« 恵比寿・おおぜき中華そばの「にぼしそば」 | Main | 『動的平衡』 »

November 30, 2012

『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』

Takai_movie

『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』高井英幸、角川文庫

 コムズカシイ映画青年ではなく、都心に住むバランスの取れた映画好きの青年が、私立のおぼっちゃん大学を出て、父親の勤めていた東宝に入社し、映画館勤務から製作の現場も経験し、やがて社長になってパッピーリタイアメントして、ようやく自分の好きだった映画について語るという、理想的な人生を送った高井英幸元東宝社長の、なんとも幸せな本。

 楽しみのための読書という意味では、今年一番の本でしたかね。

 高井さんとは少し離れてはいますが、生まれ育ったところも似ているし、小学生の頃から渋谷や日比谷のロードショーに足繁く通わせてもらい、古い映画に関しては、テレビの洋画劇場ではありますが、だいたいさらっているということで、この本に取り上げられている映画の半分近くは観ているんじゃないかと思います。今や、渋谷の東急文化会館はヒカリエに生まれ変わり、日比谷の映画街はだいぶ前に様変わりしました。しかし、有楽座やミラノ座、日比谷映画、パンテオン、渋谷東急など観た映画は、思い返してみると、その素晴らしい環境とともにしっかりと記憶されています。ロードショー館で見たということは、本当に貴重な体験だったんだな、と改めて感じました。

 高井社長が12歳の時に初めて有楽座で観たのは「聖衣」だったそうです。時に1953年。

《開映のチャイムと共に劇場のあざやかな真紅のスクリーンカーテンがゆっくりと左右に開く。と、スクリーンにも同様の深紅のカーテンが映っている。荘厳な音楽と共にタイルが写し出され、それが終わると今度は画面の中の深紅のカーテンが、先ほどの有楽座のカーテンと同じようにゆっくり開きだす。すると初めて横長の広い画面が明らかになり、群衆の歓声と共に巨大なローマのコロセウム(闘技場)の全景が現われるのである》

 高井少年はこうした粋な演出に感動したそうですが、そうですよね。こうした映画館も映画の一部なんですから。もうちょっと、こうした部分に触れた映画の本が持っと欲しいな、と思ってしまいました(p.13)。当時はハリウッドがテレビに対抗しようとして3Dや大画面など毎年のように新しい方式の映画が登場してきた、というのもたまらない経験だったと書かれています。

 高井さんの本で特筆されるべきことは音響効果について言及されている箇所が多いこと。1950年代のSF映画はほぼ音響効果で語っていいるところなんかは、なるほどな、と(p.32-)。黒沢映画にしても台詞が聞き取りにくいが、それまでの《台詞に依存する部分が多いと思っていた》日本映画に、映像主体にとことん押し切った作品であると語っています(p.74)。『大地震』のセンサラウンドの話なんかも抱腹絶倒。

 東京はFENをずっと聞くことができて、ぼくも小学生ぐらいの時から聞いていたんですが、高井さんが10代の頃にMusic by Candleligthtという番組があったそうです。そこで知ったジャッキー・グリースン楽団が気に入っていたそうですが、そのバンマスが映画『ハスラー』にミネソタ・ファッツとして出演していたのにビックリしたというあたりも、東京で生活していた方ならではの感想でしょう。

 ぼくのフランチャイズだった東急文化会館は、1956年の開業当初、映画興行が東宝と松竹に制されていたため《肝心の番組がもうひとつ振るわ》なかったというのは、言われてみればその通りだけど、初めて知りました(p.50)。

 キューブリックの話しをするのきもカーク・ダグラスが『現金に体を張れ』を見て感心してキューブリックに会いに行ったという自伝『カーク・ダグラス 自伝くず屋の息子』を中心に持ってきたりするのも素晴らしい(p.70)。マイケルに受け継がれているプロデューサーとしての才能は、才能を見る目なんでしょうね。そして、『突撃』『スパルタカス』がつくられていく、と。

 裏話的なところでは、1950年代はプリント代が高いので、2番館、3番館では1本のプリントを上映が終わると隣の街の映画館に自転車で届けるという「掛け持ち」が行われていたというのは初めて知りました。《高度経済成長と共に人件費が値上がりしてプリント代の方が安くなる時代が来て、掛け持ちは消滅した》というあたりも、さすが経営者らしいバランス感覚あふれた書きっぷりだと思います(p.76)。

 ルイ・マルの『死刑台のエレベーター』を最初に観たのは、テレビでしたが、テレビの解説者でさえ触れていた《公開当時、この作品の感覚的な側面は評価されたが、一方でテーマ的に今日的な問題意識が欠如していると非難する人もいた》というあたりをキッチリ書いているのも素晴らしいな、と。時代と共に観ているわけですから。

 『ベン・ハー』を語る時も、すでに3回目の映画化で、前作でウィリアム・ワイラーは競争シーンを撮影するB班の助監督をしていたが、ワイラー版のB班監督の助監督についたのはセルジオ・レオーネで、なんとか前作を越えようと、100回見たというエピソードは知りませんでした(p.120)。

 ミケランジェロ・アントニオーニの『情事』『太陽はひとりぼっち』もモニカ・ヴィッティのことしか語らないあたりは憎い(p.130)。ぼくもモニカ・ヴィッティぐらい好きな女優さんて、なかなかいないな…。

 劇場勤務の話では、短編作品の併映の裏話が面白かった。『遙か群衆を離れて』は試写室で見た時は2時間50分で、公開時の上映時間表もそれに合わせて前売り券に刷っていたそうですが、実際に届いたプリントは2時間30分と20分ほどカットされていたそうです。このため、あわてて埋め合わせの短編映画を探したそうですが(p.204-)、ぼくも、みゆき座で見た『叫びとささやき』に、なぜか短編の記録映画『色鍋島』が上映されていて「不思議だな…」とずっと思っていたのですが、こうした背景があったのかもしれません。

 日比谷映画も忘れられない映画館でしたが、そこに勤務していた時には、道を聞かれたり、荷物を預かるみたいなこともしたそうです。高井さんは「映画館というものは、誰でもいいから絶えず人が寄ってくれることが大事だ」という上司の言葉とともに、こうしたエピソードを紹介してくれます(p.217)。

 アチャラカという言葉は「あちら(西洋)か(化)」からきているのは知らなかったな…(p.262)。

 日本ヘラルドが、『エマニエル夫人』の大ヒットで、社員に20カ月のボーナス出したという話も時代を感じさせます(p.295)。

 高井さんは映画文化協会が主催する「午前10時の映画祭」にも関わっていらっしゃるそうですが、デジタル化を前に、プリントでの大画面での上映はこれが最後になるかもしれないということで、こうした企画があれば、次は見に行こうと思いました(p.412)。

 映画に対する愛、知識、経験とも足下にも及びませんがビデオ、レーザーディスク、DVD、Blu-rayと映画の所有欲に忠実なあたりも、なんとなく似ている感じがして、本当に楽しい本を読ませてもらったと感謝します。

|

« 恵比寿・おおぜき中華そばの「にぼしそば」 | Main | 『動的平衡』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/56224918

Listed below are links to weblogs that reference 『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』:

« 恵比寿・おおぜき中華そばの「にぼしそば」 | Main | 『動的平衡』 »