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January 04, 2011

『シリーズ中国近現代史2 近代国家への模索 1894-1925』#2

Figi

『シリーズ中国近現代史2 近代国家への模索 1894-1925』川島真、岩波新書

 科挙の主席合格者は状元といいますが、1894年(光緒20年)の状元であった張謇は合格後も官職に就かず、地元である江蘇省南通で実業救国を掲げて綿紡工場を開設して軌道に乗せます。19世紀後半の内乱後には、こうした地域エリートが活躍するのですが、彼は日本も訪問。立憲政体の必要性を痛感し、かつて私的教師をつとめていた袁世凱に「中国の伊藤博文」になれ、とうながしたそうです。このエピソードは印象的でしたね(p.76)。

 光緒新政では、社会的ダーウィニズムといいますか優勝劣敗思想に感化された漢人が、辺境の人々を劣者として認識するようになった、といいます。元々、清朝はモンゴルやチベットを重視していましたが、この時期に「辺境」へ転落し、間接統治から中央による直接統治に向かいます。清朝皇帝はモンゴルの大ハーンとしてチベット仏教の保護者でもあったのですが、この時期からチベット仏教を「遅れたもの」と見なすようになっていったそうです(p.78-)。ここらあたりも印象的ですね。現代中国の問題の原点の一側面を見たような気がします。

 清の故地である満州にも東三省が設けられますが(p.79)、ぼくの勉強が不足すぎなかもしれませんが、東三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)ってこの頃に建省されたんですねぇ…。知らなかった。

 こうした中、いよいよ「中国」という国名が浮上してきます。この本では梁啓超の「吾人がもっとも慚愧にたえないのは、わが国には国名がないことである」として王朝名や支那という呼び方ではなく、自尊自大の気味はあるが「中国」がよく、歴史も「中国史」としてとらえるべきだ、という文章を紹介しています(p.80-)。そして、「中国何千年の歴史」というフレーズも、梁啓超たちの考え方とともに広がっていったとのこと。

 この後、夏目漱石の「支那人といわれるのを厭がる」という当時の日本人を批判した文章が紹介されるのですが、日本が自らの位置づけを中国を鏡としながら確認してきたという手法からも、当たり前ながら日本の自己認識にとって中国は重要だったとします(p.85-)。日本の世界観が「東洋、日本、西洋」という三分法といいますか複眼的に成り立っているのに対し、それまでの中国は自己のアイデンティティの形成にそれほどアジアは重要ではなかったわけです。しかし、孫文が死の直前に日本へ立ち寄った際の講演で、日本は西洋の覇道の番犬となるか、東洋の王道の牙城となるのかと問いかけているのは、そうした自信の揺らぎを感じます(p.214-)。つまり、日本は一気に日清、日露の戦争に勝ってアジアなどあっという間に卒業してしまったと感じたのに対し、冊封・朝貢によってアジアの王者であった中国は自信を失っていっんだな、と。しかし、中国と日本でアジアを代表させ、冊封・朝貢に肯定的だった孫文の講演のような考え方は、朝鮮半島では反発されたそうです。いやー、難しいもんですな。

 さて、日本への留学生も増えていったのですが、冷たいご飯に生卵だけという食事が口に合わず、神保町にあった維新號などの中華料理店に通い詰めていたそうです。また、「裸体を他人にさらす習慣のなかった彼らは銭湯が苦手だった」というような習慣の違いにも苦しみながら(そもそも入浴の習慣も限定されていたとは思いますが…)、纏足をしていない日本の活発な女性たちに驚いていたそうです。そして、蒋介石が公園を見れば上野公園と比べるような近代のひな形が留学生たちに植え付けられていきます(p.95-)。

 三章の扉を飾る、宣統帝の写真は印象的です。永井荷風が『十九の秋』で以下のように辮髪の美しさを称えた文章そのもののような姿。でも、これでは、近代は乗り切っていけなかったんですな。そして、日本人が丁髷を切ったように、ザンギリ頭にして、世界に立ち向かっていくわけです。

 なかなか、頑張っていたけど結果がついてこなかった清朝後期の歴史に敬意を表して、この文章を紹介したいと思います。

 当時わたくしは若い美貌の支那人が、辮髪の先に長い総のついた絹糸を編み込んで、歩くたびにその総の先が繻子の靴の真白な踵に触れて動くようにしているのを見て、いかにも優美繊巧なる風俗だと思った。はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな色の幅びろい縁を取った胴衣を重ね、数の多いその釦には象眼細工でちりばめた宝石を用い、長い総のついた帯には縫取りのあるさまざまの袋を下げているのを見て、わたくしは男の服装の美なる事はむしろ女に優っているのを羨ましく思った。

 面白いので、まだまだ書きます。

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