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February 09, 2012

『ヒューマン 第二章 飛び道具』

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『ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか』NHKスペシャル取材班、角川書店

 『ヒューマン』の第二章を読んで、テレビとは違った印象を受けたのは、《ヒトの集団は、ほとんどの場合、食料が満たされると子どもの数が増加します。生存する子どもの数が増え、人口がさらに増加します。すると、新しい生息場所を探す必要が生じます。このような循環が要因となって人口が増加し、祖先たちはアフリカの外へ生息場所を拡大せざるを得なくなったのです。つまり飛び道具の技術は、私たちのグレートジャーニーを支えたというよりも、むしろそもそもの原因だった可能性もあるわけです》というあたりの説明でしょうか(p.147)。この人口増には、ヒトに発情期のサインがないことが深くかかわっているそうですが、そうなったことについて「利己的な遺伝子」が、女性が勝手に避妊しないように、排卵期を分からなくしたという説も紹介されています。

 番組では投擲具に関する描写が印象的でした。あんなに手首だけでピユッと投げて150メートルも先にある的に当てられるんですから。本では、遠隔攻撃する生物はヒトとテッポウウオぐらいしかおらず、自然界では相当に珍しいという指摘にはハッとしました(p.151)。《離れた位置から獲物を狙って当てるというのは、きわめて例外的な戦法》だというのです。

 数十年前までは実際に投擲具を使っていたアボリジニの長老へのインタビューが素晴らしかったのですが、アボリジニはいま世界中に広がっている第3次グレートジャーニーの子孫ではなく、DNA分析や遺跡の年代測定によって、どこかに消えたとされるグレートジャーニー第1陣か第2陣の末裔の可能性があるとのこと。そのせいか分かりませんが、アルコールへの耐性が極めて低く、居住区にはアルコールの持込みが禁止されているそうで、日本人スタッフたちは飲めなくて困ったそうです(p.156)。

 文化人類学によると人間には蛇に対する警戒心、吝嗇に対する避難など各文化には400近くの共通する普遍的な考え方があるそうですが、懲罰もそのひとつだそうです。懲罰という項目は「集団に反する犯罪に対する処罰」と「社会単位からの排除を含む処罰」に分かれるそうです。人類はずっと集団で協力することによって生き延びてきたわけで、その基本にあるのは平等という考え方です。そして平等をこわす行為、抜け駆けをする行為、和を乱す行為、ただ乗り行為(フリーライダー)は厳しく罰せられる、と(p.166-)。元々、厳しい生存競争を生き抜くわけですから、フリーライダーがいると人間社会でも大変になるわけで、そうしたことを防ぐために、投擲具による集団制裁が行われるようになっていった、と(p.173-)。

 このため、ヒトは「ヒトの目」を常に気にするようになっていったわけですが、そこがボスが力で規律を守らせるチンパンジーとの違い。ボスザルが見えなくなると、群れのメンバーはやりたい放題をするそうですが、ヒトは集団を構成するひとりひとりが、他から罰せられるのを避け、身勝手な行動を自制し、恥をかくと顔が赤くなるという人類共通の(他の動物には見られない)現象まで起こすようになります(p.175-)。そして、いまでも狩猟民族では問題を起こした者を死刑にする場合は、必ず親族を含めた集団全員が「飛び道具」で攻撃することで、復讐を避けるとともに、死刑に対する罪悪感を減らしているそうです。

 ストーニー・ブルック大学のポール・ビンガム博士によると、アウストラルピテクス群の後期になると、猛獣たちを石を投げて追い払ったのではないかという仮説もあるそうで、グルジアのドマニシ遺跡には、ホモ・エレクトスが石を投げたのではないかと考えられる大量の石が見つかっているそうです。投げるという行為は、狙うものと自分ととの距離、相手の動き、石が重力で落ちる作用、自分の筋肉の動きを瞬時に計算して行う高度で複雑な脳活動であり、投げることによって大きな脳を獲得していったのかもしれない、とのこと(p.182-)。

 野球のピッチャーやアメリカン・フットボールのQBが賢そうなのはやはり理由があるんですかね。そういえば、サッカーでも一番賢そうなのは、ボールを投げることのできるゴール・キーパーですもんね(ピッチャー、QB、キーパーにはにアルシャビン顔やテベス顔はいないもんな…)。

 そして、アメリカインディアンたちは彼らたちの投擲具「アトラトル」の射程距離とほぼ対応する半径100メートルの壁に囲まれた交易所を設けて、情報や品物を交換するようになったのではないか、と番組では説明されます。集団が大きくなれば、技術が伝承、維持されることによってより高度な技術が生まれるようになる、と。そうした集団を秩序よく維持するためにも、飛び道具は必要だった、と。《広いネットワークをつくり、アイデアを共有して危機に対応する。これがホモ・サピエンスが生き残りに成功した、主な理由》だ、と(p.206)。

 個人的に実は、一番面白かったのは、ヒトの平等性への飢餓にも似たような希求でした。

 複雑な論理問題も「社会的なルールに関する不正の見極め」に関することならば、驚くほど正答率は高いそうです(p.175)。《長年、いつもそういうチェックをしてきたおかげで、ルール違反をしているかどうかは、すぐに判断できる》というわけです。

 人間はずっと人の目を気にして集団生活してきたから、ズルを見抜くのは能力の低い人間や、本でも紹介されているように子どもでも可能というわけで、個人的には2chのネトウヨの人たちの騒ぎ方に納得がいきました。匿名掲示板で右翼チックなことや差別的な言辞を書き連ねているヒトたちは、正直、能力低そうだし知性のバランスも悪いと感じていたのですが「ズルするのだけは許さない」という人類が集団生活で培ってきた「能力」だけは持ち合わせているんだな、とは思いなおしました。不正に対する、過剰なまでの監視の目が、このところ、異常に高まっているような感じを受けるんですが、それって、格差の常態化とも関係があるのかもしれません。もう、公平性に対する不正だけは絶対に見逃さないことぐらいしか、対抗できる手段を持ち合わせていない層が増えているというか…。

 まあ、そんなことに感心するより、支配者たちがこの「飢餓にも似た」平等を監視する能力を甘く見ると、下の方からガツンとやられてしまうということに想いを致した方が生産的なんでしょうね。だから、リーダーたちは自分も構成員のひとりだというポーズをとりたがるわけですし、そうした人物でないとリーダーにはなれないのかな、と。

 三章、四章は放映後に…。

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