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June 19, 2012

『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』

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『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』村上春樹、新潮文庫

 帰りの電車で読むものがなくなったら、この手の本を買って帰ることにしています。

 いまとなってはシングルモルトの入門編みたいな感じですが、村上春樹さんが旅の途中でスケッチする人々は心に残ります。
 
 冬のアイラ島(Islay)に1人でぼおっとくつろぐためにやってきたテレビのコメンテーター、アイルランドのロスクレアのバーでタラモア・デューのストレートをグラスに一杯飲むキチンとした身なりの70歳くらいの老人など。

 だいたい四時ごろには目的地について、宿に入りたい。シャワーを浴びて、ふらりと近所のパブに入る。とりあえず夕食前に黒ビールを一パイント飲む必要がある

 という儀式から、町をブラブラ散歩し、良さそうなレストランに入り、食事をして酒を飲むという旅はいかにも楽しそうだ(p.84-)。

レストランで生牡蠣の皿といっしょにダブルのシングル・モルトを注文し、殻の中の牡蠣にとくとくと垂らし、そのまま口に運ぶ。うーん。いや、これがたまらなくうまい。牡蠣の潮くささと、アイラ・ウィスキーのあの個性的な、海霧のような煙っぽさが、口の中でとろりと和合するのだ。どちらが寄るのでもなく、そう、まるで伝説のトリスタンとイゾルでのように。それから僕は、殻の中に残った汁とウィスキーの混じったものを、ぐいと飲む。それを儀式のように、六回繰り返す。至福である。

 というのも、いつかやってみたい(p.47-)。

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