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April 02, 2011

『世に棲む患者』

Yonisumu_kanja

『世に棲む患者』中井久夫、ちくま学芸文庫

 ちくま学芸文庫としては『精神科医がものを書くとき』『隣の病い』に続く三冊目の中井久夫先生の文庫本。70年代初めから80年代にかけての専門家向けの学術論文や一般向けの講演録が収められています。91年に刊行された『中井久夫著作集』の第五巻「病者と社会」を中心に新しく編み直されたそうですが、全体を流れるテーマもタイトルともなった「世に棲む患者」です。

 ご本人は《アムネーゼを取る(患者の話を聞いてまとめる)のがうまいというか、それが唯一の取り柄》と謙遜なさっていますが、その能力をフルに発揮して、Ⅰには危機の後、人間的魅力を摩耗させないようにうまく病い抜けした患者さんを社会の中で治療していくか、という問題意識で書かれている論文が多く感じました。

 退院した患者さんが「オリヅルラン型」のようなパターンで行動範囲を広げていくという話や、消費活動は生産活動よりも密度の高いコミュニケーション活動であり(p.17-、写真)、しばしば苦手だった「選択」という行為を精神健康にいい状態で行えるという話は納得的です(p.58-)。

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 また、当時から株を操作して生活している患者さんが少なくなかったそうで《株の売買では躁うつ患者やいわゆる正常人の多くの方が、人に追随して損をするようだ。もっとも不意打ちには弱く、スターリンの死に際しての暴落で発病したという患者を診ていたことがある》とも書いていますが(p.74-)。

 個人的に興味深く読んだのはII。

 統合失調症、アルコール症、妄想症、境界例、強迫症について、それぞれ説き語りなどをしてくれています。

 アルコール症に関して、興味深かったあたりを箇条書きしてみますと…。

 まず『対話篇「アルコール症」』。

・名古屋は他の都市からすると桁違いに小さい女子大小路という繁華街しかないが、空き瓶にも酒が残っていない(p.108)。

・アルコール症は地域によって大違いで、九州では楽しみながら酒を飲むことを覚える「宴会療法」というのもある(p.109)。

・中井先生がアルコール症を治療する前に、家族に対して「恥をかかせない」「聞き飽きたような説教はしない」ことを守ることを条件に開始する(p.116)。

・振戦せん妄は最後の良心の現われで、治療のチャンスという意見もあるが、中井先生は防ぐ方。また、統合失調症の患者より人格の芯は崩れているかもしれず、その言葉は紙のように薄っぺら(p.117)。

・アルコール症というアイデンティティを患者に持たせることは、彼らのブラック・ユーモアに現われているマゾヒズムに奉仕することなので、中井先生は「きみには酒はあわない」と言って、合わないからかえって飲み過ぎると説明する(p.120)

 ・断酒会、AAの治癒率は20%(p.122)。

 最後の「断酒会、AAの治癒率は20%」というのは大胆な話だと思います。ぼくも、もしアルコール症の治療が必要になった場合、こうしたところには入るつもりはありません。《アルコール症の治療者には宗教的信念を持った医師がやや多い》ということらしいですしw

 このほか「権力意志」と妄想は水面下で通じ合っている(p.141)、意地は日本人の人格の核心部分となっており、意地を張ることは西欧の自己主張と対応する(p.142)、対人関係の関係しない妄想はあってもごく稀(p.151)、嗜癖者は意識変容的解決を求めてヨガや断食に走ることは境界例にもみられる(p.163)、境界例の人は孤独でありえないから同居で修羅場になる(p.178-)、イマジネーションは鮮やかに見えても細部はすきだらけであり、強迫症者は些細な真相を探ろうとしてもがき、とげとげしく訴える(p.194)、なんてあたりも印象に残りました。

 あと、《一つの事実だけは確実に把握しようとすると他の多くの事実は把握しがたいものになるか、真実味から遠いものになる。これは法則のようなものであると私は思う。警察はそれでもよいのだろうが、その結果、警察の調書というものは一般に、「これが自分が言ったことだろうか」というものになる》という指摘にもハッとしました(p.152)。

 さらに発見したという喜びは所詮代用満足で、その点では妄想と通じるものであり、無限追求を起こさせる「昇華」の代表例は科学でもあるのだが、科学は大義なので、科学は人類にとって寄生体のようなものになっている(p.153)というあたりの言い回しも鋭いな、と。

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Comments

木村敏先生の『関係としての自己』を二回目を通読しています。対人恐怖症に関する記録が大変興味深いです。中井久夫先生の本は文学的な香りが漂っています。

Posted by: tanabehajime | April 04, 2011 at 09:33 AM

『世に棲む患者』もぜひ。

Posted by: pata | April 04, 2011 at 01:55 PM

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