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February 19, 2013

『談志が死んだ』

Danshi_ga_shinda

『談志が死んだ』立川談四楼、新潮社

 談志師匠がお亡くなりになって、お弟子さんたちには雲黒斎ミニバブルみたいな状況が生まれて、ただでさえ本を書く噺家の多い立川流だけあって、追悼本もたくさん並んでいます。でも、ご家族の方のも含めて、どうも甘ったるい感じがして読む気になれなかったのですが、これは良かった。

 ひとつは、談四楼師匠が立川流創設以前の、落語協会所属時代からの弟子だったからでしょうね。いくら談志師匠が屹立していたとはいっても、周りには小さん、志ん朝なども揃っていたし、もう少し古参の弟子なら円生、馬生などとも楽屋を共にしていたから、いくらかは相対化できているんでしょう。でも、立川流創設後だと、寄席には出られないし、師匠は家元ひとりなんで、どうしても偶像視せざるをえなくなって、娘さんが書いたようなちょっと甘々な追悼本になってしまっているのかもしれません。

 談四楼師匠の描く談志師匠は老害そのもの。老人性鬱のような症状が激しくなってきて、猜疑心が深くなり、感情の爆発を押えられなくなり、突然怒り出したり、認知症的な症状さえうかがえるような談志師匠の姿。

 談志師匠のケチケチぶりは有名ですが、さすがに『赤めだか』あたりでも書けなかったようなネタも一杯出てきます。呆れたのは旅館や飛行機のメモ帳、ボールペン、石鹸のたぐいなどはすべて持ち帰り、液体ハンドソープなども詰め替え用の小瓶に移してしまうというあたりでしょうか。《ハガキだけ置いて切手がないのはサービスの根本が間違っている》とホテルのフロントにねじ込んで切手シートをせしめるようなこともしていた、というあたりはどんな幼児体験があったのかな…とまで思ってしまいます(p.44)。それにしても、ファンに座右の銘を頼まれて「拾う 貰う 取る」なんて書くとは…。

 談志師匠の振る舞いがおかしくなってきたことを相談しに言った馴染みのお医者さんの《五十代で老いを意識する人は少なく、七十代はもう加速度的に老いを実感してたいてい諦めの境地になるんだけど、難しいのは六十代なんですよね。老いを自覚するんですが、それまでクオリティの高いことをやってきた人ほど認めたがらない傾向があるよね》という言葉は、拳々服膺しようと思いました(p.122)。

 談四楼師匠が六十になって、昔、前座時代を共にしたけど、つまらないことで仲違いしていた柳家権太楼師匠と和解するところなんかもよかったな。久々の電話で還暦の会への出演を快諾した権太楼師匠は病を得て「オレも還暦になる時、今までのあれこれがどうでもよくなったから」という体験をしたということを語ります。そして還暦祝いの落語会で、権太楼師匠が演ったのが「笠碁」。「笠碁」を聴いたことのない方は、ぜひ調べてください。なんとも味わいのある展開だというのがわかります。

 談笑師匠が談志師匠のお別れの会の司会で「享年七十五歳でした」と言ったことに「享年と言ったら歳は不要だ」「落語家ならシチジュウゴと言え」「あいつはまだ若いな」というツッコミがガンガン入るというのも、なかなか怖い世界だなと思いました(p.156)。立川流創設後に入り、談志師匠が褒めに褒めて立川流三羽烏と呼ばれる志らく、志の輔師匠への当てつけもなかなか…。バクチで身を持ち崩す落語家がこんなにも多いのか…ということも改めて驚きました。

 立川流は「本書く派」と呼ばれるほど本を書く噺家が多いんですが、談四楼師匠はこれまで何冊も小説をものにしているそうで、文章力も素晴らしい。呼吸も間もある貫禄十分の筆の進み具合。《楽屋の箴言に〝鳴かず飛ばずも芸のうち〟》という言葉があるそうで、この言葉にも感動しました(p.49)。

 全体の構成は、二つ目に昇進したときに小談志という名前を貰うほど談志師匠に傾倒していた弟子が、談志師匠の元を離れ、落語協会に入ったけれども寂しい死を迎えるという話しがパラレルになっていて、最後に、そのパラレルワールドが酔いの回った談四楼師匠の脳裏の中で完結するんですが、そのサゲがもっと決まれば、大傑作になっていたと思います。でも、傑作。

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