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June 12, 2011

『平城京の時代』

Heijokyo

『平城京の時代』坂上康俊、岩波新書 
 

さまざまなことが起こったようでもあり、またなにごともなかったかのごとくですらある。往事は茫々として人はすべて亡く、歴史に選ばれた事と物のみが残っている。

 青木和夫先生は、奈良時代の歴史を記述した『日本の歴史3 奈良の都』をこのように結んだそうです(p.216)。

 考えてみれば、その前の時代は、大化の改新、白村江の戦い、壬申の乱と激しい動きがありました。それが、奈良時代となると、目立つのは長屋王の変ぐらいで、唐の安禄山の乱に乗じて計画された仲麻呂の新羅征討もすぐに沙汰やみになるなど、なるほど「なにごともなかった」ような時代でした。

 そして、この時代は土臭い豪族が洗練された貴族に転身した時代でもあり(p.222)、人から土地へと対象を転換することによって深部まで律令国家の支配が及ぶことになった時代でもあったようです(p.228)。

 いつものように箇条書きで面白かったところを…。

 まあ、当たり前のことかもしれませんが、日本の律令は唐そっくりに作られており、それが導入可能だったのは、唐の律令が哲学的な議論に触れず、ひたすら官僚のマニュアルとして作られていたからとのこと(p.32-)。

 698年の渤海の建国直後、唐は新羅よりも渤海を重視したことから、新羅は日本に対して融和的な姿勢を示していたそうです。日本は華夷秩序を含めて唐を真似ようとしていたため、「調」を貢じて諸蕃の位置に自らを置いた新羅の姿勢に朝廷は満足していた、と(p.35)。もちろん、こうした関係はすぐに終わりますが。

 1950年代後半に始まる高度経済成長以前、北海道と沖縄を除く日本では至る所で一辺約109メートルの水田の区画が見られ、これは班田収受を実施するのに都合のよい律令国家によって施行されたものと考えられる、と(p.60-)。こうした条里制の施行によって、田図と帳簿(田籍)をセットして管理されていった、と(p.64)。

 各地に作られた正倉には口分田からの「祖」がため込まれ、籾殻がついた状態の米粒が満杯になるまで積まれていったそうで、大宝令を施行した30年たった天平初期(729-)には満杯になった倉に封をして「不動倉」とし、そのカギを中央に進上せよという命令が下された、そうです(p.66)。もっとも、次の九世紀には開聞岳噴火、長野県の土石流、貞観大地震と津波などがくるのですが…(p.185)。

 また、日本では多くの成人男子を一定期間ただ働きさせることができる状況にはなく、「庸」には、その代わりに地方から中央に差し出された郡司の肉親たちの仕送りという意味もあった、というのに驚きました(p.71-)。さらに、「調」は国造が大王に献上していたミツギモノの後身だった、と(p.88)。

 日本書紀は外部向けの文書。遣唐使たちが唐の高宗に「国初の神の名」を問われて当惑したことを思えば、そういった意味でも史書として完成した意義は大きい(p.118)。

 不比等の子孫である藤原氏が数百年にわたって政治勢力を保持できたのは守旧性(.123)。

 藤原宇合は日本的ノブリスオブリージェの権化?(p.132)。

 鑑真が求められたのは、武則天に菩薩戒を授けた弘景を戒和上として具足戒を受戒しており、天皇に菩薩戒を授ける戒師としてもふさわしかった(p.170)。即位事情に不安を抱えていた孝謙天皇にとって、武則天と同様の菩薩行の実践者として一切衆生を救う立場を確立することを目指した(p.171)。

 本貫地から離れた浮浪人には公出挙がかからなかったから、口分田を放棄して、墾田開発権を持つ有力者のもとに潜り込み小作して生活できた(p.183-)。また、こうした交通の活発化が疫病の大流行を招いた(p.189)。

 さらには、国司に対して郡司は下馬しなければならず、郡司たちの権力はそういったところからも揺らいでいったというのは、なるほどな、と(p.188)。

 吉田孝は七~八世紀を「日本歴史の青春時代」と読んでいるが(『飛鳥・奈良時代』)、平城京の時代は、文字をあやつることをおぼえ、自我が育ってきた時期という意味では、むしろ少年時代-ちょうど興福寺の阿修羅像に面影を伝えるような-と呼んだ方がよいかもしれない。二度と戻れない少年時代を懐かしがるか、ほろ苦く思い出すか、思い出したくもないか、人それぞれだろうが、平城京の時代が、思い出すよすがに恵まれた、日本で最も古い時代であることは間違いないだろう。

 というあたりをふくめて、この坂上先生は、これまでの「シリーズ 日本古代史」の執筆者の中では、抜群に文章が上手いですね。《余談めくが、六国史の中でどれが好みかと古代史の研究者に尋ねてみたら、恐らくその大半が『続日本紀』と答えるだろう》(p.14)というあたりも含めて、なかなかの書き手だと思いました。ちなみに、史・資料の残りの良さに支えられた、平城京の時代は、日本の古代史研究のベースキャンプの役割を負わされているそうです(はじめに)。

 とにかく、「シリーズ 日本古代史」もついに4巻。残るは平安京遷都と摂関政治を残すのみとなりました。

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