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November 05, 2011

『菊の御紋章と火炎ビン』佐々淳行、文春文庫

Kikuno_monshou

『菊の御紋章と火炎ビン』佐々淳行、文春文庫

 ロクなもんじゃないと思いつつも、この人の本を読むのは、警察当局と天皇家の間のインサイダー情報が読めるから。

 例えば『東大落城 安田講堂攻防七十二時間』。

 なんと、この本では昭和天皇が「双方に死者は出たか?」と秦野章警視総監に質問をしたような話しが載っているんですよ。

「それがなぁ、天皇陛下ってえのはオレたちとはちょっと違うんだよなぁ。安田講堂のことを奏上したら『双方に死者は出たか?』とご下問があった。幸い双方に死者はございませんとお答えしたら、大変お喜びでな、『ああ、それはなによりであった』とおおせなんだ。機動隊と学生のやりあいを、まるで自分の息子の兄弟喧嘩みたいな目でみておられるんだな、ありゃあ…」(『東大落城』佐々淳行、文春文庫、p.314)

 佐々さんは《私は感動した。これぞまことの「同胞相撃タズ」のゲマインシャフト精神の発露》と単純に喜ぶんですが、逆に籠城していた側の島泰三さんも「この一言で、同胞という言葉を思い出した」と『安田講堂 1968‐1969』中公新書で書いているほど(p.316)。

 にしても佐々さんのことを無批判に危機管理の専門家と仰ぐ人が多いのですが、東大安田講堂に関しては、城攻めに工夫がないのは旧帝国陸軍と同じだと島泰三さんはことあるごとに指摘していますし、連合赤軍の「あさま山荘」事件でも鉄球を使っての有名な屋根の打ち壊しが、電線を切っておくことの確認をミスしたために中途半端に終わったりしています。だいたい「あさま山荘」事件は1000名以上の機動隊、警察官を動員しながら2名の殉職者を出すという不手際ぶりでしたし、その指揮官があろうことか『ホーンブロワー』に自らなぞらえた自慢話をシリーズもので出すのはいかがなものかと思いますが、まあ、出してしまったものはしょうがない、ということで読み勧めますと、やっぱり、警備担当者じゃないとわからないっつうか、気がつかなかった話しが出てきました。

 それは今上陛下が皇太子時代に「ひめゆりの塔」で火炎ビンを投げつけられた後、沖縄の県民感情がガラッと変わったということを書いているところです。

 火炎ビン事件直後に広報課に命じて緊急世論調査を行ったというのですが(警察ってのは、こんなこともやるんですねぇ…)、その結果をまとめると「長い間モヤモヤしていたものがあの1発でせいせいした」「1発投げたのはよかった」と火炎ビンに関しては支持をする県民が多かったものの、当時の皇太子ご夫妻に当たらなかったことにはホッとしていて、その後の対応にも好感を抱いた、というものだったそうです(p.95-)。

 警備担当者として、火炎ビンを投げられるという不手際を演じていながら「1発でせいせいした」という世論の声を持ち出すのはいかがなものかと思いましたが(まるで、沖縄県民のモヤモヤを晴らしたのは、わざと1発投げさせた自分の手柄だみたいな印象を受けます)、それでもやはり、この公表されていなかった「反本土感情のモヤモヤが1発でせいせいした」という情報は貴重だと思いました。

 あとはねぇ…。

 いやー、公務員というのは自分の人事上の恨みを、本でこんなにあからさま書いていいわけ?と著者の良識を疑ってしまいました。相手は当時の浅沼清太郎長官(存命)と三井脩警備局長(後の長官、92年死去)。特にひどいのは浅沼長官に対して。

 浅沼長官については、池田勇人総理の秘書官だった当時に培ったマスコミとの人脈を活かし、なにかと言っては体調不良で休んでも批判されなかったということに「まるで休場の多かった吉葉山のようだ」という批判をしているほか、息子がトヨタに入社して公用車をプレジデントからセンチュリーに替えたことを、さも重大な情実であるかのように暴露しています(p.244)。このセンチュリー事件の後に、わざわざフェアレディZを三重県警察本部にパトカーとして導入し、東名阪自動車道の上りと下りに配備してスピード違反を検挙しまくったという話しまで挿入し、さらには、このフェアレディZが「サッサ1号、2号」と呼ばれていたなんていう自慢話しまで書き残します。ここまでくると、もはや「この自己顕示欲はどこから出てくるんだろう」と逆に凄いなと思ってしまうほど(p.250)。

 さらにあきれたのは大逆事件について《デッチ上げという批判がつきまとっている事件》と、ひめゆりの塔の火炎瓶事件につながるものと書いていること(p.318)。大逆事件は社会主義者や無政府主義者を逮捕するために政府がデッチ上げた事件だというのは定説だと思うんですがねw。ちなみに、こうした思い込みは、「あさま山荘」でもみられまして、坂口弘死刑囚から無関係の爆弾事件と関係付けられたとして訴えられて敗訴しているハズです。

 それより、学がないんじゃないの…と思うのは、沖縄警備にあたって、楠木正成の「七生報国」を誓うとか書いているところ(p.89)。

 きっと『太平記』など読んでないと思うことがバレバレで、この場面では「七生滅敵」を引用しなければなりません。しかも、セリフは正成のものではなく、「七生まで同じ人間に生まれて朝敵を滅ぼさばやとこそ存じ候へ」という正成の弟・正孝(まさすえ)のものです。ちなみに、南北朝時代に国に報いるなんていうことを考えるハズもなく、「七生滅敵」にインスパイアされて「七生報国」としたのは日露戦争当時の広瀬少佐です(『徹底検証 日清・日露戦争』半藤一利ほか、文春新書 p.95)。

 ともあれ、前にも同じような感想を書いたことあるんですが、こうした本を読むと「一木一草にも天皇制がある」という竹内好さんの言葉を思い出します。

 この火炎ビン事件の前後に、嘉手納基地で皇太子ご夫妻の沖縄訪問に抗議して焼身自殺をした人もいた、ことを思い出しました(p.157)。それと同時に、この詩もなぜか思い出します。


『立棺』田村隆一



わたしの屍体に手を触れるな
おまえたちの手は
「死」に触れることができない
わたしの屍体は
群衆のなかにまじえて
雨にうたせよ

われわれには手がない

われわれには死に触れるべき手がない

わたしは都会の窓を知っている
わたしはあの誰もいない窓を知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは部屋にいたためしがない
結婚も仕事も
情熱も眠りも そして死でさえも
おまえたちの部屋から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

われわれには職がない

われわれには死に触れるべき職がない

わたしは都会の雨を知っている
わたしはあの蝙蝠傘の群を知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは屋根の下にいたためしがない
価値も信仰も
革命も希望も また生でさえも
おまえたちの屋根の下から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

われわれには職がない

われわれには生に触れるべき職がない


わたしの屍体を地に寝かすな
おまえたちの死は
地に休むことができない
わたしの屍体は
立棺のなかにおさめて
直立させよ

地上にはわれわれの墓がない

地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない

わたしは地上の死を知っている
わたしは地上の死の意味を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの死が墓にいれられたためしがない
河を流れて行く小娘の屍体
射殺された小鳥の血 そして虐殺された多くの声が
おまえたちの地上から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

地上にはわれわれの国がない

地上にはわれわれの死に価いする国がない

わたしは地上の価値を知っている
わたしは地上の失われた価値を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの生が大いなるものに満たされたためしがない
未来の時まで刈りとられた麦
罠にかけられた獣たちまた小さな姉妹が
おまえたちの生から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ
 


地上にはわれわれの国がない

地上にはわれわれの生に価いする国がない


わたしの屍体を火で焼くな
おまえたちの死は
火で焼くことができない
わたしの屍体は
文明のなかに吊るして
腐らせよ

われわれには火がない

われわれには屍体を焼くべき火がない

わたしはおまえたちの文明を知っている
わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている
どの家へ行ってみても
おまえたちは家族とともにいたためしがない
父の一滴の涙も
母の子を産む痛ましい歓びも そして心の問題さえも
おまえたちの家から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ

われわれには愛がない

われわれには病める者の愛だけしかない

わたしはおまえたちの病室を知っている
わたしはベッドからベッドへつづくおまえたちの夢を知っている
どの病室へ行ってみても
おまえたちはほんとうに眠っていたためしがない
ベッドから垂れさがる手
大いなるものに見ひらかれた眼 また渇いた心が
おまえたちの病室から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ

われわれには毒がない

われわれにはわれわれを癒すべき毒がない

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