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September 08, 2013

『持たざる国への道 あの戦争と大日本帝国の破綻』

Motazaru

『持たざる国への道 あの戦争と大日本帝国の破綻』松元崇、中公文庫

 日経電子版では鈴木幸一IIJ会長の経営者ブログを楽しみにしていて、8/20の「蓮は泥より出でて」を読んで手にしたのが『持たざる国への道 あの戦争と大日本帝国の破綻』。

 《「文庫本にしたので、少し手を入れてみた」。役所勤めの傍ら、明治以降の財政史を研究している友人が訪ねてくれた。高橋是清を詳細に論じた書、また山縣有朋の地方財政についての書をものにしている友人の問題意識の焦点は、なぜ、軍部の跋扈から太平洋戦争に至ってしまったのかという日本の悲劇を、財政面から実証的に跡付けることなのだが、時々の詳細な数字と、政治状況をつなげながらの論述には、いつもながら感心させられる》《2.26事件時の日本は、持たざる国ではなく、世界的に羨ましがられるほど経済的に持てる国であった。にもかかわらず、持てる国が持たざる国に陥ったのは、財政を無視した軍部の独走であった。盧溝橋事件を経て、軍部の独走を許し、決定的な財政破綻に陥る過程を読むにつけ、冷徹な「知」が働かなくなる歴史の怖さと虚しさを、改めて、思い知らされる》というものです。

 こうした怖さと虚しさは文庫巻末の加藤陽子先生の解説を読むとさらに深まります。

 2.26事件時の日本は、世界的に羨ましがられるほど経済的に持てる国だったわけですが、青年将校は農村恐慌の元凶は既成政党、財閥、元老宮中勢力だと信じて81歳の高橋是清蔵相に天誅と叫びつつ銃弾を浴びせたたのですが、真の原因は中央と地方の税制のゆがみが放置されていたからでした。

 持てる国が持たざる国に陥って対米英戦争という大バクチを打って、元も子もなくスッテンテン(by甘粕)になったのは、財政を無視した軍部の独走があったからだ、と。満州国が出していた日本のための利益は5000万円だったそうで、それは日中貿易で稼ぎ出していた10億円の5%にすぎなかったそうです。そうした満州にしがみつき、財政を無視して軍を駐屯させていたから日本は持たざる国になっていったわけですが、それを軍部は英米の敵対政策だと宣伝して、国民もそうした分かりやすい説明を受入れていったわけです。

 こうした《理解しやすいが欺瞞的な説明に飛びつき、理解されがたいが構造的な真因に耳を貸さなかった国民と、国民に正直でなかった国家の関係はいかなる顛末を迎えたのだろうか》《国民に正直でなかった国家は、その国家自らが死活的に重要な場面でいざ合理的な判断を下そうという段になった時、もはやそれを許さない国民の反対にたじろぐこととなる。それは、一九四一年の開戦に先立ってなされた日米交渉の最終局面で、実際に起こったことだ》と。

 さらに問題なのは、こうした《不思議な感覚》は近年の尖閣問題でも起こっている、と。

 それにしても、戦前の軍部というか、青年将校には真面目さという良い面もあったとは思いたいのですが、やることなすことアホなことばかりというのでは同情の余地はなくなります。

 日本の墓参団が行くのはノモンハン事件のあったモンゴル旧満洲、インパール作戦の行われたビルマ、太平洋諸島、フィリピンに集中していますが、これらは、ほとんどが旧軍の作戦の失敗によって被害が多くなったところです(p.23)。

 少なくとも沖縄戦だけはやる必要なかったわな…と改めて思います。沖縄戦は軍同士の組織だった戦闘といえるものはなく、沖縄県民をまきこんでの「火と鉄の暴風」による殺戮に近いもので、戦没者は軍関係10万9600人一般県民10万人で、これは当時の県民の四人に一人に達したわけですから(p.26)。

 海軍は台湾沖海戦で敵空母を覆滅する大戦果をあげたと発表し、陸軍はそれを前提として満身創痍の米軍がレイテ島に上陸してくるものとして決戦に臨むが、無傷の米軍を前に壊滅。しかし、これも機密として発表されず、敵は進めば進むほど被害を受けるとして沖縄戦に突入したというあたりのまとめには、改めて読んでも旧軍のアホさに肌が泡立ちます。

 もちろん米軍による東京、横浜、名古屋などに対する無差別爆撃は許されるものではないと思っていますが、国民党政権に対する重慶爆撃が日本への無差別爆撃を正当化する一因になったとも(p.78)。旧軍バカすぎます。

 さらに、東条英機が関東軍参謀長だった時に無頼漢や旧軍閥の兵士を集めて内蒙古軍と称した部隊で綏遠省に侵攻して国民軍に大敗を喫した。その勝利を喜んだ蒋介石が綏遠軍を督励に行った途中で張学良に拉致されて西安事件→国共合作につながります。これだけで東條などは軍法会議ものではないでしょうか(p.73)。

 さらに華北での円プロック形成を目指して行われた「円元パー」政策は、交換レートが実勢を無視する円高に設定したため、正貨流出を招き、それは敵方である蒋介石の戦費調達を助けといいます。蒋介石はこれによって外貨(正貨)を節約でき、軍事物資を調達できたわけで、何をやっているのかな、と(p.99-)。

 これは高橋是清による海外での戦費調達によって勝った日露戦争とは真逆のやり方。負けに不思議の負けなしといいますか、負けるべくして負けたとしか言いようがありません。

 さらに、日本が満洲や華北の開発において英米との協調の路を閉ざしたことは、明治維新以来、高橋是清や井上準之助が営々とした努力によって国際金融市場での信用を獲得し、国際資本を活用して我が国経済の発展を図ってきた努力を無にするものであった、と(p.96)。

 それにしても、ルーズベルトの母親の一族はアヘンを含む貿易で財をなしたそうです。こうした関係もあって蒋介石は積極的に働きかけたそうですが、まったくアングロサクソンは暗黒面を持っていますね(p.75)。

 また、閑院宮が参謀総長に就任したのは、満洲事変の際、幣原外相が金谷参謀総長に電話連絡したことを軍部が問題視し、電話で呼び出されない皇族をあてたためですが、海軍も伏見宮を軍令部総長にして追随したわけで、どちらも開戦になると皇族に累が及ぶということから退任してもらっているわけですが、310万人の戦没者のことはあまり考えなかったんでしょう(p.172-)。

 上海事変後、日本がアタマ良かったらポーランド分割みたいにソ連とモンゴル含む中国東北部を分割しあっていれば良かったのにと思ったことがあったが、中国もそれを一番恐れていたとは(p.82)。

 ちなみに著者である松元崇さんは大蔵官僚。子どもの頃に街にいた傷痍軍人の姿なども描いているが、どうしてあんな無謀な戦争に突入し、米国の事実上の支配を受けなければならなかったのか、ということをずっと考えていたんだと書いています。

 自分が不勉強で読書量も圧倒的に少ないなことには、もう驚きもしませんが、最近、知ったことで、こうした「白衣を着てお金を募る傷痍軍人」は、実は韓国・朝鮮籍の元軍人が多かったそうです。外国籍にされ、恩給がもらえないため、抗議の意思も込めて行っていた、と。まだ読んではいませんが、遠藤正敬『近代日本の植民地統治における国籍と戸籍』(明石書店)によると植民地朝鮮には国籍法を適用しなかったということらしいです。

 船倉に詰め込まれて熱射病になり中枢神経障害で相当数が死亡した奴隷船のような輸送船、状況が厳しいなる中で精神異常になった上官のリンチなどは学徒出陣した学生にとっては異次元の世界だった。彼らが復員後、反軍になったのはそうした戦争体験によるものだ、というのは、日本の中流層の反戦リベラリズムの傾向をよく説明していると思います(p.28)。

 筆者は元大蔵官僚ということで、税制なんかも詳しく書かれています。例えば、戦時下の大増税によって納税人口は昭和12年度の113万人が昭和19年度には1243万人と10倍以上になったそうです。

 明治維新において太政官札の発行が可能だったのは、財政担当者が藩札の価格を維持していた福井藩の由利公正だったから。一方、薩摩は調所広郷が五百万両の借金を、250年の分割払いにして実質的に踏み倒したというあたりの話しも面白かった(p.198)。

 しかし、日本は凄い国だと改めて思ったのは、大阪で米の先物市場が設立されたのが1730年というあたり(p.200)。

 日米修好条約という合法的な衣をまとった形で押し付けられた不当な金と銀の交換レートによって流出した金は、16世紀のピサロによるインカ帝国の金の略奪に匹敵するなんていう言い方も素晴らしいな、と(p.206)。

 英国は18世紀に入っても長いこと、ヨーロッパで最も貧しい国であったが(オルテガ、大衆の反逆)、1848年のパリ二月革命の波及がないと考えられたロンドンに、ヨーロッパの資金が逃避したというのも知りませんでした(p.276)。

 フランスは王の代替わりのたびにデフォルトを行っていたために戦費調達は困難になっていた。一方、幕末に500万両もの借金を調所広郷による250年払いで事実上の踏み倒しを行った薩摩藩は、業者に外国との密貿易でなんらかの利益供与をしたのでは、というあたりも。

 さらには南北戦争の戦費調達のために導入されたのが米国の所得税というのも知りませんでした。それでも足りない戦費調達のために応えたシヴイルウォーバンカーズが起源となったのが米国の投資銀行。この投資銀行は鉄道建設やボーア戦争を契機に更に発展したそうです。

 筆者の『恐慌に立ち向かった男 高橋是清』も読んでみようと思います。

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