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December 25, 2011

今年の一冊は『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』

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 今年、読んだ本は約90冊。そのうち2010年12月から11年11月という11年書評年度に出た新刊は53冊でした。このBlogをはじめてから、初めて100冊を切りました。やっぱり、東日本大震災があって、ほぼ1ヵ月ぐらいは本を読むような状況になかったのが大きかったと思いますが、改めて震災で亡くなられた方々のご冥福と、被災地の復興をお祈りします。

 恒例によって、新刊のベストワンを選びますが、今年は『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』にします。ぼくは西川さんみたいな、酸いも甘いもかみ分けたような人物がいないと社会は回っていかないと思うし、あるバンカーとこの本をめぐって話した時に語られていた「随分、西川さんは怖い思いをしたと思いますよ」というのも印象に残っています。《私は、悪役とされることが多かった》《毀誉褒貶は、人の世の性であり、これに抗するほど私は若くない。かといって毀誉褒貶を誇りとするほど私は野心家でもない》という「おわりに」は最高に好きなセリフです。

 また、旧刊を含めて今年、本で得た最大の知見は、民族移動、王朝交代、革命、世界的宗教の誕生などの背景には、気候変動があった、という『気候変化と人間 一万年の歴史』鈴木秀夫、原書房でした。『超越者と風土』鈴木秀夫、原書房でも「超越者は西洋においては絶対者であり、東洋では絶待者である」「一神教がイスラエルに確立し、西方へはロゴスの論理をともない直線的世界観をつくりながら広がり、東方へはレンマの論理をともない円環的世界観をつくりながら拡大して行った」という議論は印象的です。

 ということで、まずは新刊から。

 今年も中国モノが充実していたと思います。

 『シリーズ中国近現代史2 近代国家への模索 1894-1925』川島真、岩波新書によると。中国語でモダンは「魔登」と書くそうです。近代と訳した日本人と比べて、その時代に否応なく引きずり込まれた恐怖を反映しているんじゃないかな、と感じました。1900年に始まった義和団事件は1901年に北京議定書で終結しますが、これに乗じた満州占領から撤兵しないロシアを見て警戒した日本とイギリスは1902年に日英同盟を結びます。そして、日露戦争が1904年ということですから、義和団事件の与えた影響というのは、大きかったんだな、と改めて思います(p.56)。日露戦争で清は善意の中立をもって臨み、戦争終結後、袁世凱が勲章を授与されたそうです。

 『シリーズ 中国近現代史3 革命とナショナリズム 1925-1945』石川禎浩、岩波新書ではあまりにも有名な西安事件でさえ、上っ面でしか知っていなかったんだな、と思わされました。また、《現在の中国では、一九三七年から四五年の八年にわたる戦争で、中国軍民の死傷者は三五〇〇万人以上、財産の損失は六〇〇億ドル以上と推計されている。他方で、日本軍の死者は約四七万人と見積もられている。中国人を屈服させる、簡単に言えばただそれだけのために行われた戦争と無数の蛮行・殺戮によって、日本はそれまでの日中関係史を根本からぶち壊すような巨大な不幸をつくりにつくったといわざるを得まい》(p.228)という結論は明確で、もちろん日本の侵略は中国のナショナリズムの覚醒をうながし、やがては革命へとつながるのですが、やはり《奪ったものの大きさや戦争自体の惨禍の甚大さには及ぶべくもない》と思います。

 『シリーズ中国近現代史4 社会主義への挑戦 1945-1971』久保亨、岩波新書はシリーズ3から続く「中共幹部には、社会主義社会に対する括弧とした共通のイメージがなかった」という問題意識があります。社会主義は「遠い将来の話」(毛沢東)だと思っていたわけです(はじめにiii)。朝鮮戦争への義勇軍の出兵で巨大な財政負担を負い、それを挽回しようとして無謀な大躍進政策を実施し、それが経済的に失敗すると文革に走るという悪循環が続きます。大躍進、文革のもたらした経済的低迷を表す数字として凄いなと思ったのは、1952年と1965年の比較。小売店は420万店舗から88店舗へ、飲食店は85店から22万店へ、各種サービス業の店は45万店から19万店へと減少していること(p.192)。これには驚きました。

 『中国は、いま』国分良成編、岩波新書では中国共産党の党員数は7800万人と南北朝鮮よりも多く、赤いブルジョワが22.2%を占めているというのに驚きます。電力、交通、電信、エネルギーあるいは軍などの「利益集団」が政治を大きく動かす実力を持ち始め、その弊害が出始めているという状況なのかもしれません(p.9)。

 今年も加藤陽子さんの本を共著も含めて4冊読めたというのは嬉しい限りでした。

 『戦争と日本人 テロリズムの子どもたちへ』加藤陽子、佐高信、角川ONEテーマ21の問題意識は、以前の日本は世界全体の8割ぐらいの発展途上国を搾取すればよかったけど、グローバル化によって国の中で2割の富裕層が8割の低所得者層を搾取するしかなくなった、ということ。原敬が19歳の少年に暗殺された時、大杉栄は「やったのは子供なのだね」とつぶやいたが、去年の尖閣事件で騒いだ日本人も、協調路線を唱える人々を中国に屈したと非難しまくった点で似ている、と。原敬だけでなく、満州事変を日中間の二国間交渉で解決しようとした犬養毅や浜口雄幸、高橋是清、井上準之助なども「子ども」に殺されたわけで〈天をめぐらす器をもった回天の政治家が、「子ども」たちに暗殺されてしまうことなど一切ないように願いたい〉としています。

 『昭和天皇と戦争の世紀』加藤陽子、講談社では昭和天皇とその時代を概観するのに、ヨーロッパ歴訪時代の第一次大戦で荒廃した各国の焦土、関東大震災によって焼き尽くされた帝都東京の焦土、第二次大戦時の米軍による爆撃で焦土となった日本全土という三つの焦土に立った人、として描き始めるのが印象的でした。

 『昭和史裁判』半藤一利、加藤陽子、文芸春秋で加藤さんが強調しているのは、陸軍の統制派というのは皇道派より中国に対して強硬なやり方で支配しようとしていた、ということ。広田の場合、海軍ともども理解できずに、それに乗ってしまった、と。三国同盟に関しては、破竹の勢いで西ヨーロッパを占領したドイツに第一次世界大戦で手に入れた南洋諸島を取られてしまうのではないかということで、講和時に邪魔されないために結んだのではないか、というのもスゴイな、と。さらにいえば、皇道派の宇垣や荒木を大臣として起用した近衛総理に危機感を抱いた統制派が、二度と皇道派が復活しないように先手を打って対外侵略に出たのが盧溝橋事件ではないかという指摘も新鮮。


 震災ということもあって中井久夫先生の旧著がいろいろ復刊されました。丁寧なメンテナンスや、新たに書き加えられた文も多いので半新刊として紹介します。

 『世に棲む患者』中井久夫、ちくま学芸文庫で「断酒会、AAの治癒率は20%」と書かれているのは大胆な話だと思います。ぼくも、もしアルコール症の治療が必要になった場合、こうしたところには入るつもりはありません。《アルコール症の治療者には宗教的信念を持った医師がやや多い》ということらしいですしw 

 『災害がほんとうに襲ったとき』中井久夫、みすず書房によると、ドイツの精神医学全書の「捕虜の精神医学」の項に、シベリアにおけるドイツ軍捕虜に比して日本軍捕虜を恥ずかしくなるほど称えた文献の引用があるんだそうです。いわく、ソ連軍が日本軍捕虜の指揮官を拘引するとただちに次のリーダーが現れた、と。彼を拘引すると次が。将校全員を拘引すると下士官、兵がリーダーとなった、と。こうして日本軍においてはついに組織が崩壊することがなかったがドイツ軍は指揮官を失うと組織は崩壊した、と。「日本の組織は軍でなくとも、たとえば私の医局でも私がいない時は誰、その次は誰と代行の順序がわざわざいわなくとも決まっている。これは日本の組織の有機性という大きなすぐれた特徴であると思う」というのが日本のリーダーシップなのかなと思いましたが、まさか首相まで、こうコロコロ変わるとなると…。

 『復興の道なかばで 阪神淡路大震災一年の記録』中井久夫、みすず書房で繰り返し書かれているのは《情報は必ず「時遅れ」である。特に公式の情報が甚だしくそうである。ボトムアップという日本方式が時遅れをさらに大きくする》ということ。それを補うのは想像力であり、《情報はイマジネーションがなければ意味をなさない》とまで語っています(p.35)。自殺は男性に多く、女性にはPTSDが多いというあたりもなるほどな、と(p.122-)。

 『「つながり」の精神病理』中井久夫、ちくま学芸文庫では、母方のオジオバが客観的にものを見ている場合が多いというあたりが詳しく書かれていたかな。。個人的なことを言えば、ぼくは核となる家族にはあまり恵まれませんでしたが、祖母やオバ、イトコたちには恵まれていて、それでプラス・マイナスゼロだったのかもしれません。家に客が来なくなったことは、もっと注目すべきで、その分、子どもの人間体験は限られているというあたりは考えさせられましたね(p.110)。

 『「思春期を考える」ことについて 中井久夫コレクション』中井久夫、筑摩書房では《大衆大学は、酷薄な言い方をすれば失業者プールでもありうるわけです。親からいえば、中学やハイスクールを出てぶらぶらしているくらいなら、大学へ入れて学歴をつけておけば景気が回復したときに社会的地位の上昇が期待できる。一方政府からいえば、親の負担で何百万人かの青年たちを大学に入れておけば、失業手当も払わず社会不安も興さずにすむ》(p.24)というあたりが、今の日本の状況から考えると興味深かったです。


 シリーズ日本古代史も素晴らしかった。

 『飛鳥の都 シリーズ日本古代史3』吉川真司、岩波新書はシリーズ三冊目。中国と朝鮮半島との関係抜きでは日本史は考えられないな、と改めて思いましたね。白村江の戦いの後、唐に攻められなかったのは新羅のおかげとは…。

 『平城京の時代 シリーズ 日本古代史 4』坂上康俊、岩波新書では《吉田孝は七~八世紀を「日本歴史の青春時代」と読んでいるが(『飛鳥・奈良時代』)、平城京の時代は、文字をあやつることをおぼえ、自我が育ってきた時期という意味では、むしろ少年時代-ちょうど興福寺の阿修羅像に面影を伝えるような-と呼んだ方がよいかもしれない。二度と戻れない少年時代を懐かしがるか、ほろ苦く思い出すか、思い出したくもないか、人それぞれだろうが、平城京の時代が、思い出すよすがに恵まれた、日本で最も古い時代であることは間違いないだろう》という結びも含めて、この坂上先生というのは、抜群に文章が上手いな、と感じました。

 『平安京遷都 シリーズ日本古代史4』川尻秋生、岩波新書を読んで、『古今』がつまらないのは、皇正の正統性を示すために編纂された可能性があって、お手盛りで選ばれた歌が多かったからなんだとわかりました。天台宗は未完成だったため《鎌倉仏教の担い手たちの多くも、天台を出発点としながら、新たな宗派を興したとも言える》というのも納得的でした(p.77)。宗教なんつうのは、未完成で不安定だから、発展するんだな、と。

 3.11の関係の本も粗製濫造されました。
 
 『大津波と原発』内田樹、中沢新一、平川克美 、朝日新聞出版は床屋政断。

 『思想としての3.11』河出書房新社、吉本隆明、鶴見俊輔、中井久夫、木田元ほかでは、吉本隆明さんの「これから人類は危ない橋をとぼとぼ渡っていくことになる」ことになるかもしれないけど、しかし「その道を行くしかないのですね」というのが印象的。

 『原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治に向けて』宮台真司、飯田哲也、講談社現代新書にはあきれました。飯田哲也さんというのは知らないんですが、民主党の中の旧民社党系の議員たちが経済産業部会やエネルギー部会を支配し《だから経済産業大臣は直嶋正行さんであり、その後も大畠章宏さんと、旧民社党です》(p.112)というのはヒドイ。大畠さんは90年2月の衆議院議員選挙で社会党から立候補して当選したんですが…。このレベルで原子力政策を評価するのはムリっつうか、あきれかえりました。

 『未曾有と想定外 東日本大震災に学ぶ』畑村洋太郎、講談社現代新書はさすが。《風力発電、地熱発電なども見学に行きましたが、代替エネルギーとして代り得るほどの存在にはまだまだなりそうもない》《今後しばらくの間はこれなしではやっていけないのではないかと思っています》(p.149)としながらも、技術史の視点から、原発について現在考え得る様々な問題点を指摘しています。

 『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』山本義隆、みすず書房はさすが。山本さんは職人や技術者あるいは魔術師などによって担われてきた経験主義的な技術の重要性を語り、西洋文明が世界を制覇したのは、思弁的な論証知と技術的な経験知を結合させたからからだ、というのが山本科学史観だと思います。そうした観点からすると、例えば「もんじゅ」の事故原因となった温度計のさや管部分の設計ミスは、工作にあたった職人さんからの疑問を、設計した石播の技術者が無視したためですが(p.47)、こうした齟齬は、巨大な配管だらけの原発には数多くあるはずであり、《技術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティの許容範囲の見極めを踏み越えた》ものであるとしてすぐに停止すべきだ、という結論になります(p.89)。しかし、それなら畑村さんのように安全率を高める設計をすればいいんじゃないかと思いますし、日本が原発をやめても、他の新興国に対して原発建設を禁止できない以上、その技術力を保つべきだと思います。

 『フットボールサミット第3回 3.11以降のJリーグを問う』ミカミカンタ他では、様々なクラブのサポーターが集まって、ベガルタ仙台に対して緊急物資輸送を行い、その後もヘドロ処理などを継続的に行ったボランティア活動の報告が清義明さんによって書かれています。思い出したのは『非営利組織の経営―原理と実践』。無給のスタッフによる、社会の本質的な変革。それが『非営利組織の経営』でドラッカーが描きたかったことだと思いますし、日本の社会では、もしかしてサッカーのサポーターがやりはじめていることなのかも。

 戸高一成さんの一連の本もよかった。

 『徹底検証 日清・日露戦争』半藤一利、原剛、松本健一、戸高一成、秦郁彦、文春新書では丁字戦法によってバルチック艦隊を撃滅したというのは神話であることが、150巻という『極秘明治三十七、八年海戦史』という新しい資料が出てきて明らかになったというのは、知りませんでした。全巻揃ったのは海軍大学校、海軍軍令部、明治天皇に献上された三部だけという資料で、海軍大学校と海軍軍令部にあったものは第二次大戦の敗戦時に燃やしてしまい、宮中にあったものだがけが残ったといいます。それを昭和天皇が亡くなる直前、下賜されて今は防衛省防衛研究所に所蔵されているそうです。この資料を読み込んだ戸高さんの話は、この本の白眉。

 『海戦からみた太平洋戦争』戸高一成、角川ONEテーマ21新書では知米派と思われていた山本長官には米国人の親しい友人と交わした書簡などは見あたらず、こうしたあたりにも米国の国民性を見誤った原因があったのではないかという指摘がなるほどな、と(p.65-)。有名な「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」という言葉は、どう考えても山本長官のキャラクターを表したものとは考えにくく、実際、この言葉が山本本人の発言であることは判然としていないそうです(p.54)。

 『海戦からみた日露戦争』戸高一成、角川ONEテーマ新書ではご存じ『坂の上の雲』などの通説を批判。日本海海戦の完全勝利は司馬遼太郎さんが描いたような《東郷長官は半ば神のような無謬の存在であり、泰然とバルチック艦隊を迎え撃ち、絶妙なタイミングで敵前大回頭を行って、必殺の丁字戦法を見事に決めて完全勝利を収め》ということはなく、《東郷や秋山の言動は、数々の失敗や錯誤の連続であったにもかかわらず、他のスタッフの働きや偶然によってその失敗が深刻なものとならず、結果から見れば大勝利となった》ということを、天皇家だけに残された『極秘明治三七・三八海戦史』などの新資料を元に解き明かしていきます。

 『海戦からみた日清戦争』戸高一成、、角川ONEテーマ21新書では日本の武士は当時の世界を弱肉強食の「戦国乱世」と見て、それに対応するために技術を取り入れようとしていったわけですが、中国や朝鮮にとって「戦国時代」というものは、儒教によって止揚された時代だという認識があったため、こうた対応が遅れたのかな、というのを感じました(p.79)。逆から見ると清は属国だと思っていた琉球を日本に獲られた直後、台湾出兵でも海軍がないもんだからいいようにやられてしまい、臥薪嘗胆の末、ドイツに巨大戦艦「定遠」「鎮遠」を発注するわけです。そして、強化した海軍力をもって、今度は朝鮮問題では対日政策を硬化する、という方針をとります(p.65)。こうしたことが、戦争しなくてもいいのにぶつかってしまうという結果を招いたのかもしれません。にしても、中国にとっての日清戦争というのは踏んだり蹴ったりといいますか、莫大な国費をかけて建造した戦艦が、まったくいいところがなく、しかも戦闘後に奪われしまい、賠償金までふんだくられ、さらには台湾、朝鮮まで事実上割譲させられるというものでした。ここまでヒドイ負け方というのは、第一次大戦後のドイツぐらいじゃないですかね。唯幻論的に中国の人々の心理を分析したとしたら、この日清戦争というのは、大きなトラウマとして残っていると思います。

 『小沢征爾さんと、音楽について話をする』小澤征爾、村上春樹、新潮社では、スコアを読みながら聴く、あるいは演奏するというのを村上さんが《翻訳でなく原書で文学を読むことのできる楽しさ、自由さと、少しは似ているかもしれない》と書いているんですが、いつか、スコアを読みながら音楽を聴きたいという夢を実現しようと思いました(p.96-)。

 『酒呑まれ』大竹聡、ちくま文庫では中央線の寂しさを思いました。にしても、こんな面白い本なのに、なんで単行本として出ないのか…それが出版界の現状の厳しさなのかもしれないけど、最後の頁に「本書は、書き下ろしです」と書いてあるのが、少し寂しい。

 『新約聖書 訳と註 第二巻下 使徒行伝』田川建三、作品社は素晴らしい。田川さんの一世一代の訳と註だと思います。青っぽい社会批評は正直、いただけませんが、テキストと向き合う田川さんは凄いなと改めて思いました。全巻、上梓された時、改めて詳しく書きます。

 『国会議員の仕事 職業としての政治』林芳正、津村啓介、中公文庫では、津村さんが書いている前原代表の時の民主党執行部と安倍晋三内閣は《組織内のコミュニケーションが不十分な状態で実力主義を導入すると、自ずと「よく知った人=お友だち」を重用する結果になる》という分析はなかなかだと思います(p.175)。

 『解き明かされた死海文書』ゲザ・ベルメシュ、青土社は死海文書研究者が知的公衆に向けて書いた死海文書に関する包括的な啓蒙書。邪悪な司祭はマカバイ記にも出てくるヨナタンであるとして、エッセネ派共同体の歴史を概観する246頁以降は、この本の白眉。

 『日本のもと 神さま』中沢新一監修、講談社では、改めて八百万の神を信じ、宗教対立などをなるべく興さないようにしてきたのは、ユーラシア大陸から追い出された負け組の祖先を持つ日本人ならではのことだったのかもしれないと感じました(p.126)。

 『イスラム飲酒紀行』高野英行、扶桑社では《イスラムにおける酒とは、日本における「未成年の飲酒」に極めて近い》というあたりがなるほどな、と。イスラム神秘主義のスーフィズムは酒やコーヒーを飲んでハイになって神に近づくというスタイルなので、イランなんかでも飲酒は大目に見られているとのこと。スーフィズムの修行僧というか乞食坊主のことをダルヴィーシュというらしいのですが、ニッポンハムのダルヴィッシュ有投手のおじいさんが、そういった修行僧だったかもしれない、とのことです(p.112)。ケマル・アタチュルクは肝硬変で死ぬほど、朝から酒を飲み続けていた、というのも知りませんでしたね(p.216)。

 『二十世紀の10大ピアニスト』中川右介、幻冬舎では《二十世紀は国家というものが、とてつもなく重い時代だった》というのが印象的なフレーズでした。

 『NHK さかのぼり日本史(3)―昭和~明治 挫折した政党政治』御厨貴、NHK出版が整理してくれたおかげで、苦手だった戦前の政党政治について、少しはパースペクティブが効くようになりました。

 『江戸時代の天皇』藤田覚、講談社では今の新しい皇統の性格を知る上でも、119代光格天皇というのは重要だな、と改めて感じました。傍系出身ということを意識して、学問奨励と規律をうるさく言うことで公家をコントロールするようになり、はやくも17~18歳の頃には政務になれてきたという姿は、どことなく昭和天皇を思い出させます(p.236)。

 『初期マルクスを読む』長谷川宏、岩波書店によると、ヘーゲルには《歴史を大きく包みこむ近代》という壮大なイメージがあるのですが(p.19)、マルクスは近代を強く肯定できない。そこがマルクスのヘーゲルに対する違和感になっていく、というあたりはなるほどな、と(p.20)。《これほどにも豊かなものであるはずの労働が、近代社会のなかではこれほどにもゆがめられ、つぶされていく》(p.97)ことに怒りを覚えたというあたりの書きっぷりは好きです。

 『中国旅行ノート』ロラン・バルト、桑田光平(訳) ちくま学芸文庫も文庫本だけど、初訳。この本は中国で読みました。批林批孔運動は四人組による反周恩来闘争だったのですが、その大義名分が林彪と孔子ははエリート主義で改革をやろうとした、ことの批判だったというのは、初めて分かりました。

 『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』小熊英二、毎日新聞社で印象に残ったのは 国民国家を議会政治で統治していくというシステムは、一九世紀の社会にできたもの(p.106)という言葉です。《いまの時代もインターネットとテレビと一〇〇円ショップがなかったら、もっとプレカリアート運動の集会やデモに人が集まっているのではないでしょうか》という指摘も面白かったかな(p.39)。

 『知と情 宮澤喜一と竹下登の政治観』御厨貴、毎日新聞社によると、90年代の日本の政治は、保守派とリベラル派が、中立点である経世会を引きずり込もうとして、ずっと政争を繰り返していたとみているのですが(p.22)、その中立点を維持していたのは竹下さんの、かなり意識的な努力だったんじゃないかとも思いました。《用意周到、かつ首相辞任と引きかえに消費税をともかくも実現した竹下流リーダーシップは、後世もっと評価されるべきだと思います》というのにも賛成です(p.208)。

 『悲劇の名門 團十郎十二代』中川右介、文春新書を読むと、「市川宗家」の御曹司は歌舞伎界のトップであるというプレッシャーからトラブルメーカーになるんじゃないかと思います。

 『安藤忠雄 住宅』安藤忠雄、ADAエディタトーキョーの《鉄筋コンクリート構造は、鉄とコンクリートの熱膨張が等しく、その主成分であるセメントが、鉄の酸化を抑制するアルカリ性であるという、幸運な偶然によって、圧縮に強いコンクリートと引っ張りに強い鉄、双方の利点を明かせる画期的な技術です》(p.80-)。というあたりは素晴らしいな、と。

 『武村正義回顧録』御厨貴、牧原出、岩波書店は《選挙がなくても一年間に一億ぐらい要るわけです。そこに飲み食いをやらせたら、すぐ二億、三億になる》など政治とカネのところが、非常に素直。反感が好感に変わりました。《大きな宴席があっても、どこに座るか。一人でも二期生がいたら、下がって後ろに座る》というようかなことを新人議員は覚えなければならないのは、なんてバカな世界かな、と…。

 『がん 生と死の謎に挑む』立花隆、NHKスペシャル取材班、文藝春秋で得た最大の知見は、がんの八割以上は上皮がんだということ。あらゆる臓器は粘膜質の皮膚で覆われており、肉腫や骨腫もあるけれども、新陳代謝が激しい粘膜部分でがんは発生しやすい、というんですね(p.66)。8割が上皮がんだということは、皮膚願の専門家だった丸山ワクチンっていうのは、なかなか有効なんじゃないかな、と改めて思いました。番組を見ただけでは「もしがんになっても抗がん剤だけは飲まないぞ」と思いこんだことを訂正することもできました。それは血液のがんには効くということと、手術した直後にバラまかれてしまった微小ながん細胞を殺すためにの抗がん剤は必要だということ。でも、他のがんに対しては、せいぜい余命を二ヵ月ぐらい延ばすだけということなので、基本、QOLを保つためにも使いたくないな、という判断は変わりませんでした。

 『日本人が知らないウィキリークス』小林恭子、白井聡、塚越健司、津田大介、八田真行、浜野喬士、孫崎享、洋泉社では、イランのアザデガン油田の権益放棄はまあ、米国の圧力だと思ってましたが、何回かやった日本企業の権利放棄分をいつも中国がゲットしているとは知りませんでした(p.156) 。また9.11以降、知るべき人へ情報を提供するシステムから共有するシステムに代ったというのが大量漏洩の遠因というのはよく語られていましたが、国務省がSIPRから抜けたというのは知りませんでした(p.165)。まあ、それぐらいしないと、米国の外交官は仕事なんかできないでしょうからね。REAL CLEAR POLITICSは毎日、読むようになりました。

 『十字軍物語2』塩野七生、新潮社は年末に3が出て完結しましたが、アユーブ朝の歴代サルタンが見事な統治能力を持っていたかを知るとともに、少数民族のクルド人であったこともあり、奴隷だったマルムーク王朝にとって代わられるわけで、エジプトを含め、アラブの難治に改めて思いを致しました。

 『リトル・シスター』レイモンド・チャンドラー、村上春樹(訳)、早川書房は村上春樹訳のマーロウものの第三弾。チャンドラー本人にとっても、満足できるような作品ではなかったようですが、『ロング・グッドバイ』のような、不意の完成といいますか、プログラムピクチャーの中に出来てしまった世紀の大傑作のような佇まいとは違う、まだ、才気はあふれているけどヤサぐれている感じも残っている良さがあるような文章です。

 『鮨12ヶ月』石丸久尊、新潮社は、愛する「しみづ」に行ったら、師匠である「新橋鶴八」の石丸久尊さんの本を飾ってあったのでいただいたもの。鮨は日本の偉大な文化だな、と。

 『コルトレーン ジャズの殉教者』藤岡靖洋、岩波新書はいろいろ面白かったのですが、GIビル(復員兵援護法による退役軍人基金)によってグラノフ音楽院に入学できたのがコルトレーンの人生にとっては大きく、軍隊経験のないソニー・ロリンズが生活に困って隠居したりするのとは対照的で、コルトレーンの人生はしっかりと地に足がついているように感じました。

 『日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ』宇都宮徹壱、光文社新書を読んで、司馬遼太郎さんの「よくやった過去というものは、密かにいい曲を夜中に楽しむように楽しめばいい」と書いていることを思い出しました。社会的な組織でもサッカーの代表チームでも、長い間、苦労が結果として報われない中で、密かに決意を固めて頑張ってきたことが、望外の成功を収めたという物語は、時々、密かに味わうことは許されると思います。

 『じゃらん 元気をもらえる♪サッカー旅』 リクルートは、今やこれぐらい企画力がないと、いいアウトプットは出来ないのかもしれないな、と思わせてくれました。

 このほか、旧刊では以下を読みました。

『ことばを旅する』細川護熙、文春文庫
『DIYレストア』福野礼一郎監修、学研Mook
『米・百姓・天皇 日本史の虚像のゆくえ』網野善彦、石井進、ちくま学芸文庫
『グノーシス 「妬み」の政治学』大貫隆、岩波書店x
『周恩来・キッシンジャー機密会談録』毛里和子、増田弘(訳)、岩波書店
『詩のこころを読む』茨城のり子、岩波ジュニア新書
『記録と考証 日中国交正常化・日中平和友好条約締結交渉』石井明、朱建栄、添谷芳秀、林暁光(編) 、岩波書店
『「新約聖書」とその時代』加藤隆、NHK出版
『大竹聡の酔人伝 そんなに飲んでど~すんの!?』大竹聡、双葉社
『エスコフィエ自伝』オーギュスト・エスコフィエ (著)、大木吉甫 (訳) 、中公文庫
『ルービン回顧録』ロバート・ルービン、ジェイコブ・ワイズバーグ、ジェイコブ・ワイズバーグ (著)、古賀林幸、鈴木淑美 (訳)
『後藤田正晴と矢口洪一の統率力』御厨貴、朝日新聞出版社
『東京―ワシントンの密談』宮澤喜一、中公文庫
『聖書を読む 新約篇』新約聖書翻訳委員会編、岩波書店
『気候変化と人間 一万年の歴史』鈴木秀夫、原書房
『旅する力 深夜特急ノート』沢木耕太郎、新潮文庫
『世界リスク社会論 テロ、戦争、自然破壊』ウルリッヒ・ベック、ちくま学芸文庫
『漢詩を読む1』宇野直人、江原正士、平凡社
『漢詩を読む 2 謝霊運から李白、杜甫へ』
『超越者と風土』鈴木秀夫、原書房
『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』堀栄三、文春文庫
『菊の御紋章と火炎ビン』佐々淳行、文春文庫
『辺境中毒』高野秀行、集英社文庫
『人工衛星図鑑 はやぶさへの道のり』武部俊一、朝日新聞出版

 このうち『グノーシス 「妬み」の政治学』大貫隆、岩波書店を読むと、キリスト教、ユダヤ教などは、いちまでたってもパワーゲームを好む「男のビョーキ」から抜けられないんじゃないかな、と思います。

『周恩来・キッシンジャー機密会談録』毛里和子、増田弘(訳)、岩波書店は加藤陽子さんが激賞していたので読んでみたのですが、米中の中心議題は日本だったということがわかります。米英はドイツを改革するために二度の大戦をしたのですが、中国の改革は目指すのでしょうか?

 エンタメ系では今年、初めて『進撃の巨人』諫山創、講談社を知り、最初の頃の勢いはスゴイなと思いました。

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