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January 01, 2012

『男おひとりさま道』

Otoko_ohitorisama

『男おひとりさま道』上野千鶴子、法研

 そろそろ人生の折り返し地点は回ったと思うので、これからは、老後の問題について、より多くの時間をかけて考えていきたいと思っています。

 ということで、女性向けに書かれた『おひとりさまの老後』に続く男性版も読んでみることにしました。

 最初の方は、なんかエンジンかかっていないな、という出だしですが、50頁をすぎるあたから調子が出てくる感じ。徹底的に上野さんが薦めているのは、子との同居を拒否し、一人で自立して生きること。親の年金にパラサイトしている子どもたちは、やはりどっか後ろめたいものを感じているのか、なぜか足腰の弱った親を虐待するなんていう話は、わかるな、と思うと同時に、怖さを感じます(p.50)。

 ほとんど自分のことが自分で出来なくなる「寝たきり」の平均期間は8.5ヵ月だそうです(p.82)。ならば、その1年程度の期間の蓄えをなんとか確保しよう、みたいなのが「終わりから見た戦略」となるんでしょうか。

 また、生き生きと暮らす男性のお年寄りに共通しているのは、「会社の縁」意外の人間関係が豊かであることであり、さらに俗っぽく言えば「女っ気」があれば、さらに潤いが生まれる、みたいな感じでしょうか(p.93)。そして、女性の輪に入っていけた場合でも、自分の特技やノウハウは相手から要求があったときにだけ発揮すべし、というアドバイスは貴重だな、と(p.195)。《必要もない能力をひけらかしても、イヤミなだけ。要求があったときに発揮すれば、重宝がられるし、頼りにされる。「男のひとがいるって、いいものね」と、大事にもされる》というのは、たぶんそうだなと思います。

 また、ここでも何回か書いていますが、グループホームといいますか、コレクティブハウスの「COCO湘南台」で上野さんが聞き取り調査したところ、10人ぐらいの定員で男は1~2人が最適容量とされているようです(p.111-)。いやー、老後に「女っ気」のある生活を確保するのは大変ですな…。

 そして、そのための心構えは《同性の男から「おぬし、できるな」と言ってもらえることが最大の評価》であるという意識からの脱却でしょうか(p107)。上野さんは「男というビョーキ」とまで書いていますが、確かに、上から目線の奪い合いみたいなことをしても、しょうがなくなる、という意識は大切かな、と。だから「高学歴者の地域デビューはむずかしい」わけでしょうし。

 そうなると問題はどうやってありあまってくる時間を潰すか。時間を潰すための《遊びのスキルは一朝一夕では身につかない》というのは実感としてもわかりますし、フランスの社会学者ピエール・ブルデューは、こういう身についた趣味を「文化資本」とさえ呼ぶそうです。ならば、資本の蓄積を容易にするためにも早めに投資をすべきだ、と。《カネだけでなく、趣味も階層の指標なのだ》といわれるぐらいなのですから(p.210)。

 これについては吉本隆明さんが『幸福論』で《定年前後になって、これから一からが学問として勉強しなきゃというのについては僕は、それは無理ですよ、やめたほうがいいです》と書いているのを思い出しました。個人的なことを言わしてもらいますと、定年前後のまだ間があるうちに、ということで、勉強を再開しているのは、こんな理由も実はあります。

 そして、老人施設が死体にならなければ出られない「出口のない家」のようなところが多ければ、やはり自衛手段をとらなければならないし、その場合、家をバリアフリーに改造して、ヘルパーさんに来てもらうという選択肢は悪くないと思いました(p.154-)。

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