)淵(わだ)の面にあり。神の霊、水の面をおおいたりき》という文語訳創世記1:2からヒントを得たという『白暗淵』という作品はいつか読んでみようかな。

 徳田秋聲の作品に東京の風景がよく描かれていというので、それも(p.126)。

 《狂いに落ちる過程をたどることはまだしもできても、狂いから立ちなおる過程を追うのは、これこそむずかしい》というあたりは、中井久夫先生の寛解過程の話しにも通じるかな、と(p.153)。

 連歌に興味があるというのも始めて知りまして、『芭蕉七部集』あたりちゃんと読もうかな…とか。

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