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August 04, 2012

『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』

Matsumoto_yamaga_matsuda

『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』宇都宮徹壱、カンゼン

 いつもなら、宇都宮さんの本が出れば、すぐに読んでいたんですが、今回は、数週間、間があいてしまいました。友人にはJリーグのサポーターが多いのですが、マリノスサポの一人が「今回の本は、タイトルを見ると、マツを使った企画を感じてしまう」と呟いていたからです。

 マリノスに16年在籍していた松田直樹は、降格争いをしている中で負けた後、頭を振り乱しながら大声で泣き叫んでいたり、連覇の時も中心選手として輝いていた、数少ないクラブ名を冠せられる「ミスター」でした。そのミスターマリノスが戦力外通告を受け、入団したのがJ1から数えると2カテゴリー下のJFLのチーム、松本山雅。そして、松本山雅で15試合を戦った後に待っていたのが、あの悲劇でした。

 それから一年がたち、松本山雅はJリーグ40番目のチームとなり、J2で戦っています。

 ぼくが松本山雅というチームを知ったのは、アルウィンというスタジアムからです。なぜか、時々、FC東京でもエスパルスとか鹿島相手のゲームが開催されるんですが、行ったサポーターからはアルプスの山々に囲まれた陸上トラックのないサッカー専用スタジアムの素晴らしさをよく聞かされました。

 そして横浜フットボール映画祭で観た「クラシコ」。

 知り合いの長野県民からも長野と松本の仲の悪さは知っていましたが、J1から数えると3カテゴリー下の地域リーグのサッカーでも、両地域を代表するサッカーチームの「負けられない試合」が戦われているということに軽い目眩がしたものです。

 そして映画「クラシコ」を監督が撮るキッカケとなったのが宇都宮さんの『股旅フットボール』だったというのですから、『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』は『股旅フットボール』の孫のような本かもしれません。

 宇都宮さんはサッカーを通して、帰属意識というか心の拠り所としてのナショナリズムを描いてきたと思います。グローバルな資本主義が世界をほぼ制覇し、かつての先進国では中流層が解体され、開発途上国や旧社会主義国でも1%の富裕層と99%の「その他の人々」に分けられてしまったような世界で、どう人々は自尊心を持って日々を生きていったらいいのか。その大きな心の支えのひとつが地域に根ざしたフットボールクラブではないか、というのが宇都宮さんの取材テーマではないかと思います。

 松本という地は、この本によると、町田とか浦和、静岡といったいわゆるサッカーどころではないようです。地元の県サッカー協会は、そうした地にサッカーを根付かせようとし、30年も前にまず子供たちに素晴らしいサッカーを見せるスタジアムを建設しようという動きをスタートさせていたんです。国体開催のためになけなしのサッカースタジアムを自転車競技のトラックに改修されてしまった県協会は、27年にも及ぶ交渉の末、トラックのないサッカー専用スタジアムとしてアルウィンを建設させます。そして、アルウィンを拠点に、有志が地域興しのキーコンテンツとしてプロサッカーチームを立ち上げるのですが、その母体となったのは、なんと地元の喫茶店のチームを母体にした松本山雅でした。

 サッカーをやる人間が多いからサッカーチームをつくるのではなく、あまり浸透していないから、いい箱をつくって、そこで繰り広げられる素晴らしい試合を観せることで、サッカーを根付かせようという試みは、新潟でも行われています。新潟は面積も、人口も、経済規模も大きな県ですが、スポーツを楽しめる環境が少なかったそうです。それが今では人工芝ながら最も多くのフィールドを抱える県となったそうです(p.160)

 しかし、松本山雅はなかなか地域リーグから全国リーグであるJFLに昇格できませんでした。

 その4年越しの夢がかなった記録を追ったのが映画「クラシコ」で、この『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』は、その直後のシーズンを描いているのですが、そのJFLでの戦いに、ビッグネームであった松田直樹を呼ぶというのは、大きなリスクもはらんでいました。その性格から松田は扱いにくい選手であり、案の定、吉澤監督は松田をコントロールできず、12位と成績は低迷。8試合で解任されてしまいます。

 サポーター側にもとまどいがあったと思います。それまでの牧歌的な愉しみを与えてくれていたチームに《いきなり元日本代表で、名門F・マリノスを象徴する選手がやって来るのだ。嬉しさよりも、どう受け入れるべきかという戸惑いが先立つのは当然であろう》(p.186)。

 松田のチャントが生まれるのも難産だったということが書かれています。「松本のマツダナオキ、オレたちと、この街と、どこまでも」という歌詞は15試合しか実現できなかったのですが、それでも、なぜか土壇場に追い込まれると劇的な勝利を続けるという「松本山雅劇場」が発動し、最終節でJ2への昇格を決めることになります。

 大月社長が最後に語る私利私欲なくクラブのためにやってきたことが《誰も想像のできないような運を引き寄せることができ》たのかもしれません(p.224)。しかし、単なる激動のシーズンが昇格というハッピーエンドで幕を閉じたということだけを、この本は描いているのではありません。

 かつては盛り上がっていたアルビレックス新潟も、いまでは倦怠期にあるようで、「やっぱり10年も経ったら飽きられる」という現実があるようです(p.161)。だから、この作品は、松本山雅FCという新興クラブとサポーターの最も幸せな奇跡の「一瞬の夏」を描いた作品なのかもしれません。

 限られた取材費の中で地元のサポーターに「クルマで拾ってください」とTwitterで呼びかけ、夜の食事は居酒屋でサッカー談義に花を咲かせながらも、あくまで「余所者」であるという自己規定のスタンスを外さない取材姿勢も素晴らしいと思いました。


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