« 『棺一基』 | Main | 『フットボール百景』 »

September 01, 2013

『統合失調症の有為転変』

Nakai_uitenpen

『統合失調症の有為転変』中井久夫、みすず書房

 中井先生は引退なされてご婦人とともに有料老人ホームで暮らしているということで、徐々に出る本も少なくなっていくようで、一冊一冊を大事に読んでいこうと思っています。

 この本では改めて、ご自身が精神医学と医療で何をやってきたのかということを解き明かしてくれているような気がします。それはコンラートなど統合失調症の発病の過程に精であった状況に、寛解過程という概念を新しく持ち込んだということなんでしょう。当時は不治の病とも考えられてきたわけですが、ヒポクラテスの伝統からして、経過観察が大切であり、さらにはウイルス研究者としてやってきた時に培われた実験精神を臨床に持ち込み、寛解過程をグラフなんかで「見える化」した、ということなんでしょうか。

 《患者のパワーを削ぐものはまず「ジャッジメント」であり、パワーを与えるものは「アセスメント」である》(p.64)という言葉も、こうした背景があるんでしょう。

 タイトルにもとられている「統合失調症の有為転変」や「統合失調症の経過における治療者・患者間の最小限の情報交換」では、これまで様々な本で語られてきた患者さんたちの姿が「あ、あれはこの方なのか」ということが思い浮かんできて、こういうことを言っては失礼かとは思いますが、懐かしい感じもします。もちろん、そのまま出されるわけではないかもしれませんが、お亡くなりになった方なんかは、自死を防ぐためという意味もあってか、そういったケースは積極的にこれまでの本以上に、積極的に取り上げられている感じがします。

 《私はうつ病の人には絵画療法をしないが、それは昔スイスから出ていた精神病患者の絵画集にうつ病患者の画が結構あって、裏に書いてある予後に自殺が多かったから》《うつ病の人たちの精神的視野の狭さは一種の保護枠だから、精神的視野が突然ひらけるのは危ない》(p.145-)《絵画療法で、赤/黒の二色の絵は自殺のサインという見解もある。ちなみにナチスの党員証が赤黒の二色》(p.169)なんていうあたりはハッとしました。

 中井先生が東京の精神科病院を辞めて名古屋に移ったのは1974年だそうですが、2010年現在、看ていた患者さんで入院しているのが4人いらして、《私のあれこれの噂で盛り上がっている》(p.10)そうです。

 スキゾフレニアではなぜ死なないか、という問題に対して《ドーパミン系は脳幹や命に関わる方には枝を伸ばしていない。だから命には関わらない》というバイオロジーの先生の意見は凄いな、と(p.61)。

 以下、箇条書きで。

 いい言葉だなと思ったのは

 《socialはラテン語のsociusからきているが、その原義には「仲間」の意味がある》(p.15)。

 《睡眠はいちばん生理的で副作用がありません》(p.63)。

 人間の行為の中で決断が最大のエネルギーを要するものだと思う(p.143-)。

 《インドは視覚性幻覚が多いそうです。三千世界が目に見えるまで修行する国ですから》p.78。

 しかし、アメリカ人はやることがハンパなさすぎですよね…。アメリカでロボトミーを大々的に取り入れたフリードマンは、消毒したアイスピックで患者の右の眼窩を突き刺して前頭葉を破壊していた、というんですから(p.93)。

 あと、日本でもアメリカみたいに保険会社による病院の買収が進んでいる(p.100)というのもビックリしました。考えてみれば合理的な話しで、行き着くとこまで行ってしまったというか、保険会社が買収した病院内で起こった医療事故裁判とか絶対勝てないですもんね。日本で法科大学院をつくったのは、医療訴訟の増加に備えて…という議論があったのかというのは知りませんでした(p.103)。

 ソ連では土壌学のような政治的に差し障りのない地味な学問が伸びたというけど、ハリウッド版のゴジラでミミズの研究していた米国人学者が登場したのも、そんな背景があるのかも(p.106)とチラッと思いました。

犠牲者が少ないのが、関ヶ原や明治維新など、日本の政治革命の特徴と書かれていますが(p.267)、だがら太平洋戦争末期での犠牲者の多さにまいったんだろうな…と感じました。

 《なにもいわずにいつも「本代」をくれた大叔母を私は今もありがたく思っている》(p.33)というのはわかるな。結局、知識しか最後には残らないんでしょうから。

 それにしても『精神科治療学』『臨床精神病理』という名の専門誌を出し続けているのは日本だけだそうです(p.37)。R・D・レインがこれだけ広く読まれ、一世代分の精神科の医師が大きな影響を受けたというのも含めて素晴らしいことだと思います。

 40歳を過ぎてから新しい説を受け入れた人、70歳をすぎてまとまった話しをきちんとできる人はいないというのは拳々服膺しようと思いました(p.53)。

 最後に土居先生たちと精神分析について語る座談会が収められているんですが、フロイトはフォイエルバッハの『キリスト教の本質』に熱をあげていて、実は宗教ではない「魂の癒やしの学」をつくりたかったんじゃないか、というあたりはハッとしました(p.300)。

 女装で直ったという患者さんもいるそうで、全体として希望に満ちた本だな、と思いました。

|

« 『棺一基』 | Main | 『フットボール百景』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/58108270

Listed below are links to weblogs that reference 『統合失調症の有為転変』:

« 『棺一基』 | Main | 『フットボール百景』 »