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January 09, 2011

韓国の印象#1

Hankasii

 関東周辺に住む約2000万人の生活にとって、2010年において最も大きなインパクトを与えたの出来事は羽田の新国際線ターミナル開業ではないでしょうか。日経の10年ヒット商品番付でも横綱を与えられていましたし。

 ぼくも旅行は大好きですが、まとまった休みがなかなかとれず、とれた場合も基本ヨーロッパに行っていたので、なかなかアジアに目は向きませんでした。

 なにせ、成田まで行かなければなりませんでしたから。

 だいたい、運輸官僚が最初にボタンを掛け違えて、その後の対応も生意気だったからあんなにコジれて開港も遅れてしまったわけですし、最初から祝福された空港とは感じられませんでした。海外旅行に行くという楽しみのために苦しまなくてはならない試練、みたいな空港ですよ、成田なんて。

 その点、羽田はいいです。都心や横浜から20分ですもん。

 「これなら、アジアに気軽に行ける!」

 羽田の本格的な再国際化にあたってまず思ったのは、そのことでした。

 ということで、年末までは忙しかったのでmixiやTwitterに「12/26からアジアに行く!」と宣言したら、韓国在住で、このblogを読んでいただいているhisaさんから「ぜひ!」ということでしたので、サクッと航空機とホテルを予約して行ってきました。

 これまで、個人的に親しくしていただいた旅行代理店がナニしてしまったので、今回は「ま、とりあえず使ってみようか」ということでHISを利用。航空機はアシアナ航空と共同運行している「愛するANA」の羽田~金浦の早朝発、夜間着便を確保しました。几帳面な日本人がガッチリ整備している機体で飛べる安心感はかけがえのないものだと思っていますので、これからも基本はANAで飛んでいきたいと思ってます。料金はTAX込み \46,640でした。

 泊まりは改装なったばかりのソウルプラザ。新しいホテルが好きなんで、次に行く台湾でもパレドシンを予約したんですが、とにかくシングルの三泊四日で\82,400というのはウォン安を実感しました。

 ということで、シーケンシャルな旅行記を書いてもしょうがないと思うので(日記は別なところに書きましたし)、印象的だったことをまとめたいと思います

[国立中央博物館]

Stone_knives

 韓国史に関しては詳しくないし、その上あまり調べないで勢いで書きますので、間違いは多々あるかとは思いますが、その場合は平にご容赦ということをお願いします。

 が、とにかく、ここは良かった。

 日本でいえば弥生時代から古墳時代、韓国でいえば無文土器時代から三国時代というのは、かなりの部分、文化を共有していたんだな、ということを強烈に実感できます。

 最初に驚いたのが石包丁。

 中国東部の遺跡から発した石包丁は、朝鮮半島では無文土器時代の遺跡から出土しますが、もう日本の中学校あたりの歴史で習う弥生時代の石包丁と同じ。稲作の伝播に伴い、徐々に南下していったんだな、ということで、中国、韓国、日本で出土する時代の違いに現われると思うのですが、稲作に寄与した刈り入れ道具が、当たり前のことなんでしょうが「ここまで同じだったとは…」とその交流の歴史に頭を垂れます。

Bronze_spearhead

 青銅器時代の間でも、銅鉾のあまりの日本で出土するものとの類似に驚かされます。

 銅鉾は朝鮮半島から入った後、九州で生産されていましたが、その後、鉄器時代となって、荒神谷遺跡のように大量に埋葬したような例もあるわけですが、こうした当時の日本というのは流行を最も遅れて受容していたんだな、といじらしくなってきます。

 さらに驚いたのが、高句麗時代の墓(江西大墓、7世紀前半頃)。日本のキトラ古墳(7~8世紀)のように青龍、白虎、朱雀、玄武の四神図が描かれているのですが、まあ、当たり前ながら、そっくり。

 残念ながら日本のキトラ古墳の四神図は湿気でボロボロになってしまいましたが、その、良くできたオリジナルを見せてもらった、という感じを受けました。彩色も見事としかいいようがありませんし、特に玄武の躍動感あふれる足の描き方なんかは素晴らしい。その前の時代に、韓国でも大量に残されている飛鳥の石舞台のような遺跡を含めて、長く同じような文化が日本にもらされてきたんだな、ということが実感できました。

Genbu_kitora

 百済の間には倭に贈られた国宝・七支刀と同じ出自であろうものが展示されていますし、鏡も含めて、中国から朝鮮、そして日本へという流通ルートを実感できます。

 日本史というのは、当たり前ですが、日本海を挟んだ大陸、半島との交流というものを、もっと意識しないと、理解が深まらないんだろうな、と改めて思います。

 日本との交流といえば、渤海。朝鮮半島は高句麗・百済・加那・新羅の時代から統一新羅になっていくわけですが、もうひとつ、渤海という国が高句麗の遺民によって建てられます。渤海と日本の交流は926年の渤海滅亡までの200年も続くんですから、表から裏から、いろいろ交流は深いんだわなぁと。

 李氏朝鮮あたりの展示がやや足早なのには、まあ事情があるんでしょうということですが、李氏朝鮮の王たちのなんとも憂いを秘めた肖像画も印象的です。

Wondanggamjatang

 3階の磁器の館も見逃せません。実は、同じ日にLeeum三星美術館でも高麗青磁と李朝白磁の国宝級のをたくさん見させてもらったのですが、ここでも、同じぐらい素晴らしい青磁、粉青沙器、白磁を見ることができました。一生分ぐらいの素晴らしい銘品を見まくって、いやー、眼福でした。

 3階には半跏思惟像もいらっしゃるのでもちろん会いにいきます。ひとつの独立した部屋を与えられるぐらい重要な作品。ひとりでしばし対面できたのもラッキーでした。

 ソウルを4日間、ウロつきまくったのですが、日本と違って仏教寺院はほとんど見かけませんでした。なんでも、仏教弾圧で寺院などは、都市部にはあまり残っていないとか。

 この半跏思惟像といいますか、弥勒菩薩も、本来、収められているべきお堂を持ちません。

 にしても似ているな…とおもいつつじっと対面していたのですが、それと同時に、日本の弥勒菩薩は広隆寺や中宮寺などのお堂が残っていて幸せだわな、と感じました。

Wondanggamjatang2

 ということで、二村から地下鉄で明洞にもどり前日、美味そうだなと思ったウォンダンカムジャタン(豚の背骨肉やジャガイモ・野菜の入ったピリ辛鍋)の店で、マッコリ相手にひとり鍋をやりました。

 大中小の鍋でもちろん小を選んだんですが、それでも多すぎ。でも、んまかった!これから、自分でつくるチゲ鍋にも、ジャガイモを必ず入れようと思いましたね。

 ここはたぶん「ウォンダンカムジャタン 明洞1号店」だったと思うのですが、全国で50店舗を持つチェーン点なのに、おばちゃんたちがでっかい鍋で炊いたご飯を、床に座り込んでご飯入れにせっせとつめるような雰囲気があって、それも良かったです。

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