« 『外交証言録 湾岸戦争・普天間問題・イラク戦争』 | Main | 『謎の独立国家ソマリランド』 »

May 31, 2013

『開店休業 吉本隆明』

Yoshimoto_kaiten

『開店休業 吉本隆明』吉本隆明、ハルノ宵子、プレジデント社

 吉本さんは、食べ物の味は《思い出や思い込みではないだろうか》と何回も書いていて、三浦屋の肉フライのことなどを、思い出にすがるようにDanycyuに連載していたんですが、そうした吉本さんの最後の日々を世話していた長女で漫画家のハルノ宵子さんが、吉本さんの文章いっぺん一篇に、その背景となる出来事を綴った、父娘の魂の交換日記のような本。

 21世紀になっていよいよ衰えが目立ってきたなと感じて、最後の方ではあまりマジメな読者ではなかったけれど、とにかく吉本さんの本で10年ぶりぐらいに面白かった。

 吉本さんのエッセイから、奥さんである和子さんとは三角関係の末に略奪婚したということなどは知っていましたし、その後も《病弱な細君の代りに、ほぼ七年くらい、毎晩喜びも悲しみもなく、淡々と夕食のオカズの材料を買い出し、料理をつくり、お米をとぎ、炊ぐということを繰り返してきた》(『背景の記憶』)という時代があったということもわかっていました。そしてネギと鰹節を載せたご飯に味の素と醤油を振りかけただけのようなネギ弁当を《職なく、金なく、着のみ着のまま細君と同棲しはじめたころ、アパートの四畳半のタタミにビニールの風呂敷をひろげて食卓とし、よく作って食べた。美味しく、ひっそりとして、そのころは愉しかった》(同)というのは素晴らしいな、と思っていました。

 しかし、それは読者といいますか、吉本隆明ファンの思い込みだったんですね。

 奥さんにとって《「大衆に寄りそった思想家吉本」的、分かりやすい構図が、買い物カゴをぶら下げた姿で周知となってしまったことが、"はらわた煮えまくりポイント"》だったというんです(p.29)。

 こうした事情には思いを致ことはできませんでした。

 ハルノ宵子さんは吉本さんにとって最後の単著となった『フランシス子へ』のあとがきで《吉本ファン諸氏よ! 私はあなた方とはなんの関係もないのだ》と書いていますが、これは「勝手に妄想を膨らませないでほしい」という意味なんだろうな、と。

 吉本さんは文学者の死後に奥さんなどが「世話女房的リアリズム」で評伝なんかを書かれると本人はたまったもんじゃないだろうな、みたいなことを高橋和巳さんとか島尾敏雄さんなんかの関係で書いていたと思いますが、まさかご自身が、そうした目に遭うとは思ってもみなかったでしょう。

 しかし、そこは妻と娘の違うところ。

 吉本さんの遺体が自宅に戻った時、ハルノさんは翌朝までの締め切りの仕事が残っていました。その仕事をハルノさんは、低血糖で倒れても原稿だけは落とさなかった父のように、朝七時までに仕上げ《すでに冷たくなった父の額をペチペチ叩いてから、二人で2ショット写真をとった》というのですから、やはり無条件な愛はパートナーとの関係より深いようです。

 吉本さんは、連載の中で「焼き蓮根」が子どもの頃からの好物だった書いていて(ぼくもいつかやってみようと思ったほど) 、ハルノさんも、その文章を読んで作ってあげようかと考えるのですが、不器用な吉本さんが蓮根をそこいら中に散らばせることを考えると1日延ばしになり、そのままになってしまったそうです。

Haruno_yoiko

 《今思うと、涙が出るほど胸が痛む。「たかが散らかる位で!」と人は言うだろうが、日常であること家族であることとはそんなものだ。誰だって家族には少なからずそんな思いをさせながら、日々を生きている》

 というあたりは、すごい書き手が現れたと思いました。

 最後に感想をひと言でいえば「キリスト故郷で受入れられず」かな…。

 ぼくは吉本さんの「挫折したら10年間ハードワークしろ」という言葉に助けられた思っています。

 ぼくみたいな人間は少なくないと思うのですが、吉本さんは「イエスは他人は救えても自分は救えなかった」とも書いていて、日々、そうしたことも自覚していたんじゃないかと『開店休業 吉本隆明』を読み終えました。

 それにしても、老いて記憶も混乱しはじめた吉本さんの文章に、娘さんが文章を添えて、超立体的に最後の吉本さんを描くという手法はすごい。全日本編集大賞みたいなのがあって審査委員長だったら、Dancyuの江部さんに大賞を差し上げたいと思います。

|

« 『外交証言録 湾岸戦争・普天間問題・イラク戦争』 | Main | 『謎の独立国家ソマリランド』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 『外交証言録 湾岸戦争・普天間問題・イラク戦争』 | Main | 『謎の独立国家ソマリランド』 »