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April 20, 2013

『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』

Tax_heaven

『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻、岩波新書

 岩波新書にしては珍しく、くだけた調子で実務家にサッと全体像と問題点を素描するような本に仕上がっています。

 著者は大蔵官僚として金融監督庁国債担当参事官兼FSF(Financial Stability Forum:金融安定化フォーラム)日本国メンバー、特定金融情報管理官兼FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)日本国メンバーなどを歴任し、東京税関長で財務省を退任したという経歴の持ち主。

 副題がすべてを語っているといいますか、いまやタックス・ヘイブンの最大の問題は資金洗浄というよりも、富裕層の課税逃れなのかな、と思います。キプロスに端を発した問題も、ロシアの富裕層への課税対策を、一見拳を振り上げているロシアが欧州中央銀行と協働してやっている課程なのかな、と見ることもできると思いますし。

 最初に示されるグラフは2010年度における日本の申告納税者の所得税負担率です(p.3)。驚くべきことに、1億円を越えると負担率がピークの28.3%から下がりはじめ、100億円ではわずか13.5%になっています。累進課税しているのに、明らかにおかしいわけですが、これは租税回避によるものだということがわかり、その核心がタックス・ヘイブンにあるわけです。

 著者のタックス・ヘイブンの定義は実に分かりやすい。1)まともな税制がない2)固い秘密保持法制がある3)金融規制やその他の法規制が欠如している、の3点(p.5)。

 ジャージー、ガーンジー、マン島が英国王室属領だというのは知りませんでした。ブリティッシュ・バージン・アイランド(BVI)や、旧植民地の香港、インガポール、マレーシアのラブアン島なども含めて、イギリスというのはシティの下にタックス・ヘイブンを抱えることで大きな影響力を持とうとしているんだな、ということがよくわかります。米国もデラウェアという国内にタックス・ヘイブンを抱えていますが、アングロ・サクソンは金融好きですよね…。

 日銀が作成した国際収支統計(08年)によると、日本からの対外直接投資が多いのは1)アメリカ2)オランダ3)ケイマン諸島だそうで、タックス・ヘイブンのケイマン諸島がいかに便利に使われているかがわかると同時に、オランダなどもループ・ホール(抜け道)を使って匿名組合を組み合わせた租税回避を"奨励"したようで、業は深いな、と(p.53)。

 こうしたダッチ・サンドイッチやケイマン・サンドイッチを使って資産を国外に逃してしまえば、どんな立派な税制も歯が立たず、中間層以下にツケが回る、というのが著者の問題意識でしょうか(p.55)。さらに日本人はどうしても、この分野に弱く『大破局(フィアスコ)―デリバティブという「怪物」にカモられる日本』フランク・パートノイに描かれるようにカモられ続けている、と。

 租税回避術として紹介されている例としては、息子を香港に一年住まわせて日本の相続税法上の非居住者とした上で、日本国内にある資産を贈与した武富士事件(p.65、今はこのループ・ホールはふさがれたそうですが…)、フィルムや航空機など償却年数が少ない物件に投資し、大きな償却損を自分の所得にぶつけることで、所得税を大幅に減らすカラクリなども紹介されています。アメリカの大統領候補だったロムニーも、こうしたタツクス・シェルターを利用して実効税率を13%に引き下げたそうです(p.69)し、ハリポタの翻訳者がスイス居住ということで所得税を逃れようとしたケースなども紹介されています。スイスのツークなどは特に租税負担が軽く、著者によると、チューリッヒ歌劇場は有名歌手を揃えたオペラ公演を簡単に打てるとのこと。スイスの銀行秘密保護法も08年からは実効性を失いつつあるようですが…。

 中国では、国際租税法について理解してないような当局が、無茶な言いがかりをつけるので有名ですが、著者によると日本も大同小異で《英語もろくに使えない担当官による国際調査などというものに出くわすと、思わず考え込まざるを得ない》そうです(p.117)。

 一番、勉強になったのはコルレス銀行のこと。日本とサウジとの間で送金するような場合、それぞれの国内にある銀行同士がドル取引をするのではなく、アメリカにあるそれぞれのコルレス銀行同士の間での取引になるそうです。だからマカオにあった北朝鮮の秘密口座が、アメリカに差し押さえられるわけなんですね…(p.134-)。

 オサマ・ビン・ラディンが射殺された後、アル・カイーダが大規模なテロを行えないのは、テロ資金対策によって資金源が絶たれたから、というのもなるほどな、と(p.145)。

 バブル崩壊から98年の金融危機に至るストーリーも著者独自のものを感じました。プラザ合意後の円高ドル安に恐怖し、財政が痛んでいたから財政政策をとれなかったために、金融政策に負担を負わせすぎ、過剰流動性を引き起こし、今度は急激な金融引き締めを行ったために負債・設備・雇用の三つの過剰に苦しむことになった、というのがバブル崩壊。眼前の危機を軟着陸シナリオで対応しようとして失敗し、マーケットによって長銀が倒産。

 改めて日本の高度経済成長というの360円という超円安レートによって支えられていたんだな、と思うと同時に、朝鮮戦争とベトナム戦争というふたつの"近場の戦争"をアメリカが戦ってくれたおかげで、盛り上がったんだな、と思います。著者によると日本の福祉制度が整備されはじめたのはニクソン・ショックの1971年からだというんですから、あらかじめうまくいかなくなるというものだったのかもしれません。

 また、ヘッジファンドが経済の役に立っているといのは戯言だと切り捨てているのも印象的。仮にあったとしても微々たるものにすぎず、害悪の方が圧倒的に大きい、と(p.176)。

 最後に、先進国の間では出国税をかけるという動きも出ているというのは、なるほどな、と(p.219)。

 著者は少し冒険小説の読み過ぎな感じがするのはご愛敬。

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