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February 15, 2013

『スパイス、爆薬、医薬品』

Spice

『スパイス、爆薬、医薬品 世界史を変えた17の化学物質』ジェイ・バーレサン (著)、ペニー・ルクーター (編集) 、小林力(訳)

 サブタイトルの「世界史を変えた17の化学物質」が全てを語っています。しかも、それぞれの物質が、新しい物質を生み出し、またそれが…という人類の知のドライブ感が文中からびんびん伝わってきます。

 ナポレオン軍がロシア遠征で負けたのは、軍服のボタンが錫で出来ていたことから、低温によってボタンが脆くなりボロボロと砕け散って、体温を保持できず、兵士たちが寒さに耐えられなくなったから、という序章から「つかみはOK」という感じ。異論もある説のようですが、魅力的な話しです。こうして700万ほどある化合物の中から、世界史的な事件の成り行きを変えてしまった物語が始まります。ちなみに原題もNapoleons Buttonsです。

 理系の本なので、各章の最後にはまとめが分かりやすく書かれていて、一章読み終わるごとに、内容を確認することができます。そして『スパイス、爆薬、医薬品』という正タイトルに並べられた物質の順番通りに、関連が出てくるというか、ある物質が人間社会にもたらされると、それを大量に使い始めるために、最初は大量に輸送需要が発生し、次には大量に加工されるようになり、さらにはその過程で新たな物質を発見し…という知識のかけ算とも呼べるような事態が進展していきます。

 まず近代世界を準備した大航海時代のスパイスから物質の旅は始まりますが、アジアで生産されたスパイスを大量輸送する任務についた船乗りたちはビタミンC不足から次々と壊血病にかかり、効率が上がらなくなります。経験則から柑橘類の果汁が有効だと知られるようになったのは18世紀ですが、アスコルビン酸が人工的につくられ、化学式が決められるのはやっと20世紀になってから。

 アスコルビン酸は霊長類以外はグルコースからつくられるので続く第三章はグルコース。この章では砂糖を大量に生産するために新大陸の奴隷制の元にな。なんていうことも語られます。そして同じ新大陸の奴隷制によって大量の綿花生産も行われるのですが、綿製のエプロンに硝酸混合液をこぼしたものを火にかけたら爆発したことから綿火薬が生まれ、それはダイナマイトまで発展。さらに効果だったシルクの代用品としてナイロンを生み、ナイロンは石油精製の副産物から生まれますが、それはシルクロードと同じような巨大な交易ルートを形成します。さらに、無菌手術が普及する前の手術は危険際なりないものでしたが、フェノールやその後の殺菌剤がなければ今日の外科手術は生まれなかった、と。

 また、ゴムがなければ現代の生活が成り立たないということも、改めて考えてみればそうだな、と。しかも、ゴムはイソプレン分子がつなかったポリマーで、炭素原子が五つしかない、最も単純な重合体だといいます。

 アラブ人が一番恐れているのは日本人が人工石油をつくることだというジョークがありますが、ゴムとかサトウキビとか象牙とかのコモディティが、いかにバブルをつくって崩壊していったかということが、この本を読むとイヤになるほどわかります。自然に採れるものは有限だから、なんとかそれを人工的につくろうとして人間は努力し、最終的につくってしまえばコモディティはバブル崩壊。エリスの『敗者のゲーム』に《コモディティ取引は、価格変動の投機にすぎない。経済的付加価値を生まない以上、投資とはいえない》(p.147)という一節があるのですが、こういった面からもコモディティは危ないな、と改めて感じます。

 パーキンというイギリス人は学生の時に、ふとした手違いから、モーブ色の染料を発見、工場を建てて大儲けしたが、15年で売却、余生は自宅で化学実験して過ごしたというのは「理想の人生だな」と感じたのですが、パーキンの引退によって、イギリスは製品ではなく原料であるコールタールの輸出で満足するようになり、産学共同で化学工業を起こしたドイツの後塵を拝することになってしまうという歴史は知りませんでした。BASF、ヘキスト、バイエルがその末裔なんですが、この3社はナチスと共同で占領地の工場を接収、監督したんですが、そうした中にはアウシュビッツもあったそうです。

 さらにパーキンが予想できなかったことのもう一つは、合成有機化学を駆使する染料工業が医薬品をうみだしたこと。バイエルはアスピリンを生み、肺炎に効くサルファ剤も生まれます。まさか、こうした医薬品が染料からきているとは思いませんでした。

 染料会社はアスピリンを生み、抗生物質を世に送り、劇的な効果を上げ、大人になる頭数を揃えるために子供を沢山つくる必要がなくなるという、巨大すぎる生活革命を実は生んでいくわけですが、そうなると経口避妊薬の需要が出てきた、と。いろんなことが、関係してくふんだなぁ…そして、科学は万能だな、と。

 20世紀初めの数十年、多くの国では避妊法を教えるだけで罪になった、というのは、今の若者には信じられない、と書かれていますが、本当ですよね…。また、魔女たちが箒にまたがって空を飛ぶといわれたのは、植物由来のスコポラミン、アトロピンなどの物質を皮膚から吸収させる投与法を都市の周辺部に追いやられた身寄りのない老女たちの集団は知っていたからであり、その最も効率のいい投与場所が局部だということも知っていたからだ、なんていうあたりも驚きました。

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