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July 17, 2011

『江戸時代の天皇』

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『江戸時代の天皇』藤田覚、講談社

 講談社から「天皇の歴史」シリーズが出ていて、加藤陽子さんが書く予定の8巻『昭和天皇と戦争の世紀』を楽しみにしているんですが、6巻の『江戸時代の天皇』も、あまり知らないところだなと思って読んでみました。

 ご存じのように皇統の中で、飛び抜けて遠い即位としては継体天皇の十親等というのがありますが(個人的には応神天皇五世孫というより新しい王朝ではないかと思います)、光格天皇も8親等離れており、しかも践祚の約50年前に創設された閑院宮家の三代目という立場でした。しかも、この光格天皇のパーソナリティは、真面目で几帳面、学究肌という今に続く皇統そのままというのが、なんとも面白い。

 あと、江戸時代は2人の女性天皇がいたのですが、その二人とも肖像画がないというのは知りませんでした。古代の八代六人(推古・皇極・斉明・持統・元明・元正・孝謙・称徳。皇極と斉明、孝謙と称徳は同一人物)の女帝に肖像画が残っていないのはわかるのですが、天皇家の菩提寺である真言宗泉涌寺には江戸時代の14代の天皇の肖像画のうち、女性天皇である明正(称徳天皇以来860年ぶりの女帝)、後桜町の肖像画だけが残されていないそうです。江戸時代は、ともに男子の皇位継承予定者が成長するまでの「つなぎ」の役割で即位したのですが、「月の御障り」によって神事の支障をきたすなど、さまざまな問題があったようです。

 ともかく、筆者の問題意識は、自らの進退すら幕府の承認を必要としたほど政治的地位を低下させた天皇が、危機の中で名文論が実体化を迫るというダイナミズムの作動で浮上し、実質的な君主の地位に担ぎ上げられていったのは、徳川家の当主を征夷大将軍に任命し、諸大名らに官位を授与して序列化するという、天皇・朝廷にしかできなかった機能を果たしていたからだ、というものだと思います(はじめに)。

 ですから、はじめのうちは幕府に反発して発作的に譲位してしまった江戸時代最初の天皇である後水尾が「禁裏御所御定目」を出して、天皇は学問に励むようにすべしと説いて国政の枠組みを受け入れたように、諸大名から見放されつつある幕府にしがみつく孝明も、まさに「江戸時代の天皇」だった、というはなるほどな、と(p.335)。

 個人的に面白かったのは、やっぱり光格天皇ですね。宮家から皇統を継いだために「一段軽きように存じ奉る族もこれありけり」(『小夜聞書』)という噂も書かれるほどで、自身も伊勢神宮への宣命の中で「傍支の身にして辱く」と書いたほどでしたが、学問奨励と規律をうるさく言うことで公家をコントロールするようになり、はやくも17~18歳の頃には政務になれてきたという姿は、どことなく昭和天皇を思い出させます(p.236)。また、光格天皇は傍系出身ということを意識して、朝覲行幸の再興や天皇号の再興など、朝儀や行事への幕府の出費を求め、実現させていきます。

 まあ、119代光格以降、仁孝、孝明、明治、大正、昭和、125代今上とつながっているわけで、この新しい皇統の性格を知る上でも光格天皇というのは重要だな、と思いました。

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