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October 13, 2013

『歌舞伎 家と血と藝』

Kabuki_nakagawa

『歌舞伎 家と血と藝』中川右介、講談社現代新書

 なんていいますか、歌舞伎とクラシック音楽の愛好者にとって、中川右介さんは、厖大な資料の中から極上のネタを選び出し、新たな興味深いストーリーを紡いでくれる極上のエンターテイメント・ノンフィクション・ライターとなりつつあります。

 しかし、手法は実際に取材するというのではなく、資料の山と格闘してカードなんかに書き込んで、それ再構成するという、アメリカンなものっぽい。アメリカンな手法というのは揶揄ではなく、システマチックというか、アメリカあたりの大学院の論文の書き方なんかに出てきそうな感じの手法。安定感はあるし、渉猟の範囲が広いと思うので、思わぬ事実同士がぶつかり合うなんていう効果も期待できます。

 ということで、8月に出た新書ですが、肩の凝らない本を旅先で読もうと思って持ち出し、大正解でした。

 11世仁左衛門がつくった片岡少年俳優養成所から阪東妻三郎や千恵蔵が生まれたなど、いろいろ知らない事実も教わりました。これは後に13世仁左衛門となる愛息のためにつくられた稽古場らしいんですが、安田善三郎からの資金援助もあったのではないか、と書かれています(p.140)。だいたい13世仁左衛門さんは、『銀行王 安田善三郎』などによると《三男は生後すぐに歌舞伎役者の11代目片岡仁左衛門の養子となり、13代目片岡仁左衛門として活躍、人間国宝に認定となった》とされています。なぜ養子に出されたのかというと母親は佐川琴という待合の女将だからではなかったかというのですが、それよりも、安田善三郎の息子ならばオノ・ヨーコとも血のつながりがあるわけで、いまの15代目の品の良さもこんなところから来ているのかな、と感じました。

 11世仁左衛門は大活躍した役者さんで、初代鴈治郎や5世歌右衛門とも深い関わりを持ちます。歌右衛門襲名で仲違いしていた二人が仲直りして踏んだ舞台が伊賀越道中双六というも、味わい深い。11月には鴈治郎はんの孫の藤十郎がやる国立劇場の伊賀越は見物しに行こうと思います。あと、偶数の仁左衛門の悲劇は、使用人に一家を惨殺された12世を含めてただ事ではないな、と思うぐらいの凄さです。

 それにしても5世歌右衛門の襲名は本当に大変だったようで、その後の6世歌右衛門さんも含めて、成駒屋というは縁は薄いけれども藝と政治力で君臨していったんだな、ということがわかります。

 考えてみれば7世歌右衛門の襲名は、6世歌右衛門の兄弟である芝翫さんの息子が継ぐという、久々の地のつながった成駒屋になるんですねぇ…酒飲みということだけでも、応援しちゃいたくなるんですが、あまりにも偉大な存在だっただけに、まあ、マイペースでやってもらえればいいと思います。

 偉大な5代目の遺言によって福助の名跡に空白はあってはならないということで、今の福助が歌右衛門襲名にあわせて、息子の児太郎が福助を継ぐそうですが、女形として大丈夫なのかな…とガッチリした体格を思い浮かべながら心配してしまいます。

 それにしても、歌舞伎役者さんたち井原西鶴並みの性的放蕩を地でいってるというか、誰が誰の子なんだみたいな素晴らしつながりで、まさに世界でただひとつの世界。14世仁左衛門を追贈された13世片岡我童さんと11世團十郎とのラブラブの関係も含めて凄いねぇ…と改めて思います。3代目家六が息子2代目時蔵が義太夫を習っている女性の元に挨拶に出むいたら、17世勘三郎が生まれてしまい、年の離れた兄となった初代吉右衛門は苦々しく思ったなんていうエピソードは可愛いぐらい。

 ぼくにとって、いまでも、これからも最高の役者さんは6世歌右衛門さんです。6世歌右衛門さんがうんと言わなければ、7世菊五郎の襲名もできなかったというぐらいの政治力を発揮していたというんですが、そうした迫力が舞台にも、時々出たインタビュー番組なんかにも感じられたんですよ。

 ぼくは、歌舞伎好きの方々が褒めちぎる松貫四が個人的に合わなくて、あまり、そうしたことはおおっぴらに言わなかったんですが、この本を読んで、やっとその理由がハタと理解できました。それは、俳優協会の専務理事に高麗屋を差し置いてなったり、義父の秀山祭を催したり、新歌舞伎座のこけら落としで團十郎の代役をこなしたりするセンスがなんか政治性過剰に感じるからなんだな、と。どうせ、政治力を発揮するのなら、6世歌右衛門さんのような蒼白い炎が見えるような感じで発揮してほしい、と思いました。

 落語研究会で一朝師匠の「芝居の喧嘩」を聞いていたら、マクラは6世歌右衛門さんの話しでした。一朝師匠は横笛を歌舞伎座で吹いていたんだけど、なんと!大成駒からご祝儀を貰ったそうなんです。なかなかないことだと周りからいわれたので、お礼に楽屋へ上がると、なんと歌右衛門さんのは二間で化粧部屋は十畳、六畳の次の間付きだったそうです。少しショックだったのは、晩年はプロンプタに頼ることが多くなって、耳も聞こえなくなってきた後は、無線でイヤホンを通して聞いていたそうです。しかし、国立劇場では桜田門が近いので、警察無線が混線して…という話しでしたが、愛する歌右衛門さんの話しが聞けてよかった。

 《昭和の名優たちの息子は、誰も玉三郎を凌ぐことができなかったということを意味する》という指摘も重い。6世歌右衛門さんも含めて、歌舞伎の血筋ではないところから出てきた役者さんが、これまでのところ、歌舞伎界に君臨しているわけで、いまの海老蔵の時代になると、それがどうなるか…いろいろ楽しみでもあります。もしかして、菊之助が…ということも含めて。

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