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October 10, 2011

『解き明かされた死海文書』

Story_of_dead_sea_scrolls

『解き明かされた死海文書』ゲザ・ベルメシュ、青土社

 死海文書研究者のゲザ・ベルメシュさんが、なんつうか知的公衆に向けて書いた死海文書に関する包括的な啓蒙書。1718年に再刊された『旧約聖書偽典集成』に註解を付けたファブリツィウスが偽典という用語を初めて使ったというようなことまで書かれていますが、ヘブライ語、アラム語、ギリシア語の専門知識がなくても、十分、楽しめます。

 エリコで発見された甕に入った写本をオリゲネスが『ヘクサプラ』で使用したとエウゼビオスが報告していますし、800年頃にも《たくさんの本が置いてある岩の部屋を》アラブ人狩猟者が見つけ、ユダヤ人たちが旧約聖書を発見したという報告も、セレウキアのシリア・ネストリウス派の総主教ティモテウス一世が行っていますが、こうしたことの記憶がクムランでの死海文書の発見でよみがえります(p.58)。

 その後、大きな権力を与えられたにも関わらずフランス聖書・考古学研究所の職務怠慢によって、死海文書の研究の前提となる本文の再構成は遅れに遅れ、中には教皇庁の陰謀じゃないかなんていうようなスキャンダルさえ流れますが、それを一気に解放の流れにもっていったのは、やはりコンピュータだったんですね。それまでジクゾーパズルのように手作業で進められていた本文の再構成作業が遅れまくっていた中、実は死海文書の断片は一枚ずつ写真に撮られていたのですが、91年にコンピュータを使えば語彙の一覧表から本文を再構成できると大学院生アベッグが言い出して、実際に未公開文書の予備版を出版したのを機に、死海文書の記録写真全てが緊急出版されることになり、いまやGoogleによってオンライン公開されるまでになりました。

 発見された死海文書のうち旧約聖書(ユダヤ教聖書)に関しては、エステル記を欠いているものの全体として相違はないけれど(p.127)、従来、短いバージョンのマソラ本文が正しいとされていた考え方は修正を余儀なくされた(p.135)、というのは公正なまとめでしょう。ファリサイ的・ラビ的再編成がなされる前は、死海文書のように融通無碍な本文が流通していた、というわけで、これはこれで旧約聖書(ユダヤ教聖書)の無謬説に対する大きな反論になります。

 また、これまで知られていなかった主流はユダヤ教の文献の中には、マタイの山上の説教に似たものがある、というのも、死海文書研究の大きな成果です。

祝福されよ その(知恵の)教えを固守し
不正の道を固守しない者は
祝福されよ それ(知恵)を喜び
愚か者の道に飛びつかない者は
祝福されよ 清い手でそれ(知恵)を探し
不実な心でそれ(知恵)を追い求めない者は
祝福されよ 知恵を獲得した者
至高者の律法に歩む者は

という紀元前一世紀の「至福」して知られる知恵の詩文なんかはシリア語で知られていたそうですが、そのヘブライ語の本文はクムランで発見されました(p.142-)。

 同じくダマスコ文書として知られていた法規もクムランで発見され、隠遁的な生活を送ったエッセネ派のものだと同定されていますが、さらに、独身の男性コアメンバー向けの共同体の規則(かつては宗規要覧と呼ばれていました)も発見され、エッセネ派の二重構造が浮かび上がってきます。さらに、この宗派の創始者である義の教師による律法儀礼遵守論(MMT)はサドカイ派の慣行を思わせますが、それもそのはず、この宗派の祭司であるツァドクはサドカイと同じ意味だ、と(p.172)。どこの宗教も同じといいますか、細かな意見の相違から、主流派に反発して砂漠に引っ込んだのがエッセネ派である、と。

 主流派である邪悪な祭司が自分たちの暦を使って、義の教師を貶めるなんてあたりは、実にイヤらしいといいますか、人間っていのうは昔も今も変らないな、という感じです(p.177 義の教師たちの定める贖罪の日を無視して訪問するとか)。

 クムランの洞窟からは厳密な意味でり歴史文書は出てきていませんが、著者のゲザ・ベルメシュがそれまでアレクサンドロス・ヤンナイオスと見られていた邪悪な司祭を、マカバイ記にも出てくるヨナタンであるとして、エッセネ派共同体の歴史を概観する246頁以降は、この本の白眉でしょう。

 「しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった」(マルコ 10:6)に関してダマスコ文書の著者が、創世記を神が人の男と一人の女を創造したと解釈することによって離婚の禁止を導きだそうとしていることを想起させるというのも、なるほどな、と(p.275)。また、使徒行伝で描かれている初期の教会共同体が共産主義的な財産共有制度を採用していのも、どこか影響を与えているのかもしれません(p.279)。といいますか、今の軍隊にも続くような中央集権的な組織はエッセネ派を起源としているのかもしれません。

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