« 『グノーシス 「妬み」の政治学』#2 | Main | 広州市場・西新宿店の塩ワンタンメン »

February 27, 2011

『周恩来・キッシンジャー機密会談録』

Zhou_enlai

『周恩来・キッシンジャー機密会談録』毛里和子、増田弘(訳)、岩波書店

 久々に読書という行為を堪能しました。

 2001年に機密解除された1971年7月のキッシンジャー秘密訪中時と、翌年のニクソン訪中を準備する10月の2回目の会談、さらにニクソン訪中時の共同コミュニケを詰めるために行われたヘイグを相手に行われたの米中会談の内容が収められています。

 普通のビジネスマンにもお勧めします。凡百な交渉術の本を読むことよりも、こうした達人同士の真剣勝負のやりとりを読むことで、その準備、気合い、緩急の付け方などを学べると思うから。

 とにかく驚いたのは2点。

Zhou_enlai_sit

 ひとつは加藤陽子さんが「キッシンジャーが馬鹿に見える対談録を読んだのは初めてです。周恩来は本当に怖いです」と『戦争と日本人』の168頁で語っているほどの、周恩来の交渉術。原則は全く変えずに、あのキッシンジャー相手にメッテルニヒ論を戦わせながら議論を収斂させていく知力。正直、驚きました。毛沢東が最後まで周恩来と鄧小平を切らなかったのが、本当によく分かりましたね。おそらく、どちらも、ずば抜けた知力と、大混乱を収集できる政治的な胆力を持っていたからなんじゃないのかな、と。こんな部下を使えたら、絶対に壊したくはないですもんね。

 それと、台湾よりも主題は日本じゃないかと思うほどの、日本に関する意見交換の密度と、突っ込んだ内容。

 『戦争と日本人』でも「日本のものさしと向こうのものさしは違う」ことに日本はあまり配慮していないと語られていますが、キッシジャーの《日本人は、ほかの人々の態度に対する感受性が鋭敏ではありません。日本人の文化的な求心性のためです。私がこのことをお話するのは、この日本人の特性は、彼らを相手にしなければならないすべての者に特別の責任を強いるからなのです。あなた方も我々もです。日本を増強し続けることは可能であり、やがて日本は我々が好むような政策を全精力をあげて追求するだろうと考えるアメリカ人を、私はいつもきわめてナイーブだと信じてきましたし、今でもそう信じています》《私は日本に対して幻想は抱いていません》という率直なものいいには心底驚きました。

 さらにキッシンジャーは《我々は日本の核武装に反対します》《我々は日本の通常兵器が、日本の四島を防衛するのに十分な程度に限定することが好ましいと考えています》《我々は日本の軍事力が、台湾や朝鮮半島、またこれまでの協議で指摘したほかの地域であれ、どこに対しても膨張することに反対します》(p.197-198)と続けます。

 キッシンジャーは、日本の歴史は1945年の敗戦から始まったとは考えおらず、戦前とは正反対というのも幻想だし、もし日本が再膨張しはじめたら《ほかの国とともに日本の力の膨張を阻止するでしょう》(p.199)とまで語っています。いやー、まいりましたね。あまりナショナリスティックには反応しないタチですが、ここまで言われると、さすがにカチンとくるといいますかw。

 逆に周恩来の日本に対する見方は「ちょっと買いかぶりすぎなんじゃないの」と感じるほどの怯えっぷりなのですが、キッシンジャーは日本人が本当に在日米軍基地の撤退を望むなら、我々はいつでも撤退するが、実際にそうなったら、あなたがたは後悔するだろうとも語って、その怯えを助長させるようなことを言います。そして、なんと、この後の1頁分の原文は削除されています。

 全体でこの会談では5ヵ所が削除されていますが、そのうち4ヵ所は日本に関するものです。

 毛沢東は日本軍を恐れ、ノモンハン事件でその実力がたいしたもんじゃないとことを知ったスターリンから笑われるみたいな話を読んだことあるのですが、ここらへんは、米国側がこうした恐れを利用する形で、交渉をうまく進めていったんじゃないでしょうかね。ベトナム戦争、インドとの関係などでは、終始、キッシンジャーの鼻面を引き回していた周恩来も、日本問題に関してだけは、少しやられ気味に感じました。

 周恩来が「哲学的な話をしましょう」と切り出した最悪のシナリオは興味深い。ソ連が黄河の北側を、揚子江以南をアメリカが占領し、日本は両大河に挟まれた東側を占領するというものでした。周恩来は《過去に日本は山東と青島および上海に権益を持っていました》とも付け加え(p.48)、アメリカ側は日本に台湾問題に首を突っ込ませないようにして、台湾で独立運動が起こらないようにする責任があるとまで語るんですね(p.59)。当時は日中戦争から25年たっているんですが、まだ中国にとって日本は悪夢だったのかもしれません。

 さらに中国側が恐れていたシナリオは、日本が台湾独立運動を助け、それが成功したら軍隊を駐留させることだったんです。台湾独立は甘美な夢かもしれませんが、キッシンジャーが《我々は日本が台湾に軍事駐留することには強く反対します。台湾独立運動については、直接間接を問わず支持しません》と語ることによって、米中両国から押さえこまれることになるんですね(p.59)。

 周恩来が朴正煕政権下で自衛隊の将校が韓国軍へ支援を行っていることに抗議し(p.182)、キッシンジャーはこのことを確認した後、止めさせると約束するあたりも「まいったな」という印象です。自民党政権は、中国と米国にやられっぱなしだったんじゃない、みたいな。

 周恩来は日本に対しては弱気すぎる印象ですが、逆の見方をすれば、アメリカ側に、絶対に日本が中国や台湾に手を出させないように外堀を埋めさせたという感じがしないでもありません。

 ニクソン米大統領の訪中に関する米中共同声明(上海コミュニケ)作成を目的とした10時の再訪中時のやりとりも興味深いものでした。当初、米国側は無難な内容のものにしようとしていたようですが、その内容に毛沢東が「ちっとも気合いが入っていない」と怒り、双方が言いたいことを言い合う方法に軌道修正するんですね(p.357の訳者解説)。

 この軌道修正のやり方にまず感心しました。知恵だな、と。

 そして、細かな字句の訂正に入っていくのですが、キッシンジャー側を「このような内容に著名させるために大統領を1万2000マイルも旅させるわけにはいかない」と守勢に追い込み、最終的には、中国側の主張を後半に、米国側の主張を前にもってくることで、トーンを和らげたという手法にはうなりました(この間の細かな交渉は省かれていますが、途中の文書との比較で、そういう決定がなされたんだと思います)。

 加藤陽子さんは周恩来のすごさをキツシンジャーが馬鹿に見えると書きましたが、その後、上海コミュニケの詰めの作業に訪れる、後の国務長官であるアレクサンダ・ヘイグなんかは完全に子供扱い。と同時に、こうした中国の外交モンスターを相手に出来る日本人の政治家はいるのかな、と不安になりました。

 中国は米国との橋渡しを行い、インドとは「敵の敵は味方」の関係にあるパキスタンをどんなことがあっても助けるんだろうな、ということも改めて感じました。だから、日本の外交にとって、大切なことは、逆の意味で、インドとの関係強化なんだうな、と。

 最後に、ぼくの好きな周恩来のエピソードは、西安事件で軟禁されていた蒋介石に対して、中国共産党の代表として国共合作交渉で訪れた際のものです。二人は孫文が創立した黄埔軍官学校で、共に働いていたことがありました。当時は蒋介石が校長、周恩来は政治部副主任だったそうですが、中共の代表として、張学良に捕らえられていた蒋介石に対して「お久しぶりです。校長」と挨拶したそうです。

 いやはや、モンスターとしかいいようのない政治家ですわ。

|

« 『グノーシス 「妬み」の政治学』#2 | Main | 広州市場・西新宿店の塩ワンタンメン »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/50984876

Listed below are links to weblogs that reference 『周恩来・キッシンジャー機密会談録』:

« 『グノーシス 「妬み」の政治学』#2 | Main | 広州市場・西新宿店の塩ワンタンメン »