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October 27, 2011

『徹底検証 日清・日露戦争』

Nissin_nichiro_kenshou

『徹底検証 日清・日露戦争』半藤一利、原剛、松本健一、戸高一成、秦郁彦、文春新書

 そういえば、今年の年末で3年がかりのNHK『坂の上の雲』も完結編を迎えますが、半藤一利、原剛、松本健一、戸高一成、秦郁彦という文藝春秋ではお馴染みのメンバーによる、司馬遼史観の再検証を行う座談会が09年末に文藝春秋臨時増刊『「坂の上の雲」と司馬遼太郎』に掲載されました。しかし、雑誌では半分ぐらいがカットされてしまったということで、今回、新書にすべての記録を残した、というのがこの本。

 『坂の上の雲』で愚将として描かれた乃木希典には白襷隊ができたぐらい統率力はあったのに、司馬遼太郎さんがそこを評価しないのはおかしいとか(p.167-)、日本海大海戦は丁字戦法で勝ったわけではなく、実は連携機雷という秘密兵器の存在を隠すために、小笠原長生による伝記で、動かざること山のこどき元帥が東郷ターンから始まった丁字戦法によってバルチック艦隊を撃滅したという神話が流布されていったというあたりは面白かった(p.252-)。

 特に丁字戦法に関しては、150巻という『極秘明治三十七、八年海戦史』という新しい資料が出てきて明らかになったというのは、知りませんでした。極秘というので、全巻揃ったのは海軍大学校、海軍軍令部、明治天皇に献上された三部だけという資料で、海軍大学校と海軍軍令部にあったものは第二次大戦の敗戦時に燃やしてしまい、宮中にあったものだがけが残ったといいます。それを昭和天皇が亡くなる直前、下賜されて今は防衛省防衛研究所に所蔵されているそうです。

 この資料を読み込んだ戸高さんの話は、この本の白眉でしょうね。

 ここでタネ証しをしてもいいのですが、ぜひ、読んでください。秋山真之っていのうは、まさに「智謀湧くが如し」であったということも確認できます。おそらくNHKのドラマでは、東郷ターン&丁字戦法で日本海大海戦を描くでしょうが、そのバックグラウンドとして連携機雷のことを知っておけば、もっと楽しく観ることができるのではないでしょうか。

 いろいろな人物が紹介されますが、司馬さんがあまり深く取り上げなかった人物で、2人印象に残った軍人がいます。陸軍では元桑名藩士の立見尚文。海軍では後に首相となった鈴木貫太郎。

 立見尚文陸軍大将、男爵は桑名藩士で戊辰戦争では北越戦争の雷神隊隊長として官軍を敗走させ、山縣有朋も軍刀を奪われたほどの戦上手だったとのこと。日露戦争の第4軍司令官である野津道貫元帥、侯爵も「東洋一の用兵家」と心酔するほどの常勝将軍だったそうで、なるほど兵力の半数を失いながらも黒溝台を奪還するわけです。

 鈴木貫太郎は鬼貫太郎というあだ名がつくほどの勇猛果敢ぶりで、日清戦争では威海衛にこもったまま出てこない北洋艦隊に対し、大尉として世界初の大規模水雷攻撃を敢行し、旗艦「定遠」を大破擱座させます。日本海大海戦では駆逐艦「朝霧」でバルチック艦隊の目の前を突っ切って隊形をガタガタにしただけでなく、夜戦でも戦艦「ナワリン」を仕留めます。当時の魚雷は射程距離が短く、鈴木貫太郎は300~600メートルまで近づいて発射したといいます。そして太平洋戦争の最後には、戦争を終結する決断を首相として下すという鈴木貫太郎は「日清、日露、そして太平洋戦争終結時と、国難を三度救いました」(戸高一成)という評価も納得です。

 日清戦争のヒーローは死んでもラッパを口から離さなかった木口小平、平壌の戦いで玄武門一番乗りの原田重吉、黄海海戦の「まだ沈まずや定遠は」の三浦虎次郎とみんな名もなき一兵卒。日露戦争で広瀬少佐、橘少佐など上級仕官がヒーローとなっていったことの対比からも、日清戦争が明治という新しい秩序に生きた民衆の戦いであったことがクローズアップされる、というあたりもなるほどな、と(p.27)。

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