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January 01, 2013

2012年の一冊は『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』きたやまおさむ

Kitayama

 今年、読んだ本は約80冊。そのうち2011年12月から12年11月という12年書評年度に出た新刊は35冊でした。去年は、このBlogをはじめてから、初めて100冊を切りましたが、今年も読書量は落ちるばかり。まあ、仕方ないですが…

 昨年は、佐々木毅先生の本をよく読ませていただいた、というが印象に残っています。

 新刊書の中で、お勧めなのは、以下の10冊。

『昭和陸軍の軌跡 永田鉄山の構想とその分岐』川田稔、中公新書
『ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか』NHKスペシャル取材班、角川書店
『高校紛争 1969-1970』小林哲夫、中公新書
『学ぶとはどういうことか』佐々木毅、講談社
『野中広務回顧録』御厨貴、牧原出、岩波書店
『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』きたやまおさむ、NHK出版新書
『武器としての社会類型論』加藤隆、講談社現代新書
『浄瑠璃を読もう』橋本治、新潮社
『落語の国の精神分析』藤山直樹、みすず書房
『真珠湾からバクダッドへ ラムズフェルド回顧録』ドナルド・ラムズフェルド、江口泰子、月沢李歌子、島田楓子(訳) 、幻冬舎

 この中で、「今年の一冊」をあげるとすれば…『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』きたやまおさむ、NHK出版新書ですかね。いろいろ批判もあるでしょうが、個人的には一番、腑に落ちた本だったので。

『昭和陸軍の軌跡 永田鉄山の構想とその分岐』川田稔、中公新書
 21年のバーデン・バーデンの密約で永田鉄山は山県有朋以来の長州閥を陸軍から放逐を行ったんですが、そうした陸軍内部の話よりも、第二次世界大戦のイメージを変えてもらったことの方が貴重でした。第二次大戦はイギリスをドイツが屈服させられるかどうかの戦いだった、と。もしドイツがイギリスを屈服させたら、アメリカはヨーロッパでの足がかりを失うとともに、ドイツはイギリスの工業力も手に入れ、大西洋と太平洋から挟撃を受けることになります。こうしたアメリカにとっての安全保障上の重要問題だったから、日独相手の両面作戦をあえてやったのかな、と。そうしたアメリカの決意も知らず、武藤は田中らが「しゃにむにソ連に飛びかかりそうなので、それを防ぐ」ために、アメリカの対日前面禁輸の可能性があったにもかかわらず、南部仏印進駐を実施するという、本末転倒の対応をとります(p.261)。さらに海軍も米英による南部仏印の先制占拠を警戒して賛成してしまう、という負のスパイラルに陥ったのかな、と。

『ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか』NHKスペシャル取材班、角川書店
 「人間の乳児の最初の行動のひとつはモノを拾って口の中に入れることです。次の行動は拾ったものをほかの人にあげることです」というのもハッとさせられました(p.42)。協力関係が生まれたのは、人間が脳を大きくしたため難産になったたからだと説明される1章だけでも読んで損はない本。「気前がいいこと、希望を持つこと、寛容であること。この戦略が協力を生み出すのです」という言葉は、どっかに貼り付けておこうかな、と思うぐらい。《ヒトの集団は、ほとんどの場合、食料が満たされると子どもの数が増加します。生存する子どもの数が増え、人口がさらに増加します。すると、新しい生息場所を探す必要が生じます。このような循環が要因となって人口が増加し、祖先たちはアフリカの外へ生息場所を拡大せざるを得なくなったのです。つまり飛び道具の技術は、私たちのグレートジャーニーを支えたというよりも、むしろそもそもの原因だった可能性もあるわけです》というあたりの2章もすごい(p.147)。複雑な論理問題も「社会的なルールに関する不正の見極め」に関することならば、驚くほど正答率は高いそうです(p.175)。人間はずっと人の目を気にして集団生活してきたから、ズルを見抜くのは能力の低い人間や、本でも紹介されているように子どもでも可能というわけで、個人的には2chのネトウヨの人たちの騒ぎ方に納得がいきました。匿名掲示板で右翼チックなことや差別的な言辞を書き連ねているヒトたちは、正直、能力低そうだし知性のバランスも悪いと感じていたのですが「ズルするのだけは許さない」という人類が集団生活で培ってきた「能力」だけは持ち合わせているんだな、とは思いなおしました。ヒトは平等性に対して飢餓にも似たような希求があるんだな、と。

『高校紛争 1969-1970』小林哲夫、中公新書
 身につまされて読んだ本。高校生活動家の「その後」を追った七章です。みなさん、もう還暦をすぎているんですが、多くの大学生の全共闘のように、スパッと運動から離れるというわけにもいかず、先鋭的で数が少なかっただけに、自分のやってきたことに責任を持って生きていらっしゃるんですね。穂積亮次新城市長、門川大作京都市長、藤縄善朗鶴ヶ島市長など高校時代の活動歴がある市長などには期待します。

『学ぶとはどういうことか』佐々木毅、講談社
 《長く生きる人間が増えてきたことは、「学ぶ」ことの時間とチャンスが増えてきたことを意味する。一つのことしかできなかった人生からいろいろなことができる人生へと、明らかに社会は変わりつつある。また、社会的にもその必要性はますます高まっている。私はよく講演などで「二度、三度生きよう」と呼びかけているが、それは「学び続ける」ということと一体の関係にある。これを活用し、自らのため、世のため社会のため、新しいチャレンジをしないのは許されない話であるし。もったいない話である》という言葉は拳々服膺していこうと思います。『学問のすゝめ』で「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」はよく引用されるけど、すぐ次の段落の「ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」はあまり引用されていない、というあたりも印象的(p.38)。

『野中広務回顧録』御厨貴、牧原出、岩波書店
 57歳で国会議員になって、あれだけ活躍できた希有な政治家のモチベーションは竹下元首相に「地方の行政経験、地方自治を経験した人間が国会議員に少なくなり、みんな二世議員ばかりになった。しかも、親父の選挙区は田舎だけど、東京で生まれて、東京の学校を出て世襲するような人間が増えている。だからオレとお前のようなドサ回りをやって民意をくむ人間が必要なんだ」と説得されて出馬したというあたりなんでしょうね(p.16)。細川首相が辞めた時には司法取引の可能性もあると言っています。その後の身の処し方をみても、なるほど、そんなこともあるのかな、と感じます(p.139)。ねじれ国会で、本来は衆議院より劣っている参議院の動向が重要になっていったため、図に乗った参議院からは応援演説に行く日当を10万円から20万円にアップすることを要求されたというのも生々しい(.340)。《初心を忘れずに真面目に真剣にやれば、他人からとやかく言われることはない》という自身の心情を最後に語った言葉は素晴らしいと思いました(p.379)。

『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』きたやまおさむ、NHK出版新書
 嫉妬の感情をしっかりと見つめ、それをいかにコントロールするかの重要性を説くと同時に、日本独特の破壊的なまでに高まる嫉妬の起源を、長期間にわたる「添い寝」などによる濃厚するぎる母子関係に求め、日本の母親は子供に豊かな母親像というイリユージョンを与えるのは上手いと自惚れているけれど、二番目の子供が生まれた後などにその濃密な関係から身をひくのが下手で、そのために子供が傷つく、としています。母‐子問題は、もちろん前から書かれていましたが、巨大な<母>の像が子に形成されるという日本的子育ての問題について、ここまであからさまに書いているのは素晴らしい。

『武器としての社会類型論』加藤隆、講談社現代新書
 世界のタイプを日本社会型(全体共同体)、西洋社会型(上個人下共同体)、中国社会型(上共同体下個人)、インド社会型(資格共同体)、古代ユダヤ社会型〈イスラム〉(資格共同体)の5つに分類。上共同体下個人型の中国社会では、上層の支配者は自ら望んで上に立ったものだから、かえって自由はなく、自由気ままな下層の面倒を見なければならないというあたりは、なるほどな、と。『十八史略』の「帝力何ぞ我に有らんや」という老人の言葉も、加藤先生の《下層の者たちは、共同体主義的な拘束がきわめて弱い状況に置かれている。このため彼らは、特に主観的に自分が中心である、という状態に止まることができる》(p.64)という分析を読むと、深く理解できます。日本は全体共同体社会であり、その場にいさえすれば、共同体の成員としての資格が与えられる平等性が特徴で、集団の目的は「生き残ること」というあたりもハッとさせられました。

『浄瑠璃を読もう』橋本治、新潮社
 浄瑠璃が小説の原作なら、歌舞伎はそれを元にした映画みたいな感じなんだな、ということを分からせてくれた本。話しを早く進めないと役者の見所も詰め込めないといけないし、どうしても単純化せざるを得ないのかな、と。三大狂言について『仮名手本忠臣蔵』は武士の物語である敵討ちに参加できない町人が、お軽勘平を事実上の主人公として登場させた、という構想力に驚きます。『義経千本桜』とは、義経すなわち満開の桜なのだ、という見立ても凄い。『冥途の飛脚』は国立劇場で見物してきましたが、これからも、せめて、国立劇場で上演される時には通おうと思いました。

『元素周期表で世界はすべて読み解ける』吉田たかよし、光文社新書
 個人的には掘り出し物。化学を大学院で修了し、その後、医師になったという経歴から、元素が身体をどうつくり、どういうような影響を与えるか、ということも興味深く書かれています。元素が生まれるためには、温度が1000万度を超える必要があるということがまず語られます。この高温によって元の原子の原子核を、別の原子核とお互いに核力が働く距離まで接近する、と。そして、この1000万度以上の高温状態が実現するのは1)ビックバン2)恒星の中で起こる核融合3)寿命が尽きた恒星の「超新星爆発」だ、というあたりから、発電方法は石油や石炭も「大昔に植物が太陽光のカネルギーを化学結合のエネルギーに返還してできたもの」なので核融合のエネルギーを利用したものといえ、もう一方は結合エネルギーの差を電気的に変換する原子力発電に大きくわけられる、というあたりは文系アタマでもうならされました(p.65-)。

『落語の国の精神分析』藤山直樹、みすず書房
 「らくだ」は、いまで言うパーソナリティ障害的なヤクザの半次が屑屋に立場を逆転される噺だとか、「芝浜」の亭主は、大金の入った財布を拾うことで、酒浸りの病的ひきこもり生活をずっと続けることが出来ると小躍りするわけですが、おかみさんによって、それは夢だということにされ、このまま酒を続けていれば生死も危ういと感じる「底つき」体験をしたあたりのリアリティが凄いとか、明烏は母親に育てられた男の子の女性と交わることへのためらいを描いているとか、とにかく素晴らしい内容。ぜひ。

『真珠湾からバクダッドへ ラムズフェルド回顧録』ドナルド・ラムズフェルド、江口泰子、月沢李歌子、島田楓子(訳) 、幻冬舎
《決定的な破壊を加えるのに十分な数の人員を即座に配置できる軍事力、正確性、通信力、隠密性といった国の持つ技術の強みを生かせる軍事力、そしてなにより大切な、いかなる戦闘でも変化する状況に迅速に対応し勝利できる軍事力》をつくりあげ、アフガンとイラクに投入するあたりの迫力に圧倒されました(p.742)。《世銀、NATO、国連、IMFなどはすべてトルーマン時代につくられ、驚くことにまだ存在しているが、時代に合わなくなってきている。新たな国際組織が必要で、米軍だけでは解決できなくなってきている》という指摘も重要かな、と(p.711-)。

『投資で一番大切な20の教え―賢い投資家になるための隠れた常識』ハワード・マークス、貫井佳子(訳) 、日本経済新聞出版社
 バフェットがバークシャー・ハザウェイの株主総会で配布したというのもわかります。《率直に言うと、最良の投資方法とは、暴落時にどんな価格でもとにかく売らなければならない人から買うこと》(p.56)、《リスクとは、将来ビジョン、生じる結果についての、そして好ましくない結果が生じた場合に損失が発生する確率についての不確かさを意味する》(p.91)、《投資は華々しさを追求するために行うものではない》(p.152)なんかは至言です。

『球界のぶっちゃけ話』愛甲猛、宝島文庫
 文庫書下ろし。スクイズなど重要なサインが出された場合、打者は、そのサインを確実に受けとったということをコーチに返すため「アンサー・サイン」を出すことがあるそうで、知らなかったな(p.56)。星野監督の交際費が5000万円という話には驚きました(p.148)。

『中国人民解放軍の内幕』富坂聡、文春新書
 人民解放軍というのは大きな謎に包まれている組織だと思いますが、とりあえず、わかっているところまでは整理してくれた感じでありがたい。陸海空軍のほかにミサイルと核を専門に扱う「二砲」という軍種は総参謀部の系統には属さずに、中国中央軍事委に直接指揮される組織としてつくられたそうですが、ここらへんも、権力は分散させる、という毛沢東の本能なんでしょうかね。軍系企業は400万人を越えていた兵力を半減されるリストラの中で、兵士たちの受け皿にもなったなんてところもなるほどな、と(p.169-)。

『人はお金だけでは動かない』ノルベルト・ヘーリング、オラフ・シュトルベック著、熊谷淳子訳、NTT出版・2400円
 原題はEconomics 2.0。ヒトの持つ協働の意志は根強く、近代経済学の想定するホモ・エコノミクス(経済活動において利己的かつ合理的に行動する人間)は実は観念的な存在なのではないか、という事例をいろいろ並べてみました、という内容。12章「スポーツ選手をモルモットに なぜ経済学者はスポーツ好きなのか」だけでも読む価値あります。

『落語教育委員会』柳家喜多八、三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎、東京書籍
 祝儀の出し方なんかを考えさせられました。

『談志 名跡問答』立川談志、福田和也、石原慎太郎、立川談春、扶桑社
 年末にも書きましたが、昨年は談志師匠のことばかり考えていた一年でした。二葉亭四迷が圓朝の『真景累ヶ淵』の速記録を真似することで近代的な書き言葉への道が開かれたなんていうのは知らなかったな(p.289)。

『幻滅と別れ話だけで終わらないライフストーリーの紡ぎ方』きたやまおさむ、よしもとばなな、朝日出版社
 なんの前触れもなくやってきた地震や津波によって別れ別れになるという悲劇を経験したことで、《「われわれは別れていく、これから二度と会えない、どこかでお目にかかれるかわからない終わり方になりますね」というようなことを語り合う終わり方ってものすごく価値の高いものだと思う》というあたりは泣けました(p.81)。なんの前触れもなくやってきた地震や津波によって別れ別れになるという悲劇を経験したことで、《「われわれは別れていく、これから二度と会えない、どこかでお目にかかれるかわからない終わり方になりますね」というようなことを語り合う終わり方ってものすごく価値の高いものだと思う》と(p.81)。学生運動が最終的には内ゲバに発展していったことを経験したことによってたどり着いた結論は、人は裏切るものであり、生き延びるために、信じず、情報をたくさん仕入れた上で自分なりに判断していく、ということが上手な生き方だ、というのは少し軽い感じはしますが…(p.222-)。

『静かなる大恐慌』柴山桂太、集英社新書
 ケインズを読み替えて、ケインズが取り組んだのは19世紀後半から第二次世界大戦前までの第一次グローバル化が、悲惨な2回の世界大戦を引き起こした要因を排除するため、国内の有効需要を作り出す方向に各国を政策転換させた、という内容。ケインズは『一般理論』のラストで、諸国民が国内政策によって完全雇用を実現できれば、市場獲得競争による戦争は起こらない、と。国際貿易は相互利益の条件のもとで喜んで行われる財貨およびサービスの自由な交換となるだろう、として「これらの思想の実現は夢のような希望であろうか」と書いていますが、なるほど、確かに「イマジン」かな、と。

『酒とつまみ チャンポン』酒とつまみ編集部、1400円
 ここ数年で、最も面白いと思った雑誌は『酒とたまみ』ですが、これは「創刊10周年記念なんちゃって傑作選」と銘打たれ、1~10号からピックアップされた記事で構成された250頁庁の特別号。いつも楽しみにしているのは「輝け!200×年酒バカ大賞」。「乗り物にはヨッパライに何かをさせたくなる何かがあるんかな」「検証が必要ですね」というところでも笑わせてもらいました。

『社会を変えるには』小熊英二、講談社現代新書
 戦後社会運動の絶対平和主義を批判しているのに、原発を日本が廃止しても、他の新興国では新規稼働が続くだろうということに、どうして想像がいかないんでしょうか。それこそ、倫理主義的に反原発を各国に説得できるわけないと思うんですがね。日本だけ平和でいいという絶対平和主義を批判しているのに…。『1968』のあとがきみたいな第二章「社会運動の変遷」の中で、日本の若者は『いちご白書をもう一度』のように髪を切れば就職できたが、欧米では髪を切っても就職できない不況に苦しんでいたというあたりはハッとさせられました(p.82)。オイルショックで欧米は物づくりで生きけないと判断し、やがて金融資本主義で復活するのですが、その間、若年者の失業問題で苦しんでいたけど、日本ではまだまだ第二次産業が雇用の受皿として残っていた、というわけです(それでも欧米は石油危機を乗り越えるために1930年代に作られた規制を撤廃したら、また金融恐慌に見舞われたのですが…p.332)。日経平均株価が一般紙の経済面以外に載りはじめたのは、1990年代末にっなてから、というあたりは「そうかな…」と思うけど(p.233)。第三章から五章までは佐々木毅先生の本の整理みたいな感じがして冗長。

『原発危機 官邸からの証言』福山哲郎、筑摩書房
 東電から派遣された武黒フェローもベントの遅れについて要領を得ないことばかり言って、直接、現地の吉田所長と話しをさせろと要求すると、実は衛星電話の番号も知らずに、東電本店との伝言ゲームになっていたことを知ったというあたりには驚きました。菅総理のヘリコプターでの訪問も東電側から吉田所長は知らされていないなど、東電内での意思の疎通もおぼつかない状況だったといいますから(p.70)。武黒フェローが3号機に海水使うのを躊躇している、というのを吉田所長が「官邸が躊躇している」と勘違いしたとか、いくら混乱状態にあるとはいえ、東電内の意思疎通のなさは唖然とさせられました(p.94)。

『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』宇都宮徹壱、カンゼン
 宇都宮さんはサッカーを通して、帰属意識というか心の拠り所としてのナショナリズムを描いてきたと思います。グローバルな資本主義が世界をほぼ制覇し、かつての先進国では中流層が解体され、開発途上国や旧社会主義国でも1%の富裕層と99%の「その他の人々」に分けられてしまったような世界で、どう人々は自尊心を持って日々を生きていったらいいのか。その大きな心の支えのひとつが地域に根ざしたフットボールクラブではないか、というのが宇都宮さんの取材テーマではないかと思います。

『これは映画だ!』藤原帰一、朝日新聞出版
 『映画のなかのアメリカ』 (朝日選書)が非常に良かったので、新刊コーナーで手に取った時には期待していたのですがガッカリ。『映画のなかのアメリカ』では、あふれる教養でアメリカの二十世紀の政治と社会を語ってくれたのですが、『これは映画だ!』はマジメに映画評論やってちゃってる…期待されている部分が違うと思うんですが。

『ル・クレジオ、映画を語る』J・M・G・ル・クレジオ著、中地義和訳、河出書房新社・2600円
 ノーベル賞作家による、古典的な映画愛についての本。《映画は、もっぱら電気に依存する唯一の芸術》という言い方も、今の時代には、何か特別な意味を持つ言葉のように感じます(p.28)。

『真相開封 昭和・平成アンタッチャブル事件史』文春文庫、文藝春秋編集部
 文庫本書下ろしというか、単行本ではなく、文庫本としてまず出るという本が多くなっていますね。

『昭 田中角栄と生きた女』佐藤あつ子、講談社
 「あの人はやっぱりなかなかの人だったなあ」という立花隆さんの話に救われる感じがしました。馬喰の息子から総理大臣まで上り詰めた田中角栄さんのことはおいておいても、佐藤昭さんは、高校生までに親・兄弟全てを病で失い、それでも地元の名門高・柏崎高等女学校を卒業して、教師になることを目指して東京女子専門学校に合格しますが、その直後に、学校は東京大空襲で焼けて閉鎖になり、地元に戻らざるを得なくなるという、母・佐藤昭さんの人生もすさまじいものでした。

『物語 近現代ギリシャの歴史 独立戦争からユーロ危機まで』村田奈々子、中公新書
 ギリシャって近代国家として独立した後、1893年には、もう破産状態に陥っていたんですね。こういう財政的な弱さというのは宿命的なものなんでしょうか。また、日本のナショナリズムではまったく考えられない話なんでしょうが、《内部分裂を続ける自分たちギリシャ人を仲介し、地域を超えた規模の政治的統一体をまとめあげるには、ギリシャ人以外の支配者でなければ不可能であると考え》て、バイエルン王の次男オットー(ギリシャ名オトン)が話し合いで選ばれたという歴史があったんですね(p.63-)。白眉は五章の「兄弟殺し 第二次世界大戦とその後(1940-74)」。『旅芸人の記録』の背景がよく理解できます。

『政権交代とは何だったのか』山口二郎、岩波新書
 今となっては虚しいですが、自公が「バラマキ4K」と批判した子ども手当や高校無償化などに対して、民主党は「公明正大な再分配である」と反論すればよかっただけなのに、それができなかったのは、明確な理念を共有していなかっためだというあたりは惜しかったな、と(p.41)。日本のように大きな自然災害の多い国では、編成する予算の税収がわからないままマニフェストを書くことはあまり意味がないとも感じました。

『摂関政治 シリーズ日本古代史6』古瀬奈津子、岩波新書
 『農耕社会の成立』から始まったシリーズ日本古代史も本巻で完結。《ヤマト王権を形成していた諸大夫(まえつきみ、豪族)》が終焉を迎え、天皇制は消滅しないで存続していくものの、実権は摂関家、院、幕府が把握するという《その後の日本における政治の仕組み》が出来上がった、と(p.215-)。

『十字軍物語3』塩野七生、新潮社
 サラディンから続くファテーィマ王朝のサルタンが印象に残りました。クルド人であるサラディンの弟でファティーマ王朝を継いだアラディール、その息子で、なんとリチャード獅子心王から騎士に除せられたアル・カミールは、中世の闇に捕らわれて、性懲りもなく十字軍を編成しては送り込むキリスト教国の人々をあやし、講和を結ぶように仕向け、なんとか中東に平和を作り出していった、という物語がストンと胸に墜ちました。

『日中もし戦わば』マイケル・グリーン、張宇燕、春原剛、富坂聰
尖閣問題が、ここまでエスカレートするとは思ってもみなかったので、改めてここで指摘されている尖閣列島の「支配」という意味には国際法上の観点から、領土を管轄下に置いているということと、保有しているという二つ意味の違いを考える必要があると思いました。《もし陸上自衛隊が米国に相談することなく、尖閣に駐留することがあった場合、ワシントンには衝撃が走り、米政府の人間は「日本を信用していいのか」と自問するになるでしょう》というシミュレーションは重要かな、と。また、中国も日本に対する恫喝で「中国脅威論」が世界中で沸騰し、外国企業が対中投資を考え直すキッカケを生んでしまい、計り知れないほどの外向的損失をこうむったわけですから、領土ナショナリズムというのは何も生まないな、と。

『僕は自分が見たことしか信じない』内田篤人、幻冬舎
「勝つチームには"勝ち癖"がついている」。試合には苦しい時間、我慢しなければいけない時間があって、その我慢をやり通す成功体験があるかないか。だから、勝ち続けて、優勝することでしか得られない、というあたりはまだ覚えています。

現代詩手帖「吉本隆明追悼総頁特集」
 2012年は個人的に吉本隆明がお亡くなりになった年として記憶していくと思います。橋爪さんなどによる鼎談がよかった。吉本さんが反原発運動をコキ下ろしたのは、日本人が間違うときのパターンは心情的な共振関係によって同調行動が高まるときだと思っていたのではないかというのも同感です。太平洋戦争の時に繰り返し起こった無謀な玉砕突撃のようなことが、日本人最大の問題だ、と。吉本さんは、そうした方向に全体が向かないために、福島原発事故でも反原発の人たちに冷水をあびせかけたのは「多様性の担保として自分が犠牲になる」と考えていたのではないかということは、反核運動の時、オウムのサリン事件の時と同じ。共同幻想論で振り切られ、70年安保の時に行動しなかったことで振り切られ、ハイ・イメージ論で振り切られ、反核異論で振り切られ、オウム・サリン事件で振り切られ、反・反原発で振り切られた人は多かったと思いハズですが「吉本さんはそういった、知識が人間を変な場所に連れだすのではなく、大衆と調和して生きるという方向にいったことへの憧れがあったのではないか」と親鸞に触れて語ったの言葉に深く共感します。

『安藤忠雄 仕事をつくる 私の履歴書』安藤忠雄、日本経済新聞出版社
 学歴もなく、縁故もないところから、懸命の努力を続けて独学で一級建築士の資格をとって、事務所を立ち上げ、世界でもほぼ最高の建築家となれたのは、必死に生きて、周りの人たちとオープンな関係を築き、その中でチャンスをつかみ取っていったというか「仕事をみずからつくっていった」から。高度成長期やバブル期には、仕事は湧いてきましたが、もう、そんなことが望めない中で、安藤さんのように、必死に努力して、仕事をつくっていくという姿勢が求められるんだろうな、と思います。安藤さんが「1980年以降に生まれた若者はダメだ」と切り捨てている世代に読んでもらいたい(p.31)。

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 今年は佐々木毅先生のご著書も遅ればせながら、少しずつ読ませてもらいました。佐々木毅さんというお名前で薄く記憶にあったのは「東大の総長さん」ぐらいのもんでしたが、原発事故以降、よく読むようになった電気新聞のコラムで、いつも素晴らしい内容で唸らされていたのが佐々木先生だったんです。

『民主主義という不思議な仕組み』佐々木毅、ちくまプリマー新書
 民主主義について、ポリスの時代から、その不思議さを説き起こしてくれた本。ペルシャ戦争における決定的な転機になったのが漕ぎ手を大量動員することが必要だったサラミスの海戦であり、そのために経済的に余裕のない人々も影響力を持つ体制へと変わらざるを得なくなったといいます。その結果、貧しい人々には日当を払って政治に参加してもらい、人事はくじ引きで決めるという古代民主制の頂点に達した、と(p.27)。中世ヨーロッパはローマ教皇が絶対的な権威を持つ一種の信仰共同体であったという見立てもハッとしました(p.39)。「小さな政府」論はあくまで、大きな無駄があるから魅力のあるメッセージになるのであり、何かをつくるものとしては物足りない。《より合理的な「利益政治」を実現することが変わらぬ課題というも納得的。

 『政治学は何を考えてきたか』佐々木毅、筑摩書房
 十九世紀型戦争には政治的目的に伴う限定性が戦争にはビルトインされていて、《日清戦争、日露戦争の体験にしても、この例外ではない》(p.12)、総力戦のような《「無限定の目的のための戦争」は、「無意味な戦争」とほとんど区別が不可能であった》(p.15)というあたりにはハッとしました。すごい本です。とてもまとめきれませんが、市場経済は民主政とは無縁な形で成立した権威主義の産物であり、民主政にかかる負担は過大(p.98)であり、多国籍企業は国民経済の現実的基盤を奪い、労働運動からも昔日の面影も奪った(p.109)現在、ナショナリズムが、その攻撃的側面を見せ始める(p.115)というあたりは不気味。、国際競争力の生み出した膨大なストックを有効に活用する構想力と権力構造を欠いた自民党政治が、政治的利害の絡む度合いの最も少ない金融政策に負担がますますかかっていったということで(p.135)、安倍政権への不安もつのります。

『政治学の名著30』佐々木毅、ちくま新書
 言葉と善悪の感覚を持たない野獣はポリスをつくることができず、完全に自足した神はポリスを必要としない。孤立して生きられない人間にとってポリスは最高の共同体であり、人間としての可能性はそこで初めて十全に開花することになる、という。ポリスを離れては人間は人間であり得ないというこの発想はきわめてギリシア的であり、ポリスとそこでの政治活動がいかに重大な意味を持っていたかがうかがわれる。それは究極的には善き市民と善き人間との一致という議論に道を開くことになる。ギリシア人にとってポリスの喪失は単に政治的自由の喪失であるに止まらず、人間としての目的の喪失を意味したことがここに示唆されている、とアリストテレスの『政治学』の前提となる考え方をまとめたあたりの悠揚迫らぬ書きっぷりは「こういう文章が書けたらな」と思わせます。マルクスの階級支配の終焉とともに政治が終焉するという議論は、政治についての議論そのものを封印し、その結果としてソ連などには政治思考がなくなり《マルクス主義が共産党支配として現実化した時、政治的思惟の深刻な無力化に見舞われた》というのは、素晴らしい批判だな、と思いました。

『政治の精神』佐々木毅、岩波新書
 《理想が理想である限り、その輝きは消えないが、現実のものとなった場合、その輝きはきえ、欠陥が目立つようになる。民主制も社会主義も市場原理も同じ運命を辿ったというべきかもしれない》というあたりは、新しいリーダー候補を政党政治の中で見つけて、鍛えて本物のリーダーたらしめるというシステムそのものが、二世三世議員ばかりになってしまった自民党では崩壊しており、かといって政権党としての経験がない民主党にも期待できないという予感の中で、今日の惨状をかなり暗く予想していたんじゃないかとさえ感じます(p.146)。丸山真男の「悪さの程度がすこしでも少ないものを選択する」ことの大切さをを改めて強調するあたりも、《政治はベストの選択である、という考え方は、ともする政治というものはお上がやってくれるもの》という意識から抜け出ていない日本の現状を暗く見ている視線を感じます。しかし、《多くの人間は現存の社会的・政治的秩序は変革できないし、自分は無力であると思いつつ成長するが、それが社会を良い方向に変えられるように働くことができるし、その目的に向かって目標を共有する人々と仲間になることができるという突然の認識は人を酔わせるような快感を与える》という公共に自分を投入していく体験を増やしていくしかないのかな、と。

『現代政治学の名著』佐々木毅編、中公新書
 政治学というのは、まず基本が、人間をどう捉えるか、という大問題があるから、なかなか体系的な学問としては成立しないのかな、と。あと、ほぼ地球上のほとんどすべての政体が民主主義にはなったものの、大規模な形で民主主義が成立したのはアメリカが初めてであり、そういった意味でもアメリカ研究というのは大きな意味を持つのかな、と。『権力と人間』のラスウェルによると権力の獲得に専心する政治的人間が存在し、そのパーソナリティの形成過程は「私的動機を、公の目標に転位し、公共の利益の名において合理化する」という公式にまとめられるそうで、その理論はH・S・サリバンを基礎にしているとのこと。中井久夫先生が訳しておられるサリヴァンがこんなところに出てきた、というので驚きました。権力志向の人間のパーソナリティは、価値剥奪に対する「補完(compensation)」として権力を用いて大きな価値を得られた場合に形成されやすいそうで、それが急迫的性格となった場合には責任を他者に転嫁しつつ、細部まで計算して人間関係を処理するタイプになる、と。また、激化型の性格は、ヒトラーのように他人の情動の動きを察知するのが巧みな扇動家になる、と。なんか、最近の日本のポピュリストにそっくりなようで怖いんですが。

『プラトンの呪縛』佐々木毅、講談社学術文庫
 20世紀というのは実に国家が重かった時代でしたが、左右のファシスト勢力が遠く仰ぎ見ていたのは西欧哲学の創始者であり、キリスト教神学が手を貸して貰ったプラトンではないか、という問題点から書かれたのが本書。確かにプラトンの著作を読むと、子どもの国家管理、民主制への侮蔑、放埒な性倫理など、字面だけを追うと、とてつもない内容が書かれています。ニーチェのプラトン理解を無視して単純化すれば、超自然的な力を持ったデモーニッシュな存在としての哲学王プラトンを称揚するようなゲオルグ派みたいな動きが出てきてもおかしくないし、無慈悲な絶対的存在による独裁が求められる雰囲気の中で、ナチスなども出てきたのでないか、というのが佐々木先生の問題意識じゃないかな。

 上野千鶴子さんの老後に関する本はふと手に取った文庫版の『おひとりさまの老後』から何冊か立て続けに読みました。

『おひとりさまの老後』上野千鶴子、文春文庫
 《長生きすればするほど、みんな最後はひとりになる。結婚したひとも、結婚しなかったひとも、最後はひとりになる。女のひとは、そう覚悟しておいたほうがよい》という言葉が印象的。ケアの質と料金は相関しない、というのは重い言葉。「個室を経験した身体は、もとのように雑魚寝文化へは戻れない」というのは真実だな、と(p.85)。ひとつのテーブルで同じ話題を共有できるのは7~8人までだから、理想的には5~6人のひとと食卓を囲みたいというあたり。ここらへんは、実にわかるな。「あなたの居場所とは、ひとりっきりでいても寂しくない場所」という言葉は印象に残る引用。

『男おひとりさま道』上野千鶴子、法研
 ほとんど自分のことが自分で出来なくなる「寝たきり」の平均期間は8.5ヵ月だそうです(p.82)。ならば、その1年程度の期間の蓄えをなんとか確保しよう、みたいなのが「終わりから見た戦略」となるんでしょうか。「女っ気」があれば、さらに潤いが生まれる、みたいな感じは激しくそう思ういます(p.93)。そのためにも、男のビョーキと呼ばれるような上から目線の奪い合いみたいなことはやめよう、と。

『ひとりの午後に』上野千鶴子、NHK出版
 《大学闘争が完全に解体したあとのことだ。先の見えないまっくらトンネルに入った気分で、高倉健にならって、「世の中、右も左も、まっくらやみでござんす」と呟くのがやっとだった》ぐらいのことは書いているんですが(p.126)、もう少し本格的に、私家版『一九六八』みたいな感じで書いてほしいかな、と。引用されていた《生きたまへ五月は青き風の色》という朝日新聞のコラムニスト深代惇朗さんの俳句は愛唱句となりました。

『現代思想2011年12月臨時増刊号 総特集 上野千鶴子』青土社、1500円
 明治の近代国家の作り方が割とうまくできて、しかも1400年ぐらい続いてきた天皇制という資源もあったことから、日本では「日本は太古の昔からの共同体である」という幻想幻想を強く押し出すことができたのかな、と。その結果、日本では公を国家が独占しすぎてしまい、日本の近代的知識人は常に「国家と個人」を問題の中心にして論議を進めてきた、と。G8の中で二重国籍を許していないのは日本とドイツだけ、というあたりにも、それが現われているのかな、と。《大衆化社会とは、みんな忘れてしますけれども、無階級大衆社会の略語なんです》というあたりはハッとさせられました。

『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください』上野千鶴子、古市憲寿、光文社新書
 前から団塊ジュニア世代の男子たちに感じていた「エディプス期の希薄化という問題があるんじゃないのか」という疑問を見事に説明してくれた。それは《親が死ぬのが怖い世代》だということ(p.36)。《自分が庇護される側のまま、一生子どもとして生きて、子どものまま死にたい。団塊世代はこういう子どもを育てたのか!》という上野さんの嘆きももっともだな、と(p.38)。「団塊世代は遺産相続者である子どもを甘やかして育てた、と。ぼくは、実感がないからよくわからないのですが、例えばアメリカなら、大学時代ぐらいはクリアする必要があって、遺産相続者であるための資格条件は厳しいんだ、と(p.33-35)。「成り上がりは長期にわたる予期をしない」という言葉も切れ味が鋭い(p.41)。団塊の世代の親たちが、自分の一生を対価に得たのは、モーゲージローンにも耐えられないようなペナペナな家かマンションであり、それは売ったら自分の住むところがなくなるので資産ではないし、だいたい、本当の中間層というのは、家以外に投資できる資産がある層を言うのだ、と。ナショナリズムと福祉はワンセットだけど、日本のナショナリストは国民よりも国体が大切という立場だから、少子化対策といっても、シングルマザー支援なんかはやらなかったんだな、というのも、実によくわかる(p.159)。

 談志師匠がお亡くなりになって、喪失感は日に日に増すばかりという状況となり、お弟子さんの本や、ご自身の本もかなり読みました。

『雨ン中の、らくだ』立川志らく、新潮文庫
 弟子入りして最初に稽古をつけてもらったのは「道灌」に《驚きました。客席で聴いていて気がつかなかった世界がそこにありました。見事なまでにそこにメロディとリズムがあったのです》というあたりから、もう談志愛ワールド(p.33)。「修行とは矛盾に耐えることだ」という言葉も印象的。

『落語進化論』立川志らく、新潮選書
 kindleで読みましたが、「江戸の風」というキーワードを自力では思い出せないことにショックを受けました。あまり、リーダーは深く読むことに適していないのかもしれません。

『人生、成り行き』立川談志、吉川潮、新潮文庫
 《小言というのは「不快感の瞬間的な発散」》《教育は「価値観の強制的な共有」》というあたりも鋭いな(p.39)。

『赤めだか』立川談春、扶桑社
 談春師匠のビルドゥングスロマーン(Bildungsroman、自己形成の教養小説)として読むよりは、談志師匠の面影を読み込む、みたない読み方をしました。空腹に耐えかねて、楽屋の弁当を段ボールごと持ってきてしまった後に「まァ、持ってきちまった物はしょうがねェ。返しに行くわけにもいかねェしナ」「人間いくらかは泥棒了見がないと出世しない、と落語のセリフにあるがな、あれは事実だ」と云うセリフがたまりません。

 このほか、談志師匠の本では九巻の『談志の落語』立川談志、静山社文庫、『新釈 落語咄』『同 その2』立川談志、中公文庫も読みました。ぜひ。

 『青い空、白い雲、しゅーっという落語』堀井健一郎、双葉社
 談志師匠の話で、携帯電話が七回鳴った時でも慌てず《「会場の何かのいやがせか」と言って笑わせ、七分雑談をして、落語に戻った。行き来自在だ。虚構と現実の区別を認めてないのかもしれない》といったあたりは談志論になっている(p.31)。

 福岡伸一さんの本も遅まきながら読んでみました。

『ルリボシカミキリの青』文春文庫、福岡伸一
  《大気中では、レイリー散乱が生じ、青い光が選択されて私たちに到達する》なんていうあたりの文章が素晴らしい。一流と呼ばれる人は、どんな分野であれ、《一日三時間練習をするとして、一年に一千時間、それを十年にわたってやまず継続する》という努力の上にプロフェッショナルという形質が獲得される、と。議員や企業でも二世、三世が弱く、粘りがないのは、肝心の一万時間の内実が遺伝的には与えられない、というあたり。病気にかこつけて重責をほっぽり投げたような過去を持つ元首相が復活して二世、三世の仲良し倶楽部で政権運営していくのは、本当に心配です。

『動的平衡2 生命は自由になれるのか』福岡伸一、木楽舎
 動物は外部から摂取しなければならない必須アミノ酸を自分で合成することを放棄したのですが、蝶などもある特定の植物の葉しか食べないようにして、資源を巡る無益な争いを避けるようなバランスを生態系が作り出した、というあたりは日本人が好きそうな論理(p.75)。筋肉中のタンパク質に含まれているアミノ酸の35%を占めているのがBCAAと呼ばれる必須アミノ酸であり、激しいスポーツをした後に筋肉痛に見舞われるのは、筋肉中のアミノ酸が大量に消費されて生じた損傷を修復する時に起きるということで(p.97)、個人的にもBCAAを多く含むアミノバイタルプロなどを愛用しているのは、いいことだな、と改めて思いました。マイケル・クライトンが一緒に映画を撮ったショーン・コネリーから言われた「常に真実を話さなくちゃならない。なぜなら真実を話せば、あとは相手の問題になる」という言葉は拳々服膺したいと思います。

『動的平衡』福岡伸一、木楽舎
 年とると1年の経過が速く感じるというのは、よく言われる年齢の分母が大きくなるからではなく、体内時計の秒針としてのタンパク質の分解と合成のサイクルで説明していところは、なるほどな、と。《タンパク質の代謝回転が遅くなり、その結果、一年の感じ方は徐々に長くなっていく。にもかかわらず、実際の物理的な時間はいつでも同じスピードで過ぎていく》《実際の時間の経過に、自分の生命の回転速度がついていけなていない》というのは、これまで聞いた説の中で最も納得的というか、この問題にケリがついた、という感じがします(p.44-)。

『ふりかえったら風3』北山修、みすず書房
《「妄想分裂」とは、世界をきれいで良いものと、怖くて悪いものとまったくの二分法でとらえている状態で、現実はそういうことはありえないので妄想的なのだ》という言葉は印象的です(p.44)。日本人には二重人格が少ないというのを、上手に甘えられるからだ、みたいなところから説明していって、外国人の方々がダブルベッドで寝ているなんていうのをみせられると《大変だと思うんですよね。あの自我は》と思うというあたりは笑えました(p.73)。北川さんはレインに憧れた世代だと書いていますが、そうした世代論から、日本では統合失調症ばかり見ていて神経症を見なかった、というのが大問題であると指摘しているのも新鮮(p.159)。いまの子どもは超自我形成不全といいますか、家庭教育によって超自我システムを身につけていないのが増えてきているのではないか、というあたりもハッとしました(p.178)。

『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』高井英幸、角川文庫
 個人的には一番、読んでいて幸せを感じた本です。少し古い映画好きと語りたくなりました。楽しみのための読書という意味では、今年一番の本でしたかね。

『新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか』萱野稔人
 知合いの経営者から、最近読んで面白かったということなので、とりあえず読んで見ましたが、フーコー『監獄の誕生』の超入門書。フーコーの「身体の規律化」とナショナリズムを結びつける議論は吉見俊哉さんあたりだってやっていたわけだし…と思って読みました。最近、『失敗の本質』みたいな本まで入門本が出てきて驚いているんですが、いつか『火星のツァラトゥストラ』みたいな本も出てくるんじゃないでしょうか。

『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』村上春樹、新潮文庫
 いまとなってはシングルモルトの入門編みたいな感じですが、村上春樹さんが旅の途中でスケッチする人々は心に残ります。冬のアイラ島(Islay)に1人でぼおっとくつろぐためにやってきたテレビのコメンテーター、アイルランドのロスクレアのバーでタラモア・デューのストレートをグラスに一杯飲むキチンとした身なりの70歳くらいの老人など。

『走ることについて語るときに僕の語ること』村上春樹、文春文庫
 今年になって走り始めたので興味深く読みました。《しかし何はともあれ、これが僕の肉体である。限界と傾向を持った、僕の肉体なのだ。顔や才能と同じで、気に入らないところがあっても、ほかに持ち合わせはないから、それで乗り切っていくしかない。(中略)あるだけのもので我慢する。何かがあるだけでもありがたいのだと思う。そんな風に思えるのは、年を取ることの数少ないメリットのひとつだ》というあたりには感動。うまくいかないこと、年を取ることは「リアリティー」であって、いかんともしがたく、それに対抗するためには、自分の持っているもので、なんとかしなければならない、という諦念は、アンチクライマックスすぎるにせよ、納得いくものだとな、と感じます。

『つげ義春の温泉』つげ義春、ちくま文庫
 写真は全てモノクロ。ご本人の趣味は確かレンズ磨きだったと思うのですが、なかなかの腕前で、思いだしたのが宮本常一さんの写真。乞食小屋のような土間でおそらく自炊したご飯を頬張るおばちゃんたち、床が抜けそうな風呂場で骨と皮になったような身体に湯をかける老婆、つっぷして動かないお爺さんなど、すごい写真が続きます。撮られた年代は昭和40代から60年代ですが、とても、そんな感じには思えません。戦前というか、江戸時代から基本変わっていないんじゃないかみたいなすさまじい風景。

『アリストテレスの現象学的解釈』ハイデガー、高田珠樹(訳) 、平凡社
ナトルプ報告として知られるこの論文は、神学が設定した生の現存在の理念はアリストテレスに基づいている、というのが問題意識(p.47)。存在真実化の様態がテクネーであり、実践的な知である思慮(プロネーシス)と観想的な智慧(ソフィア)が重要な役割を果たす、と。《人間の生とは、その都度それぞれ別様で在りうるというまさにそのことによって存在している存在者なのである》(p.75)として、動性の時間的性格も引き出している、と。

『ヨーロッパ人の見た幕末使節団』ギュンター・ツォーベル、鈴木健夫、ポール・スノードン、講談社学術文庫
 幕府が文久二年(1862)にヨーロッパに送った使節団を、ヨーロッパの人々はどのように見たのかを、当時の新聞などを集めて探った著作。 使節団は、身体こそ小さく、美男子ではないにしても、綺麗な歯を持つ冷静で礼儀正しい貴人として、日本の良いイメージを与えてくれたことには、本当に感謝(p.109)。バリバリ視察するけど、大衆的な楽しみの場も逃さないというあたりの好奇心も、昔と変わらない感じ(p.200)。

『高校野球「裏」ビジネス』ちくま新書、軍司貞則
 「ボールの仕組み」と呼ばれる、換金システムは、なるほどな、と思いました。野球をするのにはボールが必要で、しかも硬式球は1000円ぐらいするので、まともに用意していたら、おカネはいくらあっても足りません。そこで、考え出されたのが、選手を送ったチームからもらうこと。もちろん、中古のボールも多いんですが、中にはニューボールが贈られる場合もあって、それは、パチンコの景品のように、換金される場合が多いようです。それにしても、野球部を通じた高校再生で知られる水城高校校長である山野隆夫さんの定時制教員時代の話しには感動しました。

『財政学から見た日本経済』土居丈朗、光文社新書
 この本が出てから10年近くたったのに、まだ、財政再建の緒にもついていないことに驚きます。経済成長によって債務比率圧縮に成功したのは1985年のスワジランドだけだという現実には、どう答えるんでしょうかね。成長分野にカネが回らない大きな原因として指摘されている定数是正も、まだ手つかず。《人口の多い都市部に国会議員が相対的に少なく、人口の少ない地方部に国会議員が相対的に多い状況は、あまりにも筋書きが見え見えで、民主主義のミの字もない》《格差は限りなく完全に是正するのが当然というものである。二倍以内でも不十分である》という土居さんの主張は当たり前だと思うんですがね(p.91)。

『お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ「生き残りの法則50」』有吉弘行、双葉文庫
 売れなかった時代はカネのなさを嘆くことが多かったのですが、寂しいから人呼び出して街中で酒飲むから風俗行ってしまったので、寂しいから酒飲むのが一番のムダというあたりは深い。しかし、45分コースではなく60分コースを選ぶのが最低限度のプライドだったというのは笑いました。売れない時に「いっそ切ってオネエタレントでいくか」と考えたというのもさすが芸人。しかし男には気がないんで宦官系という新ジャンルを開拓できたかもとか凄すぎ。全員が不安定な「1億総芸人時代」がやってきたというあたりも面白かった。

『PL学園OBはなぜプロ野球で成功するのか?』橋本清、新潮文庫
 「昭和な」成功の物語。桑田選手の場合、中学の先生に「桑田が入ってくれたら、野球部全員を入学させる」という条件を出した高校もあったという。そして中学2年生の桑田選手に対して「友情がないのか?」といって、この高校に行かせようとする先生がいて、そのため中学を転校したほどだというスカウト合戦に驚きます。桑田選手が少年野球を指導する時に話すという「自分の人生は、自分ががんばるしかないんだから。人生では『代打、お父さん』とか無理だからね。自分で打つしかないし、自分でマウンドに立って投げるしかない、打球が飛んできたら自分で獲るしかない」という言葉と、「試合中は技術を磨きようがないんだから、今の自分の力にプラスアルファできるものと言ったら気持ちだけ。根性とは、そういう場面で使う」という言葉は印象。

『「伝える」ことと「伝わる」こと』中井久夫、つくま学芸文庫
 土居健郎の引用《現在の精神科医は「リスター以前」すなわち消毒法をしらないで患者に接していた時代にあるようなものだ》が印象的。今の状況を考えると精神科は「脳の見える化以前」と言い換えることができるかもしれません。酒は多少とも永続的な人間関係に関連して使用されるのに対して、タバコは浅い対人関係の円滑化に使用される傾向にあるというのも、なるほどな、と。成功は失敗にも増して精神健康悪化の契機になるといいますが、勝利に際しての高笑いは心理的危機を防ぐ精神保護作用の一部かもしれないという一節では、映画などのシーンがたくさん頭に浮かびました(p.276)。フランス語のように「深い」はあっても「浅い」がないというのはハッとしました。確かに深いは(profond)はあっても、浅いはpeu profondぐらいしか言えないのかもしれません。

『連合艦隊 戦艦12隻を探偵する』秦郁彦、戸高一成、半藤一利、PHP研究所
 楽しむための読書。昔、日本の少年たちは「長門陸奥、扶桑山城、伊勢日向、金剛榛名、比叡霧島」と帝国海軍の戦艦の名前を五七五七七にして覚えというあたりは知りませんでした。日本は機動部隊の編成、艦砲射撃など独創的な戦術を編み出したんですが、結局、習熟させていったのは、数にモノをいわせたアメリカだったというのは、なんともやりきれませんね…。

『球界の野良犬』愛甲猛、宝島社
一度、マリファナに手を出したことや、ステロイドを常用して、それが体を壊したことも書いてあるというすごい内容の本。「感動をありがとう」みたいなぬるい本が多いサッカー界でも、こういうのがいつか出れば、と思います。

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