『中国は、いま』
『中国は、いま』国分良成編、岩波新書
《国際社会の責任ある一員としての中国か、中国的基準を前面に押し出した中国か、いまはまさにその分岐点にある》(はじめに)という問題意識のもと、10人の筆者が、経済、軍事、社会、政治など様々な切り口から現代中国を論じたアンソロジー。
《決定的な資料はすべて中国共産党の奥の印に封印されている》ために、隔靴掻痒の感といいますか、群盲象をなでる感もしないではありませんが、新書本一冊で、これだけの情報を得られるとすれば、安いもんです。
ここのところ中国の我がきつくなってきたのはなんでかな、とずっと思っていたのですが、やっぱり、リーマンショック後の金融危機からいち早く抜け出て、世界経済の牽引役としての役割に期待が集まったあたりからなんですかね(p.5)。2010年1月に人民日報が《数百年来、中国がこのような地位に到達したことはなかった》と書いているあたりは、第二次オイルショックを楽々と乗り越えて、世界経済の機関車役を期待された日本が舞い上がってJapan as No.1という言葉に酔いしれていた頃を思い出します。
基本的に江沢民までの中国は鄧小平の「冷静観察、穏住陣脚、沈着応付、韜光養晦、有所作為」(事態を冷静に観察し、しっかりと足元を固め、沈着に対処し、能力を隠して力を蓄え、力に応じて少しばかりのことをする)という外交方針を堅持していましたが、胡錦濤はこれを「堅持韜光、積極有所作為」に変えます。つまり、能力を隠して力を蓄えることを堅持するが、より積極的に少しばかりのことをするような方向に修正したわけです(p.7-)。
また、今は中国の鉄道が問題になっていますが、電力、交通、電信、エネルギーあるいは軍などの「利益集団」が政治を大きく動かす実力を持ち始め、その弊害が出始めているという状況なのかもしれません(p.9)。米国では5%の人口が財富の60%を握っていますが、中国は1%の家庭が41.4%を掌握しているそうです(p.18)。
ぼくはずっと中国の人民解放軍の軍制がどうなっているのか不思議に思っています(まあ、本気になって調べてもいないのですが)。そういった意味では「第3章 中国軍は何を目指しているか―軍事プレゼンス増大と自己認識」に期待したのですが、やはり解放軍全体の姿というのはわかりませんでした。
しかし1)中国の武装力量は800万人の解放軍、66万人の武警、51万人の予備役で構成される2)第四世代の戦闘機は383機3)中央軍事委員会は主席と2~3人の副主席の他は制服組であり、ステルス機の飛行実験などについてシビリアンコントロールがきいているかは疑わしい―なんていうあたりは面白かった。
これに対してアメリカは2010年夏、四隻のSSG(巡航ミサイル搭載型原子力潜水艦)のうち3隻をフィルピン、韓国、ディエゴガルシアに展開させたんですが、SSGNは搭載する巡航ミサイルの射程圏内にある相手を威圧するのが役割だそうです(p.64)。
また、高速鉄道事故のどさくさに紛れてワリャーグを改造していることが発表されましたが、《発着を含めた空母運用それ事態がマニュアルではマスターできないと言われている》(p.68)《C4ISRに限らず、中国には暗黙知の蓄積やその他の経験が不足している》という評価のようです(p.70)。
ただし、新保守主義者のロバート・ケーガンなどは《中国の指導部は今日の世界を、一世紀前のドイツ皇帝ヴィルヘルム二世と同じ視角で眺めている。つまり、中国の指導者たちは自分たちに課せられた制約に苛立っており、国際システムが自分達を変えてしまう前に、自分達が世界のルールを変えなければならないと思っているのだ》としているそうでして、やはりちょっと不気味かな、と(p.195)。
中国はグローバルなパワーであり、建設的な存在に変えていくためには日米などによるグローバルな協力が必要になってくるのでしょうが、欧州などは対中国武器輸出禁止措置を行おうとしたこともありますし、なかなか足並みはそろいません(p.223)。
また、中国共産党に関しては、党員数は7800万人と南北朝鮮を合わせた数よりも多く、企業幹部や専門職員など「赤いブルジョワ」は労働者の9.7%を遙かに上回る22.2%を占めているというのも衝撃でした(農民・漁民は31.1%)。
また、江沢民から胡錦濤へのバトンタッチは鄧小平が生前に決めていたそうですが、胡錦濤は後継者と考えた中国共産主義青年団出身の李克強に、太子党、江沢民グループ、軍部、長老たちが支持する習近平に次ぐポジションしか与えられず、この時から胡錦濤の限界は始まっていたというのもなるほどな、と思います(p235)。
江沢民は重病だと伝えられる中で、高速鉄道が大事故を起こしたというのは、権力継承のタイミングとしては、かなり緊迫したものなのかもしれませんね。
【目次】
はじめに 中国のいまをどう見るか
第1章 体外強硬姿勢の国内政治―「中国人の夢」から「中国の夢」へ
第2章 改革開放時代の中国政治をどう捉えるか―開発独裁モデルと近代化
第3章 中国軍は何を目指しているか―軍事プレゼンス増大と自己認識
第4章 下からの異議申し立て―社会に鬱積する不安と不満
第5章 周縁からの叫び―マイノリティ社会と国家統合
第6章 歴史を背負った自画像―悲願の達成をめぐる苦悩
第7章 岐路に立つ中国経済―発展パターンの転換は可能か
第8章 テクノ・ナショナリズムの衝突―レアアースをめぐる日中関係
第9章 東アジアの中の中国―日本外交への視点
終章 中国はどこへ行く
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