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May 13, 2012

『プラトンの呪縛』

Plato_sasaki

『プラトンの呪縛』佐々木毅、講談社学術文庫

 20世紀というのは実に国家が重かった時代でしたが、集団的統合機能を凝集させようとするような政治体制は過去のものになりつつあります。しかし、歴史は繰り返すものでもありますから、また、いつ、そういったものがリバイバルするかもしれません。

 ギリシアは今、再選挙でもめていますが、勢力を伸ばしているのは極右と極左のようです。そして、20世紀において、そうした傾向を代表していたのは、ナチスとソ連でした。どれも、民主的な手続きには懐疑的なようですが、実は、そうした人々が遠く仰ぎ見ていたのは西欧哲学の創始者であり、キリスト教神学が手を貸して貰ったプラトンではないか、という問題点から書かれたのが本書。

 確かにプラトンの著作を読むと、子どもの国家管理、民主制への侮蔑、放埒な性倫理など、字面だけを追うと、とてつもない内容が書かれています。しかし、教養課程ぐらいで習うプラトンにはイデア論を中心に形而上学の祖として扱われていて、そうしたトンデモ系の話はカッコに入れられて、考慮はされません(これは聖書と同じですね)。

 しかし、近代の終わりにギリシア哲学史家としてスタートしたニーチェによって、プラトンは意外な評価を受けます。それは貴族的な思考方法(p.102)。公式にはニーチェはプラトンを批判したとなっていますが、実は政治指導者、若者の哲学的指導者としては評価していた、というんです。

 真理の探究としての哲学は、そもそもプラトンからして超自然(メタ・フィシカ=形而上学)の方向に行って間違っているのだから、それを基礎とした西洋哲学、キリスト教神学などは正しいわけがない、と。しかし、超越的な哲学王による支配というのは、ありうる、と。

 ニーチェはさらに苦闘を続けるのですが、それを無視して単純化すれば、超自然的な力を持ったデモーニッシュな存在としての哲学王プラトンを称揚するようなゲオルグ派みたいな動きが出てきてもおかしくないし、無慈悲な絶対的存在による独裁が求められる雰囲気の中で、ナチスなども出てきたのでないか、というのが佐々木先生の問題意識。

 非常に面白かったのですが、まとめようと思い立つまでにもストレスがたまるような有様でして、もしかしたら、何回かにわけて書きますが、とりあえず、自分の中で、いろいろと頑張って理解しようとしていた人たちの考えが、いったんプラトンに還ってから、新たな光を放ちながら収束しているような感じさえ個人的には受けていまして、とりあえずぜひ。

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