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April 01, 2011

『十字軍物語2』

Crusaders2_siono

『十字軍物語2』塩野七生、新潮社

 この大震災直後、この本に出会えて、少しでも、物語の世界に入って行けたのは感謝だな、と思います。

 『十字軍物語1』が、日本の封建社会でいえば、ヨーロッパ封建社会の部屋住みの次男三男たちの虚仮の一念でイェルサレム解放を成し遂げてしまった奇跡の物語を描いたのであるならば、『十字軍物語2』は、地元出身の、しかもエリートとはいえないサラディンによる、用意周到な現実的手法によるイェルサレム逆解放を描いた作品です。

 まったく、我ながら学問が浅く、読書も不足していると改めて思ったのですが、歴史を知らないというのは恐ろしい話で、前にも書きましたが、個人的には十字軍といえば「世紀の愚挙」「壮大なゼロ」ぐらいの感想しか思い浮かばなかったんですよ。でも、とにかくやってきたそうした愚挙を見事に跳ね返す反作用としてのサラディンが登場するためには、やはりイスラム世界の政治史の必然的な長い流れというのがあったんだな、というのが垣間見れたのはよかったと思います。

 高校や大学の一般教養で習う程度の歴史では、サラディンはいきなり出てきたイスラムの救世主というイメージなんですが、サラディンが登場するまでにはイスラムの社会でも、ゼンギ、ヌラディンという《有能で強力なリーダーが排出》しなければならなかったのです(p.149)。モスール大守ゼンギ、シリアを統一したヌラディンを経て、エジプトまでも統一してしてしまったサラディンによって十字軍国家は崩壊するのですが、なんといいますか、その歩みは悠々としているわけですよ。地元はこっちなんだ、みたいな。

 特にドイツ皇帝コンラッド、フランス王ルイ七世というヨーロッパの二大巨頭が率いる第二次十字軍を、自軍を進撃させるだけで崩壊させたヌラディンの存在というのは、これまでほとんど知らなかっただけに、すごいな、と思いました。塩野さんによれば、ヌラディンはダマスカスに教育、医療のインフラを整備し、大地震後の復興をも指揮した理想的な封建君主として描かれています(まるで司馬遼太郎が描く戦国大名みたい)。

 そして、そのヌラディンがシーア派とスンニ派の統一という意味も含めて、エジプトの内乱に乗じて攻め入った時の大将の補佐役みたいな存在だったのがサラディン。エジプトのファティマ朝を若くして滅ぼし、やがてシリアやイラクを含むアユーブ朝をひらくのですが、十字軍国家に対する攻撃には慎重を期します。しかし、いったん開始し始めると、あっという間に崩壊させるような盤石の体制をつくりあげ、そして意図通りに、しかも紳士的というか、騎士道精神にあふれるやり方でイェルサレムを逆解放するんです。

 塩野さんの作品はだいたい読んでいるんですが、ここまで塩野さんが惚れ込んでいる人物というのは、カエサル、チェーザレ・ボルジア並なんじゃないかと思えるぐらい(p.288-)。

 サラディンはやはり、イスラム教徒たちが賞賛するのも当然な、戦略の天才であったのだ。しかし、このイスラム世界きっての英雄が、いまなおあの世界ではことあるごとに冷遇されている、少数民族のクルド人であったことを、その後のイスラム教徒たちは知っているだろうか。

 ただし、と塩野さんは嘆くのです。

 サラディンが完勝を収めた「ハッティンの戦闘」はアレクサンダー大王によるイッソスとガウガメラの会戦、ハンニバルがローマ軍相手に完勝したカンネの会戦、カエサルによるアレシアとファサロスの会戦と比べると、敵側=十字軍国家に敵を得ていないがために、いまひとつ鮮やかでない、と。

 確かに、イェルサレム王は劣化するばかりですし、東ローマ皇帝なども、すぐに第四次十字軍をまねいてしまうほどの狡猾さ常にむき出してフランク人(西ヨーロッパ人)に対して接します。

 テンプル騎士団とヨハネ騎士団の違いなんかも面白かったし、とにかく時間を忘れさせてくれました。

 これ以上書くと、またネタバレだと言われそうなので、ヤメにしますが、最後にひとつ。

 つまらぬことを言うようですが、塩野さんの句読点の打ち方が、また、以前のように下手になっています。途中、「あれほども勇敢に」というような誤植も223頁にあるし、巨匠っぽくなりすぎた塩野さんに、編集の方が注文をつけにくくなっているんじゃないかと心配です。塩野さんは、笑っちゃうほど、文章が下手だったんですから、いくらドル箱とはいっても、新潮の編集は、もっとビシッと言った方が、塩野さんのためだと思います。

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