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March 22, 2013

『歌舞伎座誕生』

Kabukiza

『歌舞伎座誕生』中川右介、朝日文庫

 あとがきに詳しく書いてありますが、PHP研究所から出た『歌舞伎座物語』を大幅に加筆訂正した作品。『歌舞伎座物語』は明治22年の歌舞伎座開場から、2010年の閉場までの劇場史が中心で、幕末の江戸三座から歌舞伎座開場までは短く刈り込まれていたそうですが、今回は、その部分を復活させ、さらに九代目團十郎の死までの物語とすることで、ソリッドにまとめあげられています。松次郎、竹次郎の大竹兄弟による松竹が歌舞伎座を買収するまでは、また別の機会にみっちりと書きたいということで、それも楽しみです。

 それにしても、十二代目守田勘彌が、こんなに凄い興行師といいますか、座元だったというのは知りませんでした。幕末から明治維新にかけての激動の時代を生き抜き、猿若町に押し込められていた江戸三座の守田座を新富町へ移転させ、新富座と改称。團菊左を役者としても金のなる木としても使い廻し、天覧歌舞伎を通じて歌舞伎を日本の古典芸能の頂点へと導いたのが十二代目勘彌でした。

 さらに驚くが守田勘彌の金銭感覚のなさ。宵越しのカネは持たないとばかりにカネを借りまくり、他人のカネも流用し、それでも足りなくなると團菊左に連帯責任負わせて凌ぐという異常な感覚。松次郎と竹次郎の兄弟が近代的な興行を打つようになって、歌舞伎界を松竹が仕切るのは当然という気もしますが、亡くなった時点で現在の価値で換算して百五十億円の負債があったそうです。

 と、ここまで書くと単なる破綻者みたいな感じになりますが、木村錦花『守田勘彌』によると、勘彌がここまで借金したから日本の演劇は発展したんだ、というんですね。逆に勘彌が百五十億円を儲けたらどうなっていたか、と。とにかく、国に頼らず、歌舞伎の興業を当たっても当たらなくても打って打って打ちまくった十二代目勘彌の存在は團菊左よりも大きいかもしれません。

 なんで勘彌がカネで苦労していたかというと、興業のシステムが座元が儲かるように出来ていなかったから。せっかく金子を集めて芝居を打っても、儲かるのは芝居茶屋や、木戸口にたむろして客から案内賃をゆするようなゴロツキがいて、劇場が満員になっても、こうしたヒトたちにたかられるだけで儲からない。満員御礼ならまだしも不入りになると大変。こうやって借金は雪だるま式に増えていくけど、そこをなんとか座元の地位と利権でカネを貸してもらって、自転車操業で運営していく、というのが江戸三座だったようです。

Kabukiza_kaijoshiki

 江戸三座についてはサントリー美術館で31日までやっている『歌舞伎座新開場記念展 歌舞伎 ― 江戸の芝居小屋』でもよく理解したつもりだったんですが、さらに立体的に分からせてもらった感じ。

 勘彌の時代には三座とは言っても中村座と市村座は振るわず、勘彌が大借金をして普請した守田座=新富座だけが米国の前大統領のグラント将軍の接待用に使ってもらうことで箔が付き、結果、歌舞伎の地位も高まります(p.128)。それでも儲けられないんですから、困ったものですが、芝居小屋にたかるゴロツキを追っ払うのには松竹の兄弟が護身用ピストルを懐に忍ばせるような覚悟をもってしか、成しえなかったんでしょうな。

 この本で勘彌の他に、もうひとり魅力的な人物をあげろと言われれば、新富座が出来るとともに死んだ三代目澤村田之介。河竹黙阿弥の新作のヒロインとして売れに売れた女形で、そうした俳優にありがちですが、我儘で若き日の九代目團十郎なんかをいじめ抜く。幕末の守田座でわずか十六歳にして田之介が立女形となったその年には桜田門外の変が起きているんですから、そんな時代です。

 田之介は慶応元年の芝居で足をケガして、それが元で壊疽となり、実質的に徳川幕府最後の年となった慶応三年=1967年に、横浜でヘボン医師によって足の切断手術を受けます。もちろん、この医師は、ヘボン式ローマ字綴方のあのJames Curtis Hepburn。田之介は足を失いますが、それを見世物にして芝居に出続け、やがて両手両足も壊疽で失い、最後は文楽人形のように後見が手足を動かしてまで舞台に立ったそうです。そういえば、田之介は『JIN-仁-』でも重要な役割を演じていましたね。

 まあ、それはともかく、田之介は新富座が開場する明治11年に死去します。

 最後に中川右介さんは、《歌舞伎座が立て替えられるたびに、歌舞伎界は世代交代してきた。これは偶然なのか、何か大きなものの意志なのだろうか》と芝居小屋と役者の生死に関する不思議さを嘆息するのですが、その始まりは田之介でしょう。

 第一期の歌舞伎座は團菊左の死とともに立て替えられ、第二期歌舞伎座は五代目歌右衛門が担います。

 関東大震災から再建された第三期歌舞伎座を支えたのは六代目菊五郎と初代吉右衛門。

 終戦後に立て直された第四期歌舞伎座に"女帝"として君臨したのは六代目の歌右衛門さん。

 そして第五期歌舞伎座の開場を前に五代目富十郎、四代目雀右衛門、七代目芝翫、十八代目勘三郎、十二代目團十郎が亡くなります。

 まさに《歌舞伎座という劇場は、建物そのものに何か意志があるかのようだ》という感じですね(p.405)。

 新しい歌舞伎座でどんなドラマが見物できるのか。とりあえず開場式には行ってきます。

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