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May 07, 2011

『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』

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『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』小熊英二、毎日新聞社

 《現代日本の最大の問題は、高度成長期につくられ、一九八〇年代まで機能した社会のあり方が、不適合を起こしていることだと思います》という問題意識が全体を流れる通奏低音でしょうか(p.185)。

 《基本的には論壇で活躍するより研究をしているほうが性にあっているので、雑誌に論文やエッセイを寄稿することはめったにない。しかし時事問題に関して新聞などに時評やインタビューを求められたときは、社会的な役割だと思って、できるだけ引き受けてきた》という著者の1997-2011までの時評集。あとがきでは、さらに《私は一貫して、日本の近代化一五〇年と、戦後七〇年の歴史のなかで、それらの問題がどのように構造的に発生してきたのか、私たちはいまどの位置にいるのかという視点から答えている》と書いています。

[世代論]

 まあ、全体的に世代論になってない?という気分もなくはないんですが、学生運動を担ったベビーブーマーたちは、従来の平和思想をリアリティをもって感じることができず、戦争責任やマイノリティを重視して親世代を攻撃していった、と(p.20)。つづく1958年ごろに生まれた「バブル世代」は、ベビーブーマーのように豊かになったことへの後ろめたさなどはなく、80年代には消費社会やポストモダンを論じ、90年代には大きな物語のない「終わりなき日常」をどう生きるかという現代社会を論じた、と(p.27-)。そして75年以降に生まれたロストゼネレーションは、日本経済がゼロ成長になって生き方のルールが変ったことに向き合っている、みたいな感じ(p.90)。《いまの時代もインターネットとテレビと一〇〇円ショップがなかったら、もっとプレカリアート運動の集会やデモに人が集まっているのではないでしょうか》という指摘も面白かったかな(p.39)。

 75年というのは専業主婦の比率が最高だった年であり、不登校がほぼ最小の年だったらしいんですが、保守派の人間が懐かしんでいるのは、この時代じゃないか、という指摘も面白かった(p.118-)。

 しかし、こうした時代は、高度成長やオイルショック後の不況を乗り越えるために長時間労働が増え、サラリーマンが家に早く帰ることができなくなることで変質しはじめます。そして、その後に訪れたバブル景気でも、実態はアナログタッチの多品種少量生産で売れるものを追求していった「くたくた景気」であり、まがりなりにも安定していた75年から始まる体制は九〇年代の景気停滞でとどめを刺された、と(p.119-)。

 ぼくが一番、実感できたのもここら辺ですかね。当時はコンピュータによる在庫把握なども徐々にはできるようになってきましたが、まだ流通段階までの在庫までは把握できずに、メーカー段階までの管理にとどまっていました。リアルタイムで生産体制を動かすという技術ままだありませんでしたし、実売とのギャップはどうしても出ていて苦労していました。そこをなんとか、アナログ的な勘で動かしていった企業は生き残りましたが、そうした努力を放棄して、物流センターや本社・支社ビルに内部留保を化けさせていった企業は行き詰まっていきました。しかし、どちらも、サプライチェーン全体を見渡せない五里霧中の中であえいでいた、という印象です。

 85年のプラザ合意で集中豪雨的な輸出で景気を回復することはできなくなり、公共事業といっても、乗数効果が上がるモノはほぼやりつくして、維持費がかさむハコモノが中心となり、いったんバブルがはじけると、どうしようもなくった、という印象が強いです。バブル世代といわれる所以かもしれませんが、90年代にコンビニ弁当でお昼をすますサラリーマンが出現したのには、個人的には本当に驚きました。

 とまあ個人的な感想はここまでとして…。

[年代論]

 著者によると、日共が武装闘争路線を放棄して自民党と社会党が結成された1955年が第一の転換期であり、次は70年安保があまり盛り上がらないまま終わった後に、意外と旧態依然としていた"新左翼"の組織に対して不満を募らせていたマイノリティたちが批判したことによって生まれた「戦争責任、環境保護、ジェンダー」というサヨクの三点セットが生まれたのが第二の転換期。五~一五%の経済成長が三〇年以上も続き、その間に戦争も革命もクーデターも起きなかった国は、日本の他にほとんどないというのですが(p.75)、そうした特殊事情は終わりを告げ、「豊かな日本が貧しい人々を搾取している」という1970年のパラダイムは日本経済が停滞することによって、リアリティを失っていきます。

 そして、小熊さんが、そもそも論として提起しているのは、以下の問題意識だと思います(p.106-)。

 国民国家を議会政治で統治していくというシステムは、一九世紀の社会にできたものです。先ほどもいったように、政党政治というのは、身分制度とか共同体がしっかり存在しているほうが、機能した側面がある。議会の起源となると、もとは中世ヨーロッパの身分制議会ですから。共同体や身分制度をもとにしているからこそ、議員は地域共同体の代表、政党は貴族や労働者の代表だと政治家も思えたし、選挙民も「われわれの代表」だと思えたわけです。
 でもいまは誰もそう思えていない。政治家は、単に票を集めた人だと思われている。「票を集めること」と我々の代表と認知されることが一致していない。(中略)
 ("国家という我々"をつくろうとしてファシスト一党独裁をつくったこともあったが)形式的に一九世紀肩の政党政治がいまでも転がしている。(中略)
 六〇年代から新しい形態の社会運動はいろいろ出たけれど、どれも最終的には、四年に一回選挙をやって議会をつくって国家という単位で政治を決定していくというシステムに阻まれて、成長できなかった側面がある。
 だどこれだけ経済の流れも社会のかたちも変化しているのに、政治制度は一九世紀の手直しで転がしているというのは、無理がこないほうがおかしいですよ。

[資本-ステイト-ネーション理論?]

 《ナショナリズムとグローバリズムは、均質化と資本主義が産んだ仲の悪い双子で、共通の敵はローカリズム》というあたりも印象に残ったんですが(p.134-)、ツイッターのTLではそれって柄谷さんの資本-ステイト-ネーション理論じゃないか、というリプライがあって、なるほどな、と思いました。

〔国民〕=特定の国家の国籍を所有する者
〔住民〕=特定の地域に住所を有する者
〔市民〕=特定の地域において政治に参加できる者

 という定義が正しければ、外国人が地方政治に参政権を持たない日本では、市民はいないのではないか、という指摘も面白かったですし(p.162)、台湾や朝鮮を失った戦後、日本人単一民族論が出てくるというの流れもスッキリしています。

 靖国神社の参拝問題に関し、国家の掲げる「公」の原理にのっとって死者をまつるならば、その原理が戦前と戦後で変ったことを示さなければ、国際的に通用しないし、すべての死者を選別せずにまつるのには神社では不適当という土台を抜きにしては問題の解決は難しいというのもスッキリしていると思います(p.176)。

 そして、(中国や韓国や沖縄などでも)ナショナリズムを喚起しようとしても、やがて実体験を持たない世代に対してアピールしようと思えば、「物語」にせざるを得ず、それはだんだん押しつけになって反発をくらうようになる、といういい方には、希望を見いだします。

 アイデンティティーという言葉がいまのような意味で使われるようにになったのは、東欧などからの移民が押し寄せて、故郷から切り離された自分たちは何ものだろう、という不安感をいだくようになった二〇世紀初頭というのは知らなかったな(p.69)。見田宗介さんの話しなんでしょうか。

 近代社会の中では「差をつけて評価されたい」という気持ちと「同じでないと排除されそうで不安」という思いが交錯しますが、それらをうまく両立させる回路としてナショナリズムがある、というのもわかりやすい説明でしたね(p.91)。

 安倍政権時代の対談で、《ワーキングプアの人がたくさんいる一方で、自民党は在日米軍の再編に三兆円も出資することを決めた。もし戦前の二・二六事件を起こした青年将校たちがこの状況を見たら、「畏れ多くも天皇陛下の赤子であるワーキングプアの若者がネットカフェ難民になっているのに、鬼畜米軍再編に三兆円も出資するとは何事か」と首相官邸になだれ込み、「国賊、思い知れ!」とか言って安倍晋三首相を銃殺するんじゃないかな》というあたりは笑えました(p.64)。

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