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November 09, 2012

『人はお金だけでは動かない』

Economics_2

『人はお金だけでは動かない』ノルベルト・ヘーリング、オラフ・シュトルベック著、熊谷淳子訳、NTT出版・2400円

 原題はEconomics 2.0。

 ヒトの持つ協働の意志は根強く、近代経済学の想定するホモ・エコノミクス(経済活動において利己的かつ合理的に行動する人間)は実は観念的な存在なのではないか、という事例をいろいろ並べてみました、という内容。

 初めの方で興味深かったのは、保育所に遅れてきた保護者に対して罰金制度を導入したとたん、保護者たちは勤務時間外に子どもの面倒をみてもらうことを市場取引としてとらえるようになったため、かえって遅刻が増えたという例。保育所側の好意に応えて道義を守っていたものが《強い内発的動機づけが弱い外発的動機づけによって押しだされてしまった》というわけで、金銭的インセンティブはある場合、まったく効かない、と(p.20-)。

 そして、個人の幸福も相対的なものであり、自分が5万ドルの収入があり、ほか人が半分しか稼げない世界と、10万ドルの収入を得ても、他の人が20万ドル稼ぐ世界のどちらかを選べという学生に対する実験では、大多数は最初の世界を選んだそうです(p.33)。

 不快感は長さによってではなく、その最も強い時の感覚と、経験が終わる直前の感覚によって決まるというのも面白かったかな(p.36)。

 ヴェーバーの『プロ倫』は間違っているというのも痛快でした。プロテスタント教会は信者が自ら聖書を読めるようにするために学校教育に重きを置き、その結果として識字能力が高くなったから、経済発展が促されたという要素の方が、労働観の違いなどよりも大きい、と(p.72-)。

 宗教との関係でいえば、イスラム教徒は経済制度に対して懐疑的であり、寛容さが低く、女性差別的であり、それがイラクでの市場経済の導入を難しくした、というのも納得的です(p.96)。同時に奴隷貿易が盛んに行われたアフリカの地域ほど、今でも深刻な経済的困窮に見舞われているということは、信用が築けない社会では、経済も発展しない、ということなんでしょう(p.132)。

 人間は他人の意見に左右されやすいということは、ダウ平均が9.2%上昇する日は正規分布にしたがえば1003兆5613億9783万1590年に1回しかめぐってこないのに、現実は107年間に10回も起きていることからも明らか(p.156)。そして暴落の回数も多いそうです。逆説的ですが、こうしたことからも「逆張り投資」の方が利益があがるというのも納得できます。

 スポーツクラブは月会員になるより、一回ごとの方がはるかに安上がりであり、スポーツクラブは人間の弱みにつけこんでいる、というのも実感できるなぁ(p.215)。

 ということですが、一番面白かったのは12章「スポーツ選手をモルモットに なぜ経済学者はスポーツ好きなのか」です。

 スポーツ統計学は「行動に関する疑問を解決する助けになる」ということから学問分野に成長を遂げた、といいます。そしていろいろ引用した、以下のようなことが明らかになっている、と。

 サッカーチームで給与価格差が大きなチームの成績は悪くなる。これは特に上位チームで顕著。しかし、全体の給与総額が大きいほどチームは活躍するのも事実。監督に高いカネを出しても効果は少なく、危機に際して更迭しても成績が上向くのは初戦だけで、監督を残留させた方が早く復調する。しかも監督経歴が長く元選手だった方が好転させる割合が高い。

 サッカーでリードされている場面で攻撃的な選手を増やすと、40%の確率で相手に得点を許すが、自分たちが得点出来るのは21%、選手交代せずに同点に追いつくのは35%、その場合、追加点を許したのは30%。これはブンデスリーグの03-04シーズンの統計。

 勝ち点3ルールの導入後、勝ってる場面では守備固めをする戦術が増加したのは、追いつかれたら、勝ち点2を失うから。

 審判はひたすら観衆を喜ばすために笛を吹く傾向にあり、ホームチームが負けている場面でのアディショナルタイムはスペインでは二分、ドイツでも三十秒長くなる。ちなみに、翻訳で「延長戦」としているのは女性翻訳者らしいスポーツに関する知識のなさ故の誤訳でしょうね…。

 同じく審判問題で、独キッカー誌の評価を元にPKの判断を分析したところ、PKか否かの判断で、地元チームに有利な場面での正しい判断は81%だったが、相手チーム有利な場面で正しく判断した事例は51%にしかすぎなかったそうです。こうしたことからプレミアでは審判報酬を大幅に引き上げたところ、ホームチームへの肩入れなどによる誤審は減った、と。これは審判が高い給与を失いたくないためだ、と。

 以上がサッカー関連のまとめなんですが、アメリカンフットボールで4THダウンギャンブルした方が有利なのに監督はあまりやらないし、クリケットでも後攻が有利なのにキャプテンは先攻を選びたがるのは、同僚たちから非難されたくないという保守的な思考から逃れられないため、なども面白かったです。

 ちなみにこのタイトルの翻訳は良くないですね。『博士の異常な愛情』とか観てないのかな…「モルモットとしてのスポーツ選手、もしくはなぜ経済学者はスポーツを愛するのか」でしょ…。ま、いいんですが。

 スポーツ関連ライターは少なくとも12章だけでも読むべきだと思うし、巻末の掲げられた論文を翻訳すれば注目されるんじゃないですかね。やったもん勝ちだと思いますよ。

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