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December 31, 2012

立川談志の一年

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 去年の11月に談志が死んで、ガッカリして、ガッカリついでに、この一年はずっと家元の本を読んで、DVDを観てきました。

 子どもの頃から落語は好きでしたが、実はこの歳になるまで寄席に行ったことはありませんでした。なんで足が向かなかったのかな、と思ってはいたんですが、談志師匠が昔の池袋演芸場は靴下が匂い立つようだったなんていうことを書いていて、履き物を脱いであがるような下町的なそういったことが苦手なのかな、と思っていますが、その時までは縁がなかったということなんでしょう。

 でも、談志のしゃべりはずっと影響を受けてきました。年上の従兄弟たちが談志が好きで、テレビなどで「こいつは凄いからよく見ろよ」なんて言われて落語を見てましたが、子ども心にも談志はひとり屹立している風情で、圧倒的でした。落語だけじゃなくってトークも凄かった。内容だけでなく、そのべらんめぇ調のしゃべりにも惚れ惚れとして聞き入っていました(で、どこか、ぼくのしゃべりには談志師匠が入っていると勝手に思っています)。

 あまり、誰が亡くなったからって、感傷にふけるようなたちではないんですが、談志師匠の場合だけは、違いました。死後追っかけつつうか、お亡くなりになって、はじめて、どれほど影響を受けていたかというのが分かりましたね。

 九巻の『談志の落語』静山社文庫があれば、談志百席をより深く味わうことができます。『新釈 落語咄』『同 その2』中公文庫があれば、その中のえりすぐりを談志師匠の解釈で直に教えてもらえます。

 本では、『人生、成り行き』が素晴らしかったですね。生い立ちから、落語との出会い、小さん師匠への弟子入り、修業時代から大売れに売れて、参議院議員にもなって、それにも飽きて落語界に戻ってきたはいいけど、協会と喧嘩別れして立川流を創設したという半生が語られています。

 ただ、母親や職人だった叔父さんのことはよく語っているんですが、父親についてはふれていなかったですね。読んだ当初はあまり感じませんでしたが、たしかに父親のことはあまり語っていませんでした。

 このことについてハッと気付いたのは『落語の国の精神分析』藤山直樹を読んでからでした。

 談志師匠は『談志の落語 八』静山社で「よかちょろ」について《〃談志さん、一番好きな落語は何?〃と聞かれりゃァ、この『よかちょろ』を挙げる》と書いています。ただし、思わせぶりに、タイトルは「何故これが好きかは教えない」となっています。

 談志師匠がなぜ「よかちょろ」が一番好きだったのか、を推理して分析していたのが『落語の国の精神分析』。

 藤山さんは、生まれ変わったら落語の若旦那になりたいというところから「よかちょろ」にはいっていきます。

 「よかちょろ」は若旦那が遊びをとがめられて父親から"象徴的去勢"を受けようという話し。この若旦那、もし出来が良ければ、父親はやがて死ぬのだから、父親のようになることで跡を継ぐことを受け入れるんですが、今のニートのように《両親の死を、その可能性すらリアルに考えることができない》でいます。そして、実は息子の放蕩を嘆く大旦那も、若旦那にちゃんと向き合おうとはせず、番頭や母親を叱ることで間接的にしか接することができず、ちゃんと"象徴的去勢"を息子に施すことができません。

 そうした状況であるならば、これからも若旦那は「ヒゲちょろパッパ」などといいながら、《この世を搾取的に渡っていく》ような人生を送り、《パーソナリティ障害的な方向》にむかっていくんじゃないかと藤山先生は書いているんですが、その姿が談志師匠とダブるんですよね。北山修さんはジョン・レノンは境界例じゃないかと言っているんですが、そんなことも思い出しました。

 『落語の国の精神分析』では最後に談春師匠との対談があるんですが、談春師匠は前座時代、鞄持ちで高尾の山奥の寺まで連れて行かれて、なんだろうと思ったら「親父の葬式だよ」と言われたそうです。なにをしていたのかもよくわからない影の薄い父親。談志師匠は、よかちょろの若旦那のように、父親の緩い制約を軽く払いのけて、気ままに落語家生活を始めたのでしょうか。

 しかし、身代を受け継いでもすぐに蕩尽してにっちもさっちもいかなくなりそうなよかちょろの若旦那と違っていたのは、圧倒的な才能があって、世の中をうまく渡っていけたということ。たまたまなれた落語家という商売が、これほどうまくいったということで、「居残り佐平次」ではありませんが、「人生すべからく成り行き」と考えるに至ったのかもしれません。そして、談志師匠のすごいところは、それに対して、あまり疑問を抱かなかったこと。政治家になったのも成り行き、小さん師匠と喧嘩別れして協会を飛び出たのも成り行き、立川流をつくって家元になったのも成り行き、喉頭ガンの治療をあまり本気でやらなかったのも成り行き。

 だいたい、ひとつの落語だって成り行きでしゃべるから、途中で脱線したり、批評に入ったり、出入り自在。キチンとしたのが聴きたかったら他へ行けという凄い了見。それを生涯、突き通したんだから、すごいな、と。

 こうした人はやっぱり少ないですよ。生き方が詩人。それを最期まで貫いた。それが談志だったと思います。

 ということですが、DVDは『談志大全 (下)』だけは、まだ未視聴のものがありますが、いま手に入るものはすべて観ました。

 せっかくなのでお勧めをご紹介しようと思いますが、「居残り佐平次」に関しては、『立川談志 古典落語特選 DVD-BOX』に収録されているものが一番ですかね。はしょらないで細かいところが全部入っているというのでは『談志独り占め』のかもしれません。

 「野ざらし」は五十代半ばで演じた『立川談志「落語のピン」セレクションDVD-BOX Vol.参』が圧倒的です。勢いがないとできない構成でやっているからでしょう。

 「やかん」は『立川談志ひとり会初蔵出しDVD-BOX』のがスゴイ。オウム真理教の事件直後の95年5月16日に国立演芸場で演ったもので、なんと麻原のコスプレで出てきます。このDVD-BOXでは『三軒長屋』も素晴らしくて、最後まで演っています。最後のサゲまで演っているのはこれだけ。

 「黄金餅」「二階ぞめき」「富久」「幽女買い」などは自身が惚れ込んでいるだけあって、どれも素晴らしい。といいますか、できれば全部見ても損はありません。「文七元結」「鼠穴」「紺屋高尾」なんかも安定しまくっていますね。他の人がこういう人情話をやると、ちょっと臭くなる時があるんですが、どこか突き放している感じがして安心して聞くことができます。

 「芝浜」に関しては、個人的にベストだと思うのは06年の三鷹市公会堂ですが、DVD化はまだされていなくて、昨年末に放送された「談志が死んだ」の中でマクラを抜いたものを見て衝撃を受けました。これはいま公開中の映画に使われているんで、いつかBlu-ray化されたら絶対に買おうと思います。評価の高い07年よみうりホールのものは『談志大全 (上) DVD-BOX』に収められています。

 『談志大全 (上) DVD-BOX』ではブックレットに収められている福田和也のひと言も素晴らしかった。それを引用して仕舞いにします。この褒め言葉は、書き手の格がちょっと違いますが、漱石が三代目小さんのことを書いている文章に匹敵するんじゃないかと思います*1。

 二十世紀の後半からこの方の、日本という小さいけれど西洋、東洋、あらゆるところから文化文明の粋を吸収し、アレンジし、享受するとともに、打ち返してきた世界史的な時代を象徴し体現しているのが立川談志という人物なのだ。

*1

漱石が三代目小さんのことを書いているのは『三四郎』。

 小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものぢやない。何時でも聞けると思ふから安つぽい感じがして、甚だ気の毒だ。実は彼と時を同じうして生きてゐる我々は大変な仕合せである。今から少し前に生れても小さんは聞けない。少し後れても同様だ。――圓遊も旨い。然し小さんとは趣が違つてゐる。圓遊の扮した太鼓持は、太鼓持になつた圓遊だから面白いので、小さんの遣る太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だから面白い。圓遊の演ずる人物から圓遊を隠せば、人物が丸で消滅して仕舞ふ、小さんの演ずる人物から、いくら小さんを隠したつて、人物は活溌溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。


 また、談話筆記「水まくら」でも漱石の噺が語られています。

http://books.salterrae.net/amizako/html2/sousekimizumakura.txt

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