『動的平衡2』
『動的平衡2 生命は自由になれるのか』福岡伸一、木楽舎
ドーキンス流の、遺伝子は生物の個体を乗り物にしているにすぎないという「利己的な遺伝子」の考え方に対して、《私たちはその命令を相対化し、それに背くこともできる。私たちは結婚しないでいることもできるし、家庭を持たないでいることもできるし、子どもをつくらないでいることもできる。「できる」ということは、つまり、そのような可能性もまた生物の有り様のひとつだと考えてよいだろう》というところから、この本のテーマは、副題にもなっている「生命は自由になれるのか」につなげていくのが第一章。
自由ということは、Richie HavensのFreedomを聴いたというか映画『ウッドストック』を見た時ぐらいからも、ずっと考えてきたことですが、やはり可能性ということなんでしょうね。お上から小うるさく言われない「できるけど、しないでいる」という領域を広げていくことが、まあ、社会的には課題になっていくんでしょうかね。福岡"動的平衡"伸一先生も、生物というのは環境と意思によって、どのようにでも生きられるというのを書きたかったんじゃないかと思います。ということで、例によって、箇条書き的に…。
遺伝子の突然変異と自然淘汰によってもたらせる「進化には目的や方向性はない」という考え方では、例えば「カンブリア爆発」のような爆発的な進化を説明できないと言います(p.52)。これは酸素濃度が高まったことにより、代謝エネルギーを多く得て、形状が多様化したのではないか、と言われているそうですが、こうした「スイッチ」の果たす役割の大きさ、みたいなものが、後半でも語れていきます。それがエピジェネティックスの視点。
επιという接頭語は「上に、後に、優越」という意味を与えますが、DNAの塩基配列の違いによらない遺伝子発現の多様性を生み出す細胞分裂後も継承される遺伝子機能の変化、みたいな考え方。
にしても、鳥というのは軽くなるために膀胱と大腸ほほとんどなくし、排泄もふくめて全てを単一の穴で行う総排泄口という構造で、雄にはペニスもないために交尾もオスとメスが協力して総排泄口をくっつけて行うというのは知りませんでした(p.68)。
動物は外部から摂取しなければならない必須アミノ酸を自分で合成することを放棄したのですが、蝶などもある特定の植物の葉しか食べないようにして、資源を巡る無益な争いを避けるようなバランスを生態系が作り出した、というあたりは日本人が好きそうな論理ですよね(p.75)。著者がNHKなどに受けるのもわかります。にしても、生物が棲み、活動し、子孫を残す場所その他を生物学用語で「ニッチ」と呼ぶが、それは決して隙間という意味ではなく、生物学的地位のことだ、というあたりは、なるほどな、と。
必須アミノ酸の中で、トウモロコシや小麦粉ばかり獲っているとリジンが不足するのでアフリカ、パキスタン、中国などでもリジンを子どもに与えることで栄養改善を図っているそうです(p.95)。
筋肉中のタンパク質に含まれているアミノ酸の35%を占めているのがBCAAと呼ばれる必須アミノ酸であり、激しいスポーツをした後に筋肉痛に見舞われるのは、筋肉中のアミノ酸が大量に消費されて生じた損傷を修復する時に起きるということで(p.97)、個人的にもBCAAを多く含むアミノバイタルプロなどを愛用しているのは、いいことだな、と改めて思いました。
植物は窒素細菌が固定する窒素の量だけ吸収するという制限があったのですが、空気中の窒素からアンモニアを合成して肥料として使い始めることによって、人間がコントロールするようになった「ハーバーボッシュ法」は20世紀最大の発明のひとつというのも、なるほどな、と(p.101)。
人間は腸内細菌と共生していますが、日本人の消化管内には海藻を分解できる腸内細菌が存在するが、欧米人にはない、と。こうしたことからも、風土にあった食べ物を食べるというのは重要だな、と(p.132)。
『動物のお医者さん』の中でも菱沼さんが行うバイオの初歩的な技術としてグラム染色が描かれていますが、《大腸菌の顕微鏡観察についての長い長い研究の歴史は、細胞の染色技術の歴史だともいえる》というのには感動しました(p.135)。
また、無菌操作の難しさについても『動物のお医者さん』は触れていましたが、フレミングはコンタミ(異物の混入)のカビを捨てようとして、カビが作り出す特殊な化学物質を抽出したのがペニシリンだった、と(p.140)。細菌は増殖する際、自分のまわりを取り囲む細胞壁を合成するが、ペニシリンはその合成を妨げることによって細菌の育成を妨げ、さらに、ヒトの細胞には細菌のような細胞壁はないため、ヒトには無害という素晴らしい抗生物質となった、と。
しかし、細菌もペニシリンを分解できる酵素を持つようになり、それがプラスミッドによって遺伝情報が水兵伝達できるようになって耐性菌が広まった、と(p.141-)。大腸菌のゲノムの情報量は460MBぐらいですが、プラスミッドは3000byteぐらいと超ハンディ。そして他の大腸菌に情報をパスすることができる、と。ちなみに、ヒトゲノムは3GBぐらいで、大腸菌の6倍程度だそうです。ちょっと自尊心を傷つけられる少なさですかねw
ぼくもマイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』は、ハードカバーで読み、映画もロードショーで観たクチですが、『インナー・トラヴェルズ』というエッセイ集がそんなにいいとは知りませんでした。ちょっと古いので、もう読むことはないでしょうが、著者が紹介している、切れ目がふたつしかない礁湖にアクアラングを装着して潜り、潮の流れに身を任せて内部に吸い込まれていくというあたりは素晴らしいかな、と(p.152)。
文脈とは離れますが、マイケル・クライトンが一緒に映画を撮ったショーン・コネリーから言われた言葉というのは印象的でした。「常に真実を話さなくちゃならない。なぜなら真実を話せば、あとは相手の問題になる」。拳々服膺したいと思います。
チンパンジーとヒトの遺伝子の差異は2%だそうですが、この2%の違いでは人とチンパンジーの相違を説明できないそうです。《では、いったい何がヒトをヒトたらしめるのだろうか。それはおそらく遺伝子のスイッチがオン・オフされるタイミングの差ではないか》ということで、幼児性の話しにもっていきます。子どもの期間が長く延びることで、好奇心や探索行動が長続きし、運動や行動のスキルを向上させる期間が長くなったのではないか、と(p.211)。同時に性成熟が遅くなることで、オス同士の闘争が起こりにくく、攻撃性が低くなったことが、知性の発達に手を貸した、と。ここら辺は、なんか救いがありますね。
最後の「花粉症は、薬では治らない」も個人的に参考になりました。抗ヒスタミン剤によって花粉に先回りして体内のヒスタミンレセプターと結合しますが、薬を飲み続けると、ヒスタミンの信号が届きにくいことを察知して体内ではよりたくさんのヒスタミンレセプターを作り出すので、より過敏な花粉症体質を自ら招いてしまう、ということが「動的平衡」論から言える、と(p.216)。
腎臓の働きを「水の流れに乗せてエントロピーを捨てている」と説明した後、《だからこそ、私たちは自分の健康のため、日々、良質の水を摂取することが大切である》というのも実行していこうかな、と(p.223)。
温暖化対策のCO2削減というのは定量的に考えてみると、大気中の0.035%の二酸化炭素を減らすことを目的としているというのは、何回でも覚えておいて損はないかな、と(p.227)。
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