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February 16, 2014

『聞書きブント一代 』

Bund

『聞書きブント一代 』石井暎禧、市田良彦、世界書院

 第一次ブントの連中は、中曽根さんだか、後藤田さんだかが「みんな右翼になった」と語っていたのが印象的だったけど、文系の人間はそうした傾向が強かったと思います。

 でも医学部の人間は島さんなども含めて、最後まで左翼を貫けた人が多くて、この石井暎禧さんなんかもそう。まあ、医師免許さえ持っていれば、医局との繋がりは断ち切ったとしても、生活には困らなかったでしょうし、後には厚生省(厚労省)なども動かす勢力をつくっていくわけですが、まあ、運動のあたりは自慢話系なのでおいておいても、医療関係の話は面白かった。

 《都市というのは世話焼いてくれる共同体が崩壊し》医療を含めた重要なサービスを受けることが《個人的消費行為の一つになっている》。だから、できれば自主管理が望ましいということで、川崎市でとにかく実践に入る、と。

 そうした自己管理型医療のテーマは『ビジネス』にして『闘争』であるとして、こうした医療運動に純化していった、と(p.221)。

 《チームはうまく回っている時は拡大した自己で快感だけど間違える》《自己実現なき自己責任は続かない》など名言も多いけど、《80年代まで日本の医療費はGDP比で世界20位で異常に効率が良かった。そのおかげで、平均寿命が伸びて、高齢化社会が来てしまった》p.273という見立ては、なるほどな、と。

 本人はあくまで最後まで治療を続けるという立場を表明しているんだけど《90歳の老人に癌の手術をして、家族に介護をやらせると家族を破壊する。医療の進歩が家庭生活を破壊してしまっては本末転倒》p.281と書いていたり、医者個人として生死感を決めることは難しいけど、北欧のように《食事の自力摂取が出来なくなったら治療しない、だから寝たきり老人もいない》みたいな方向に向かわざるを得ないと感じているのかも。

 これまで、まったくわからないから、あまり発言していなかった問題のひとつに(まあ、浅学非才の身ですから、そんなのはいっぱいありますがw)混合診療の問題があります。

 この問題についても石井暎禧さんが、わかりやすく、しかも根本から説明してくれています。

 混合医療の規制緩和はアベノミクスの目指す制度改革のひとつとして掲げられてはいるんですが、ぼくの場合、何が問題なのかということすら分からなかった。

 石井さんはこれを保険診療の原則から問題視していきます。

 保健医療の法的原則は《医療が「現物給付」されることで、患者は保険証をもっていげは医者に看てもらうことができ、支払いは「保険者」である健康保険組合や共済組合が行う。患者の「自己負担」というのは病院が「保険者」の代わりに徴収しているだけです。医者と患者はサービスと金銭を直接には交換しない》ということを石井さんは強調します。

 これは《都市というのは世話焼いてくれる共同体が崩壊し》医療を含めた重要なサービスを受けることが《個人的消費行為の一つになっている》という問題意識ともつながります。

 医療は商品ではないから、保険制度によって《医者と患者はサービスと金銭を直接には交換しない》という原則が貫かれ、でも、例外はどうしても必要だから高度な特定の緒量法については「特定療養費」として《最初から保険負担と患者負担を分けている。特定の治療法だけを二つの診療体系の外に出している》というのが、石井さんの「特定療養費」に関する見方であり、《特定療養費を混合診療への歯止めの制度だと考えている》と。

 これによって医療はサービス商品ではないという原則とともに、《すぐに保険適用が無理でも、よりよい医療をいち早く提供できる》ようになる、と。混合診療なんてこと言わなくても、そんなのできますよ、と。

 石井さんは東大医学部時代に医学連書記長としてブント(共産主義者同盟)の60年安保闘争を指導したひとりというだけでなくも70年安保の時も第二次ブントの政治局員でしたが、2005年には、医療法人石心会の実践を元に政府の中医協の委員となります。

 《医療費抑制も医療崩壊も、政策や制度にかんしては「病院問題」なんです》。診療報酬の65%は病院が使っているし、ベットの95%は病院が持っている。

 脱落しているのは医師会を構成する小規模な開業医。開業医は交通事故が多発していた時には、運び込まれた患者を囲い込んで儲けられていたけど、交通事故が減り、高齢化が進む中で高度な医療が必要な循環器系の疾患には対応できなくなってきた、というのが石井さんの見立て。

 石井さんは中医協に利用者側委員として入っている連合の委員とは、左翼ネットワークで話しをつけて、小泉さんに提出した報告書も事実上まとめた、としています。

 石井さんは「自立した市民が、自分たちの拠出した金で要介護者を守っていく、という介護保険の原理を貫くことです。国家におんぶした制度のなかでうまくやっていこう、という考える連中のものにしてはいけないんですよ」と語ります。

 ここらへんはいいな。

 千年王国みたいに自分たちのセクトというか政党というか、宗教団体も含めて、そういった中で理想をつくりあげて、そこでの考えを他の運動や問題に押しつけて介入していくというような立場を唾棄すべきものとして拒否する一方、今の国家なんは石井さんたちみたいな人たちと溶けてくことで「眠り込」ませていけばいいみたいな立場。

 そして、これはある尊敬する官僚の人が言っていたけど「男の仕事なんていうのは、実に狭いところに落とし込まれていって、でも、それをやっていくのが本当に仕事なんだ」みたいな言葉を思い出させてくれました。

 エリートとして育ち、60年安保では国家と渡り合い、でも、医療法人の実践を通じて、最後は、社会医療法人改革に行き着く、と。

 この本を読んでいる最中、「ベルギー、子供の安楽死を合法化 年齢制限撤廃へ」という記事が出たんですけど、ヨーロッパでは国が生死感を政策化し始めているんだろうな…なんてことも思いながら読んでいました。

 【ブリュッセル=御調昌邦】安楽死を認めているベルギーで下院議会が13日、年齢制限をなくす法改正案を賛成多数で可決した。現在は18歳以上で患者の自発的な判断があったうえで「耐え難い苦痛」があることなどが条件。今後は低年齢の子供も対象になる。オランダは12歳以上に安楽死を認めているが、法律で年齢の制限をなくすのはベルギーが世界初という。

 上院は昨年12月に可決しており、国王の署名で施行される。国内では支持する人が多い一方、一部の医師や宗教団体には反対論もあった。今後、国際的な議論を呼びそうだ。

 同議会が年齢制限の撤廃という結論に至った背景には、安楽死を決断できるようになる時期は個人によって異なるため、年齢で区切るべきでないとの認識があるようだ。

 今回の改正案では、子供が安楽死を選択する際にはこれまでの条件に加え、親の承諾や本人の判断能力を確認することが求められる。一部には子供が本当に冷静な判断をできるのかといった議論もある。

 ベルギーでは2002年に特定の条件下での安楽死が合法化され、現地報道によると12年には計1432件の安楽死が報告された

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