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November 30, 2011

『海戦からみた日清戦争』

Kaisen_nisshin

『海戦からみた日清戦争』戸高一成、、角川ONEテーマ21新書

 『海戦からみた』シリーズは太平洋戦争、日露戦争と読んできて、さかのぼる感じで最後に日清戦争篇を読みました。一気に読めたといいますか、このシリーズ最高!

 まず「なるほどな」と思ったのが「日清戦争は歴史学の評価が定まっていない」というあたり。従来は「日清戦争までの日本には帝国主義になるか、植民地となるかの二者択一しかなく、帝国主義にならざるを得なかった」ということを前提に山県有朋が総理大臣として1889年(明治二十二年)に行った「主権線、利益線」のような軍拡路線がとられた、というものでしたが、最近では、別な議論も出てきた、と。それは明治十年代の松方デフレ期から二十年代前半にかけての日本は「小さな政府」を目指して軍備を抑制し、朝鮮に対しても拡張政策を持たず、二者択一以外の道もあった、というものだそうです(p.26)。

 そして著者の立場は、開戦のある時期まで、日清間で戦争となる可能性はフィフティ・フィフティだったが、いつの間にか開戦の主張が大きくなっていった、というもので、日清間の戦艦建造競争などの経過が詳しく書かれているのも、そうした考えがあったためだと思います。

 にしても、中国にとっての日清戦争というのは踏んだり蹴ったりといいますか、莫大な国費をかけて建造した戦艦が、まったくいいところがなく、しかも戦闘後に奪われしまい、賠償金までふんだくられ、さらには台湾、朝鮮まで事実上割譲させられるというものでした。ここまでヒドイ負け方というのは、第一次大戦後のドイツぐらいじゃないですかね。唯幻論的に中国の人々の心理を分析したとしたら、この日清戦争というのは、大きなトラウマとして残っていると思います。

 まあ、それはおいといて、著者は徳川幕府から海軍創設を描きます。咸臨丸の司令長官格で将軍の名代となった木村摂津守喜毅ですが、その三男の浩吉は日清戦争の帰趨を決めた黄海海戦で「松島」に乗船していたんですね。「松島」は清側の戦艦「鎮遠」の発射した主砲を被弾し、大きな損害を受けるんですが、その時の様子を水雷長(大尉)だった木村浩吉が挿絵付の『黄海海戦ニ於ケル松島艦内ノ状況』で克明に報告さえしている。これによって近代海戦がどれだけ壮烈なものであったかを国民は知ったといいます(p.202-)。にしても咸臨丸乗組員からは横須賀製鉄所をつくった小栗上野介なども排出するんだから大したものです。この横須賀製鉄所は『軍艦の修理建造にとどまらず、軍事力・産業力・技術力の三者が一体として発展するため拠点』となったわけで、いやー、ウチらのお爺ちゃんたちはいろいろ大したものです(p.49)。

 日本の武士は当時の世界を弱肉強食の「戦国乱世」と見て、それに対応するために技術を取り入れようとしていったわけですが、中国や朝鮮にとって「戦国時代」というものは、儒教によって止揚された時代だという認識があったため、こうた対応が遅れたのかな、とも感じました(p.79)。

 フランスに発注した戦艦(三景艦)がなかなか予定通りに完成せず、しかも所期の性能を発揮できなかったのでイギリス製のに切り替えたというのは知りませんでしたね。

 あと、逆から見ると清は属国だと思っていた琉球を日本に獲られた直後、台湾出兵でも海軍がないもんだからいいようにやられてしまい、臥薪嘗胆の末、ドイツに巨大戦艦「定遠」「鎮遠」を発注するわけです。そして、強化した海軍力をもって、今度は朝鮮問題では対日政策を硬化する、という方針をとります(p.65)。こうしたことが、戦争しなくてもいいのにぶつかってしまうという結果を招いたのかもしれません。

 海戦の模様などさすがに専門家だけあって面白いし、このシリーズはお勧めです。

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