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October 21, 2011

『新約聖書 訳と註 第二巻下 使徒行伝』

Act_tagawa

『新約聖書 訳と註 第二巻下 使徒行伝』田川建三、作品社

 田川さんの『新約聖書 訳と註』は、最初に出したのがパウロ書簡ということもあり、「助走なのかもしれないけど、後ろのポケットに手を突っ込んでるような感じだな」と思い、買うことは買いましたが、読んではいませんでした。その後も、順調に本を出し続けているのはすごいな、頑張っているなと思って見ていたんですが、ようやく最も好きな『使徒行伝』が刊行されたので、じっくり読んでみました。

 田川さんの本に関しては、正直、不熱心な読者といいますか、特に社会批評っぽいのは「なんて青臭い…」という感想しか抱けないのですが、一読、新約の本文に向き合う田川さんは凄いな、と見直しました。

 例えば、2:4を岩波の荒井訳が「異なる言葉」としているのを「生かじりの知識で学問に口を出すのはつつしまないといけない」として、それは6節と8節でdialektos(言語)と言い換えていることからも明白として切って捨てます。行伝の著者がこの箇所のgloussaiという複数形で「諸言語」と考えていることは、直後の6節と8節でこれを「言語」(dialektos)と言い換えていることからも明白だし、だいたいここは使徒たちが、様々な民族の言葉を語ったという意味なのだから、パウロ流の恍惚的な異言とみなすことは不可能、というあたりの解説は、宿敵相手だけに力がこもっています。

 さらに、3:20で「休息の期間」としているのを世界で唯一変った訳だとして、anapsyxisはほてったものが冷えて寛ぐという意味であり、新約ではここにしか出てこない言葉なので「生気一新」と訳した方がいいと批判します(でも、田川先生の「生気一新」も如何とは思いますがw)。

 このほか、2:5については、ネストレが「信心深い"ユダヤ人"が住んで」いたとユダヤ人を入れているのを、シナイ写本とウルガタ、シリア語訳の一部の読みを採用して「エルサレムには天が下のすべての民族からの真面目な人々が住んでいた」と訳すところの註も秀逸。この本の購入をためらっている方がいたとしたらp.107-113をぜひ、書店で読んで欲しいと思います。雑誌論文まではあたっていませんが、この箇所については並のコンメンタリーよりは遙かに素晴らしいし、ギリシア語の本文を読むことの意味と大切さをわからせてくれます。単にシナイとバチカン写本の違いだけにとどまらず、文脈からも「ここに集まっていたのはユダヤ人だけだなどという説はありえない」として、さらに「使徒行伝では10章以後でしか異邦人に対してキリスト教が語られるということはない、と前もって前提に」していること自体が間違いの元で、だいたいペンテコステの奇跡によって、世界の諸民族に伝えられるべきものだという箇所なのだから、という議論は非常に説得的です。

 さらに後半の「われら資料」は著者が実際にパウロと旅をともにしていた、ということを強く意識して書いてあるところは、まあ、もしかして田川訳新約の白眉になるところなのかな、と思いながら読んでいました。

 「若い頃から最もよく調べてきた文書の一つであるのだが、このように大きな形で使徒行伝の解説を書くのはこれが最初で最後」と後書きで記している、田川さんの一世一代の訳と註だと思います。青っぽい社会批評は正直、いただけませんが、テキストと向き合う田川さんは凄いなと改めて思いました。

 しばらくは、ネストレを傍らに改めてじっくりと一年ぐらいかけて読んで行こうと思います。他のもあわせて、5~6年はじっくり楽しめるというのは、本当にありがたいです。

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