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February 26, 2011

『グノーシス 「妬み」の政治学』#2

 マルコ 7:22であげられている悪徳のカタログのうち、新共同訳「姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など」の「ねたみ」はマタイの「ぶどう園の労働者」と同じοφθαλμοs(目) πονηροs(妬み)であり、直訳すると「邪悪な目」です。そして、これらは《様々な悪徳をカタログ(悪徳表)化して整理したヘレニズム哲学、とりわけストア派の情念論の影響が明白》だといいます(p.14)。

 では、こうした福音書に先立つ新訳聖書の文書で最も古いパウロ書簡ではどうのか、といいますと、パウロに反対するような偽兄弟たちは「うぬぼれて、互いに挑み合ったり、ねたみ合ったり」している、と罵倒する中で使われています(ガラ 5:26)。ガラ 5:26 で使われている「妬みあっている」は「目」だけで妬みといいますか邪悪な目という意味になるφθονοsです。

 著者は《新約聖書では、財貨と価値の分配に関わる妬みが優勢で、神と人間(信仰者)との関係の排他性と信義に関わるものは少ない》と結論づけていますが、ちょっと後段で展開したい自説にとらわれすぎているんじゃないかと思います。

 こうした箇所でかいま見られるキリスト教の初期共同体の中における「妬みの政治学」をもっと分析してもらう方が、個人的にはどうでもいいと感じる神学的な問題よりも、はるかに面白いんじゃないかな、と感じました。

 だって、イエスが十字架にかかって、まだ何十年ぐらいしかたっていない時期なんですよ。そんな熱々の信仰共同体の中で、「妬み」が大問題になっていたわけですから。まあ、人間というのは猿から進化したんだな、と。それと同時に、いじらしくもなってしまうわけですが…。

 この後はプラトンなどのヘレニズム哲学で書かれた「妬み」の問題、グノーシス神話が「シリア・エジプト型」「イラン・マニ型」「混合型(マンダ型)」に分類できる、なんていう話が続きます。で、問題にしているのがナグ・ハマディ文書に多く収められている「シリア・エジプト型」。

 「シリア・エジプト型」のグノーシス神話で重要なのは《至高神が主体と客体に分化》すること(p.33)。『ヨハネのアポクリフォン』では、そこから神の流出といいますか分化が加速し、女性神ソフィアが分を超えて至高神を「知りたい」という欲求に囚われて、自己妊娠してヤルダバオート(混迷の子)と呼ばれる異形の子を流産するという具合にイマジネーションを拡げていきます。ちなみに、「知る」というのはどの世界でもそうですが、性交するという意味を含みますね。

 そして、ハイライトとなるのがヤルダバオートが「わたしは妬む神である。わたしの他には神はいない」と宣言するところ。なんと壮大な旧約聖書批判なんだろうか、と思いますよね。悪の起源を至高神の分化に見て、そこから「妬み」も生じる、というわけなんですから。

 そして、生前のイエス運動が持っていたラディカリズムがその後も生き続けられたのは、長期的なスパンでみれば、グノーシスの神秘主義的宗教性によるものだ、ともしています(p.38)。

 この後の第1章「グノーシス神話と妬み」はナグ・ハマディ文書で自身が訳された『ヨハネのアポクリフォン』のコンメンタールのような感じで、わくわくしながら読み進めることができます。

 時間のない方は、序章と1章だけを読んでも十分だと思います。

 マニ教批判のあたりは、もっと、創始者であるマーニーがほとんどひとりで神話世界もなにもかもつくりまくってしまって(ムハマンドに似てますな)、いまひとつ破綻している面白さというか、突き抜けるところがない、みたいなところを書いた方がよかったのかな、と思いました。

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