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January 22, 2011

『米・百姓・天皇 日本史の虚像のゆくえ』

Rice_farmer_emperor

『米・百姓・天皇 日本史の虚像のゆくえ』網野善彦、石井進、ちくま学芸文庫

 日本史学界のスターだった網野善彦さんは、他分野の第一人者との対談を多く残していますが、本業である日本史の専門家、しかも中世史の大御所である石井進先生とじっくりとやった、このような対談は珍しいとのこと。解説「歴史ロマンと実証が出逢うとき」で伊藤正敏さんが書いていますが、網野さんがやった対談の多くは、網野説が定説であるということを前提としているのに対し、この本では石井さんが、網野史学の根拠に疑問を投げかけているところが素晴らしい。

 ぼくも単なる歴史好きなのですが、最後の解説では、そうした人間のために、前提となる基礎知識を改めて教えてくれていて、それが、とてもありがたいです。

1)古代律令国家は権力を独占しており、それが中世になって分裂したというのは俗説で、中国の先進制度を背伸びして形だけ模倣したに過ぎず、日本国家の統一は古代から近世まで漸進的に進められ、廃藩置県を経て明治に完成した。

2)水田からの税を財政の中心に置くのは日本だけの特徴。米一石とは人間一人が一年食べていける米の量だが、律令で班給される二反で収穫できるのは一石で、それではカロリー的にも家族は食べていけない。網野さんの「水田中心史観への批判」は根拠があり、柿や栗が食料して利用されていた。

3)明治政府が壬申戸籍をつくる際に、人々を士農工商のどれかに当てはめためので、農民が8割ということになったが、これは実態ではない。しかも、江戸時代に農工商の身分差別はない。

4)日本でも中国でも商業が盛んに行われたのは寺院。儒家は商業を毛嫌いする。このため明治政府も儒教道徳の農本主義を採用して、士農工商のような偏見となった。

5)歴史学全般にいえることだが、通俗常識はほとんど明治政府のつくったイメージに由来する。

 これだけでも、この対談を読んだ価値はあります。

 対談で面白かったのは、商業のあたりですかね。

《網野 塩は土器で大量につくれば、売らなければなりません、もともと交易を前提にした製塩ですね。これは縄文時代に確実に遡ります》ということで、塩で加工することによって交易を前提とした漁業も縄文時代からあるそうです(p.110)。

 また、日本史の支配者たちを農本主義と重商主義で分けて、農本主義は合議タイプ、重商主義は専制タイプとしているあたりは、対談らしい、一番面白いところです(第七章)。そして、なぜ重商主義が専制タイプになるのかというと、道や海や川、さらには交通手段や流通を広く押さえなければならなかったからだ、と。

 《時代的に見て、スペインは絶対主義、そのスペインが、こちらにどんどん出てきて、それと張り合うんだから、織豊政権も初期絶対主義》(p.190)あたりは、新しい視点でした。

 さらに手形、切手、為替、寄付、大引、相場や飛ばし、談合などの商業用語は在来語なのに、資本や労賃などの経済用語は全て翻訳後だったというのは、江戸時代の商業流通システムが世界最先端だったということと同時に、経済学という学問自体が遊離していることを表していて、実に鮮やかな対比だと思います。

 《石井 現在の日本の政治の混迷は、結局、重商主義的な国際環境の中では、農本主義的な、合議主義や根回し的なものでやってられなくなっているのに、日本の政治構造が基本的に全然変わっていないと、そういう事態としても解説できますね》(p.192)というあたりは、この対談の行われた1998年頃から、あまり変化してないな、とも感じます。

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Comments

(3)については、脱亜入欧と言われながら、実は漢や儒への傾倒も強くあったというのは面白いですね。渡辺『東アジアの王権と思想』あたりにそうした議論の整理があったように思います。

Posted by: hisa | January 22, 2011 at 10:23 PM

4)を含めると、なんか今の中共の社会主義市場経済ではないのですが、江戸期・明治期も含めて、儒教的商業主義みたいな考え方が深く根付いていたような感じがして、面白いな、と思います。

Posted by: pata | January 23, 2011 at 10:56 AM

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