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March 07, 2011

『記録と考証 日中国交正常化・日中平和友好条約締結交渉』

Shu_tanaka

『記録と考証 日中国交正常化・日中平和友好条約締結交渉』石井明、朱建栄、添谷芳秀、林暁光(編) 、岩波書店

 『周恩来・キッシンジャー機密会談録』があまりにも面白かったものですから、日中の方も読もうと思って取り寄せました。

 まあ、面白さという点ではリーガ・エスパニョーラとJ2ぐらいの差はありましたが、より、身近な存在が主人公となっている記録でしたので、それなりには読めましたかね。

 驚いたのは、中共が日本に対する賠償放棄の意向を示すところ。これは密使となった竹入義勝公明党委員長に対して、いきなり周恩来から伝えたんですね。

 まあ、もし賠償を求めるとなると、反共的な清和会など自民党内部から日中国交回復に対する反対意見が出て、せっかくの米中国交回復を含めた流れが滞ってしまうということから、あえて持ち出したんだと解説もされていますが、やっぱり思い切った決断だったと思います。

 さらに、その理屈付けも上手い。周恩来と竹入義勝のやりとりはこうです(p.14)。

周 毛主席は賠償請求権を放棄するといっています。賠償を求めれば、日本人民に負担がかります。そのことは、中国人民が身をもって知っています。清の時代には二億五千万両、日本に賠償しました。清朝はこれを利用して税を重くしました。これを全部払ったかどうか知りません。八国連軍の賠償は四億~五億両でした。四億ドルど、今では大した額ではありませんが、負担を人民にかけることは良くない。賠償の請求権を放棄するという事を共同声明に書いても良いと思います。
竹入 お礼の言葉ももありません。
周 当然のことです。二十数年来の両国人民の友好によって、国交が回復するのですから、私たちは、これから次の世代を考えなくてはなりません。

 ヘビににらまれたカエルならぬ、お釈迦様の手のひらの上で転がされている孫悟空といった感じでしょうか。

 しかし、こうした好意を日本側が十分に感じていないとわかると、田中角栄首相との会談では、烈火のごとく怒るんですな。《我々は田中首相が訪中し、国交正常化問題を解決すると言ったので、日中両国人民のために、賠償放棄を考えた。しかし、蒋介石が放棄したから、もういいのだという考え方には受け入れられない。これは我々に対する侮辱である》(p.57)。

 いやー、千両役者ですなぁ…。

 しかし賠償放棄というのは簡単なことじゃないと思いますよ。周恩来は、田中首相が自民党内を説得するのに苦労しているみたいな話を受けて《我々の方も人民に説得する必要がある。人民を教育しなければ、「三光政策」でひどい目にあった大衆を説得することはできない》と付け加えるんですが、これが今の日本なら確実にバカが騒ぎ出して収集つかなくなると思います(p.60)。

 あと、面白かったのは「迷惑」という言葉。田中首相が招宴で「中国人民に迷惑をかけた」と挨拶したことに対して「中国では迷惑とは小さなことにしか使われない」とクレームを付けたんですね(通訳は迷惑を「添了麻煩」と訳しました)。

 あまりの激高ぶりにあわてた日本側は大平外相と姫鵬飛外交部長との会談で「日本側は過去において、日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えた責任を痛感し、深く反省する」という文章に変えることを受け入れたんですが、大平さんは、合意がなった後で思わず「種々迷惑をかけて申し訳なかった」と言ってしまうというんです。これがギャグなのか、うっかりなのか、それとも中国側への当てつけなのかはわかりませんが、姫外交部長は「迷惑とは思っていない。これは日中両国による共同作業である」と見事にまとめるんです(p.107)。

 この本には黙約事項も載っていて、それによると「台湾は中華人民共和国の領土であり、台湾を解放することは、中国の内政問題である」という項目が第一項で入っています。

 こうした動きを受けて、自民党の椎名副総裁は、台湾の蒋経国行政院長と会談するんですが、この席で後に父を継いで総督となる蒋経国は「中共に取られて我々が大陸を失ったのは何故か。日本の軍閥が起こした戦争のためである」と恨み節を言うんですよ。いやー、台湾は大変ですな…。

 椎名副総裁は、この後、日中国交回復を受けて、蒋介石総統宛てに、やむなく断交する旨の親書を携えて訪台するんですが、この親書は安岡正篤が手をいれています。

 特に最後のところが名文なんで、そこを引用して終わりにします。

但本政策を實行に移すに當っては固
より 貴國との間に痛切なる矛盾抵
觸を免れず 時に又粗略有るを免れぬ
ことと存じますが 自靖自献の至誠を
盡して善處し
閣下至仁至公の高誼を敬請する次第
であります


 「閣下」は必ず各行の冒頭に置かれ、貴國の前は一字空けてあります。

 ちなみに、「私心を捨てて、真心を込める」という意味の自靖自献は安岡正篤が好んだ言葉のひとつだそうです。解説にも書いてありますが、安岡は大政奉還の上奏文を代筆した山田方谷の手紙を借りながら「おのが心に問ふという意味のほかありません」と『朝の論語』で語っているそうです。

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Comments

『精神現象学』長谷川宏訳を子どもの発達心理学という観点からよみすすめています。大学の先生には注釈書としてイポリットの『ヘーゲル精神現象学の生成と構造』を薦められました。観察する理性の頭蓋論を心身問題としてとらえて考察していきたいのですが、なかなか空を切るばかりでうまくまとまりません。
 まだ2回生なので仕方がないのかもしれませんね。木村敏先生の自伝は善く読んでいます。最近は触発されて『平均律クラヴィーア』を聴くようになりました。西田哲学が心身問題や現代の精神医学にどのように発展していくかに興味があります。
 なにかブログで意見があったらメールをくださると望外の喜びです。

Posted by: tanabehajime | March 08, 2011 at 06:19 AM

おお、頑張ってらっしゃいますねぇ
小生のブログもさかのぼって読んでいただいているようで、恐縮です。
そこでもつらつら書いているのですが、ヘーゲルなんか、なんも意味もわからずガリガリ読んで、ようやく「なんとなくわかった」という感じがしたのは20年後でした。それはハイデガー、ウィトゲンシュタインでも同じで、自分のアタマの悪さを恥じるばかりですが、ずっと考えてきたからこそ、我流ではあれ「分かった!」と感じられた時の喜びはなにものにも代えがたい体験だったな、と思います。
結論が出る作業ではないのですが、長く続けるつもりでやっていただくといいんじゃないかな、と思います。
バッハですが昨年NHKでやった坂本教授の「スコラ」のバッハ篇は本当に面白かったです。機会がありましたら、オンデマンドかなんか使ってご覧になってみてください!

Posted by: pata | March 08, 2011 at 01:32 PM

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