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April 03, 2011

『ルービン回顧録 In an Uncertain World』

Rubin

『ルービン回顧録』ロバート・ルービン、ジェイコブ・ワイズバーグ、ジェイコブ・ワイズバーグ (著)、古賀林幸、鈴木淑美 (訳)

 3月頃から『ルービン回顧録』をパラパラと読み返していました。

 きっかけは、民主党幹部が公明党に、これ以上、予算関連法案に反対すると、米クリントン政権の時と同じように、反対している党(当時はギングリッジ率いる共和党)が世論から非難を受けることになる、ということを言いたかった時に、この本に赤線を入れて渡したという話が広がった時。

 ハーバード大学を主席で卒業し、LSE(London School of Economics and Political Science)からゴールドマン・サックス共同CEOを経て、米国の第70代財務長官となったルービンはシティー・グループ共同会長となってやや評判は落ちましたが、まあ、内容は面白かったです。米国人というかアングロサクソンの世界で生きてきた人の回顧録というのは、よくここまで自己正当化が出来るな、と思うようなものが多いので、注意して読んでいるのですが、同時にそこまで自己主張しないと生き残れないのかもしれないな、と競争の激しさも思います。

 ご存じの通り、ルービンは押しの強いタイプではありません。28歳でゴールドマン・サックスで裁定取引(アービトラージ)に従事し、最終的には辣腕のリスク・アービトラージャーと言われたんですが、モットーとしていたのは「市場ではどんな事態でも起こりうるということ」。このことを身にしみて感じ「現実は非常に高度なモデルをもってしても分析しきれないほど複雑なものである」ということを前提にすれば、世の中に確実なことなど何もないのだから、どんな起こりえないと思える事態も起こりうるし、それに対する施策は、蓋然性思考によるものでしかない、ということを何回も書いていたことが、今の日本の状況下では印象的によみがえってきます。そういえば、回顧録の英文原題はIn an Uncertain Worldです。

 メキシコが固定相場制に固持し、その維持に失敗して1ドル=3ペソから5ペソに通貨が暴落し、デフォルトを起こしそうになった危機の際、アメリカがメキシコを支援しなければメキシコはデフォルトを起こす可能性が高いが、支援したところでメキシコが立ち直るかどうかはわからない。しかし救済した場合のリスク(モラルハザード)が救済しなかった場合のリスクと比べて少しはマシだという理由で実行するのですが、それは「証明可能な真実がない世界で、後に残る蓋然性をいっそう精密にするためには、より多くの知識と見識を身につけるしかない」という蓋然性を重視した姿勢にあったと思います。完全に正しいかどうかは未来永劫わからなかもしれないし、経済政策などは結果のみで判断されるしかないので、質問しまくった後でベストに近いだろうというという考えを得られたら、実行するという姿勢がいかに重要かというのがルービンの姿勢。

 こうした姿勢は、政府閉鎖の時にも発揮されます。

 1995年、クリントン政権と野党共和党の対立は激しくなり、その結果、米国での新年度開始の10月になっても予算案が可決できなくなりました。11月の危機スタート時は年金基金からの借入で凌いだのですが、1月末にはあてがなくなり、3月1日には年金給付が滞る見込みとなり、危険水域に近づいたのですが、金融界からデフォルは回避すべきという声が高まったあたりから、世論の方向が変化したというんです。

 やがてスタンダード&プアーズやムーディーズが米国債引き下げや、引き下げを示唆。

 こうしたことから、「あるまじき事態を回避するために許しがたいものを受け入れるべきか」(p.237)というでクリントン政権は「デフォルトを回避するために政府閉鎖を受け入れる」こととします。政府機関の停止は国民の不評を買い、怒りの矛先は共和党に向けられはじめ、共和党も段階的に譲歩し、ついには債務枠の拡大を認めるに至ります。

 この間、個人攻撃を受け続けたルービンは「政策や政治に対する反対を個人攻撃にすりかえる傾向は、意志決定に影響を及ばしかねない」と嘆きます。しかし「私は仕事を自分自身の拠り所にはしていなかったので、さほど失敗を恐れずに立ち向かうことができた」(p.243)というあたも印象的。「いざとなったらここを辞めて全く違う人生を歩めばよいのだと気軽に考えていた」というのは、ぼくも、そうした体制だけは崩されないように、いろいろ気を配っていこうと思わされます。

 失敗というのはどんな優秀な人間がどれほど頑張ってもゼロというわけにはいかない、という言葉は、もっと冷静になって味わうべきだと思います(p.240)。激しい個人的中傷は選択を誤らせる危険性があり、ちょっとしたミスが過剰に取りざたされ、それ以外の行為までがうがった目で見られる、わけですから。

 まあ、まとまりませんが…。

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