吉本さんへの追悼私記
レーニンがロシア革命を起こす前には、マルクスの『ドイツ・イデオロギー』と『経済学・哲学草稿』は世に出ていませんでした。ロシア革命が成功した後、ソ連政府によってMEGA(マルクス-エンゲルス全集)の編集が始まったのは1924年です。この年の1月24日にレーニンは死去しましたから、散逸したマルクス・エンゲルスの著作を全て集めるという大事業の成果を見ることはありませんでした。
レーニンにとって国家とは、物理的に打倒すべき具体的な対象としてしか認識されませんでした。『国家と革命』における国家観は、ひとことで言って「国家とは官僚組織と警察と軍隊の暴力装置によって、内部統制、外部対抗する人民抑圧装置」というものでした。随分、スカッとしているというか、わかりやすい(だからレーニンは、この2/3のうちの官僚組織と軍隊を握ってしまえばいいと考えたんじゃないかな)。
でも、日本では、どうしてもうまく革命を起こせませんでした。そのキザシすらオモテに出ることはなかった。逆に戦前の共産党の指導者の多くは転向し、国家社会主義的傾向を持つ新官僚たちによって、使われていきました。もう少し下の方では、故郷に帰り、とりこまれていきました。
なんで、こんなに天皇制が強いのか。ひょっとして日本は特殊なんじゃないだろうか、という考えが、深く考えた人たちの中に芽生えていったんだと思います。
吉本さんは戦後の日本共産党が出しはじめたマルエン全集の恩恵といいますか、具体的にはドイデと経哲草稿の恩恵を受けて、日本の国家論をより、地に足のついたものにしていきます。
《特殊利害(個人の利益)と共同利害とのこの矛盾に基づいて、共同利害は、個別および全体の現実的利害から切り離されて国家として一つの独立な姿を取る。そしてそれはまた幻想的な共同性として、である》
というドイデの箇所から『共同幻想論』は生まれたと思います。
日本の近代国家は、小熊英二さんが、最近とても分かりやすく書いてくれたのですが、明治維新の元勲たちの近代国家のつくりがうまくできていて、しかも1400年ぐらい続いてきた天皇制という資源もあったことから、日本では「日本は太古の昔からの共同体である」という幻想を強く押し出すことができたんだと思います。その結果、日本では公を国家が独占しすぎてしまうという結果になります。
逆に市民社会のスペースが非常に狭い。
しかし、旧約聖書でもイスラエルの民は、他の国家が攻めてくるのでやむなく、一時は神ならぬ人間に全権力を与えるというところから国家をスタートさせたということが『士師記』『サムエル記』『列王記』で描かれています。つまり、やむを得なく国家をつくった、と。そして、こうした考えはヨーロッパでも受け継がれていると思いますし、だからEUが出来たのかな、と。
個人的にドイデを最初、読んでいてピンとこなかったのは、市民社会は全体を包括するけど、ある面では国民国家という面を持つ、みたいなところでした。
日本人のぼくにも、国家は重い物という意識はいつのまにか植えられていたので、最初は、どうしても国家<市民社会という感覚がわからなかった。だいぶたってからですよ「市民社会の方が圧倒的に大切なものだ」ということに気づいたのは。だから、日本の近代的知識人が常に「国家と個人」を問題の中心にして論議を進めてきたのも当たり前。戦前や戦後の日共の活動家、60年安保のブント、70年代の新左翼のセクトが間違えたのもそこかな、と。
そこを吉本さんは、それほどクッキリハッキリとは打ち出せなかっとは思うけど、「国家は幻想だし、男女の対幻想や個人幻想は国家と同じ価値があるんだ」と日本語で言ってくれたわけです。
吉本さん、ありがとう。
写真は吉本さんがサブカルチャーに接近していた時代に、1990年8月のヤングサンデー表紙に登場したものです。ばななさんの『TUGUMI』はその前年に出ていて、ブームになっている頃でした。
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