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June 05, 2011

『気候変化と人間 一万年の歴史』

Kikou_suzuki

『気候変化と人間 一万年の歴史』鈴木秀夫、原書房

 ここ一週間ほど『気候変化と人間 一万年の歴史』を舌なめずりするように読んでいました。面白かったというか、これから歴史は温度変化のサインカーブといいましょうか、変動のどんな局面であったのか、ということを無視しては語れないな、と感じました。民族移動、王朝交代、革命、世界的宗教の誕生などの背景には、気候変動があった、というのがその主張です。

 方法論は《この書物の記述は、世界の大白紙図に、時代ごとに、各文献から集めて書き込んだ事項を整理》する、というものです(p.171)。一万年から紀元前までは1000年単位、期限後は100年単位で「気候変化と人間」のトピックを紹介してくれています。

 引用文献はp.415-467まであげられていますが、こういった学際的な本が、アカデミックな高い評価を受けるのは難しいんでしょうかね。アフリカ地誌も研究対象にしていたということですが、65-68年まではエチオピアのハイレセラシェ一世大学で教え、清泉女子大学で研究を続けていたという経歴は恵まれたものとは思えません(個人的には田川建三さんの経歴を思い出しました)。

 以下、箇条書きで。

 稲作の起源は揚子江中・下流で一万年より前までさかのぼるが、これは、それまでの高温時代が終わりはじめることによる環境悪化に対する技術革新(p.51)。

 カナダ北部では3500年前以降、冷涼乾燥となり森林が山火事で燃えて再生できなくなり、インディアンの生活が成り立たなくなった。祖地である五大湖から移動はじめたのはこの頃。森林が破壊されたあとはツンドラになり、エスキモーもしくはアリュートが拡散した(p.92-)。

 メキシコ湾岸のオルメカ文系が紀元前500年頃急速に衰えたたのは、湿潤から乾燥期に移ったからではないか(p.113。つか、古代文明の滅亡というのは、急速な気候変化に技術的に対応できなかったからなのかな?と感じた次第。温暖地域にしか安定的に文明が発展できなかったのも、気候変動が比較的、緩やかだっから?とも改めて感じました)。

 世界最初の不殺生宗教である仏教も、気候変化が一つの要因かもしれないとのこと。北インドのヴェーダ人(当時のアーリア人)は半牧畜的で、ウシを犠牲にささげて自らも食べていたが、人口増加と森林縮小でウシはスキに使うため牛肉食の中止が始まった、と。しかし、特権階級はまだウシを食べ続けていて、こうしたことに対する反発が生まれ、それに紀元前600年頃の戦争、干ばつ、飢餓が加わり、カーストシステムの不平等性に対する敵意が増大。こうした社会、経済状況の中から大衆に苦しみを写し出す仏教、ジャナイ教が生まれた(p.118-)。

 この頃の乾燥と森林縮小は、ヒッタイト帝国の崩壊とそれによる製鉄技術の拡散→伐採が起因ではないかと推論しています。こうした変化は中国でも春秋戦国の末期、大量の難民を生み、その一部は朝鮮半島を経由して日本に稲作をもたらします(p.119-。さらにはそこから神武天皇は呉の泰伯の子孫という伝説も…)。

 二~三世紀の倭国大乱も冷涼・湿潤化で平地が湿地化したことが原因?同時期にサハリンから海獣を追ってきた沿岸漁民が北海道に侵入してオホーツク文化が形成されたのも、流氷原の移動が可能になったから、と推論される(p.151)。

 四世紀は日本では「古墳寒冷期」、グローバルにはフン族とゲルマン民族による「民族移動の寒期」とも呼べるような時代(p.163)。

 マダガスタル島のマラガシー語は西インドネシア諸語に属するのはよく知られているが、それは五世紀にマレーからバナナが伝わったからであり、それによってアフリカには生活圏を森林に進ませるバナナ革命が起こった(p.172)。

 アラビアで高度な灌漑施設で行われたきた農業は、広域な干ばつによって紀元600年頃にはついに放棄されたが、こうしたストレスがイスラム教を拡大させた(p.190-)。

 九世紀は末には「寒の戻り」が起こるが、貞観年間(859-876)には板東の地で俘囚の乱が起きたのは、中国の唐末に起きた黄巣の乱に対応している。そして、日本の平将門と藤原純友の乱は、こうした草莽の乱の継続ではないか(p.220-。それにしても869年・貞観11年に起きた大地震は、こうした時代背景をさらに悪化させたんでしょうね)。

 言語学者・橋本萬太郎によると、《唐の長安では日本人留学生が学びはじめる前には、中国では「たべる」ことを「食」といっていたが、十世紀ごろを境として「喫」というように変った》といいますが、同じ様な飲→渇、犬→狗、目→眼の変化は、大規模な人の移動があったからではないか、としているそうです(p.228)。

 まだまだ、ありますが、いったん終了します。

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