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February 24, 2012

『「伝える」ことと「伝わる」こと』

Tsutaeru_tsutawaru

『「伝える」ことと「伝わる」こと』中井久夫、つくま学芸文庫

 この本の中で中井先生は、土居健郎が《現在の精神科医は「リスター以前」すなわち消毒法をしらないで患者に接していた時代にあるようなものだ》ということを私信で書いていたとしていますが、これは、今の状況を考えると「脳の見える化以前」と言い換えることができるかもしれません。

 専門家でもないので軽々しくはいえないことですが、統合失調症なども脳の機能障害だと捉えることが可能だという考え方もあるようですし、先日、NHKスペシャルで紹介されていた鬱病患者に対するTMS(経頭蓋磁気刺激法,Transcranial Magnetic Stimulation)のように、扁桃体の過活動を抑制するため背外側・前頭前野推論(DLPFC, Dorsolateral prefrontal cortex)を活性化させることがモニタでも確認できたりすると、「脳の見える化」がここまで来たんだ…と思わされましたし、脳血流の画像診断装置・光トポグラフィー(NIRS)によって前頭葉の血流量の変化を測定することによって「鬱病」、「双極性障害(昔でいう躁鬱病)」、「統合失調症」を見分けられることを示されると、これまで深淵な問題として捉えられていたというか、直らないとまで考えられてきた統合失調症などが、随分、見込みのあるものなんじゃないかと思えてきます。

 しかし、そうなるためには、この本で多くの頁を割かれているような芸術療法など手探りのような対処方法しかなかったのかな、と思います。そして、こうした努力によって、少なくとも大昔なら一生を病院で過ごさざるを得なかった患者さんたちが退院できるようになったわけですし。

 そして、こうした患者さんに寄り添うような姿勢が《異常な世界に突然投げこまれることは天変地異よりもはるかに深刻な事態である。狂気の世界に突然陥ることは、未曾有のものに全く準備なくして曝されることであるが、その際の全面的な被圧倒感と出口のなさは、事態が何よりも彼の言語意識にとって未曾有であることによって、いっそう救いのないものとなる》のような、統合失調症に対する理解を生むのだと思います。

 ある患者さんにプルーストの『失われた時を求めて』と志賀直哉の『暗夜行路』を貸してほしいと頼まれたんだけど、いっこうに読む気配がないのでおかしいな、と思ったら「失った時を求めて暗い道を歩いている」という医師である自分に対するメッセージだと気づき、心が「しーんとした」というあたりも感動的でした(p.367)。

 この他ではタバコとアルコールに関する考察が面白かった。《タバコは、アルコールよりも淫浸している限界嗜癖物質である。アルコールをたしなまない文化はあるが、タバコをたしなまない文化を私は知らない。アルコールと違い、人類の大多数にとってわずか500年前程度に初めて接した新奇な物質なのにである》《アルコールと異なり、道端でも吸え、許容時間のおきてがゆるく、自分の所持品を相手の前で吸っても失礼にならず、大量に吸ってせん妄状態や生理的危機を招来して周囲をあわてさせることが通常ない》《近代資本主義の成立とタバコの需要とは関係がありそうである。近代型の労働あるいは対人関係の潤滑油としてかくも普及したのではないか》(p.229-)というあたり。

 酒は多少とも永続的な人間関係に関連して使用されるのに対して、タバコは浅い対人関係の円滑化に使用される傾向にあるというのも、なるほどな、と。

 成功は失敗にも増して精神健康悪化の契機になるといいますが、勝利に際しての高笑いは心理的危機を防ぐ精神保護作用の一部かもしれないという一節では、映画などのシーンがたくさん頭に浮かびました(p.276)。

 ぼくは中井先生の文章が好きなのですが、阿川弘之さんから学ぶことが多かったというのは初めて知りました。確かに、クセがなく、海軍で鍛えられたきびきびした無駄のない文章だと思います。小説はあまり読まないのですが、旅行の際の肩の凝らない読み物として山本五十六、米内光政 、井上成美の海軍提督三部作でも読んでみますかね。

 言葉に関しては、フランス語のように「深い」はあっても「浅い」がないというのはハッとしました。確かに深いは(profond)はあっても、浅いはpeu profondぐらいしか言えないのかもしれません。

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