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November 20, 2010

『シリーズ中国近現代史3 革命とナショナリズム』#2

『シリーズ中国近現代史3 革命とナショナリズム』石川禎浩、岩波新書

 この本読んで孫文のイメージも変わりました。国民党というのは孫文個人への絶対的な忠誠を誓うほとんど宗教的な組織というイメージさえある一方、党規約がロシア共産党を元にしている点、軍事顧問としてコミンテルンからの派遣武官を受けている点、さらには軍閥に対抗するために赤軍に似た国民党の軍隊づくりを目指していたところなどは「ほほう」と思いましたし、中国共産党以上にソ連からの活動資金を得ていた「慮布党(ルーブル党)」(p.7)だったということは知りませんでした。

 孫文の死は1925年3月ですが、その前年の1924年1月には孫文の方針に従って国共合作が行われ、中共の党員も広東政府から微禄を受けられるようになります(ちなみにレーニンの死は1924年1月)。

 こうした中で北伐が開始されたのは1926年5月。北伐の進展にはスターリンも喜び、農民運動・労働運動のうねりは長江流域までひろがりを見せます。そして租界を実力で回収する動きも出てきて、上海では3回も武装蜂起が起きます。

 閑話休題ですが、この時期の上海を舞台にしたアンドレ・マルローの『人間の条件』は中学生ぐらいの時に読んで感動しましたが、いまは絶版なんですねぇ。それはともかく、1927年の上海での武装蜂起を弾圧した蒋介石ですが、前年の26年秋にはモスクワに腹心を送り「国民党は共産党とコミンテルンの指導のもとに、その歴史的役割を完遂する」という演説までやらせているんですな。蒋介石は翌年の27年4月には早くも反共弾圧を開始し、クーデーターで国民党の武漢政権に対抗した南京政府を樹立することになるんですが。

 この段階で国民党は武漢と南京にふたつの政権をもつのですが、蒋介石は調整のためいったん下野し、27年9月には日本を訪問します。そして有馬温泉で孫文夫人の宋慶齢の妹である宋美齢と婚約、孫文の義弟という立場を手に入れて凱旋。蒋介石は国民革命軍総司令官に復帰、北伐を再開。6月には北京に無血入城します。

 この直後に日本が起こしたのが済南事件と張作霖爆殺事件。時の田中義一内閣は居留民の保護を名目に第二次山東出兵を行い済南市街で中国側軍民3000人以上を死傷させます。

 《済南事変は、出先機関(現地軍)が事件を拡大・激化させ、それに軍中央・政府が追従して軍増派を行い、それを「暴支膺懲」(乱暴な中国に懲罰を加える)を叫ぶ世論が後押しするという一連の呼応関係の面からいっても、のちの日本の対中国侵略パターンをすべて備えたものであった》(p.50)というあたりは、なにやら最近の尖閣沖の中国人船長逮捕後の報道や国民の反応を想い起こさせるものがありますねぇ。とにかく筆者は日中戦争は1931年の満州事変からの15年間を指しますが、済南事変は予行演習だった、とまとめます。

 6月に北伐軍から追われるように北京を脱出して奉天に撤退する張作霖を爆殺する計画は関東軍高級参謀河本大作によって仕組まれましたが、これが実行された時、息子の張学良は民族独立を強く意識するヤング・チャインとして国民党と手を結び、12月には易幟(えきし=旗印を変えること)を実行して、東三省にも青天白日旗が翻ります。

 勢い乗った張学良は29年にソ連との武力衝突まで行いますが、かつて北伐軍の顧問もつとめたブリュッヘル率いるソ連軍に大敗。この時以降、黒竜江(ウスリー川)の島は2008年までソ連・ロシアに占領されます。ちなみに張学良は満州事変に対して、日本軍が傀儡政権を樹立するまでのことは《絶対にありえないと思った》と書いているのですが(p.75)、素晴らしい判断と致命的な判断ミスが交互に訪れるような人生だったように思います。

 こうした中、蒋介石と反蒋介石派との抗争も本格化、30年に行われた中原大戦には双方あわせて100万人を動員、30万人が死傷します。この内戦にかろうじて勝った蒋介石ですが、再び内戦が勃発。しかし、そこで発生したのが満州事変。日本の中国侵略を前に調停がはかられ、いったん蒋介石はまたもや下野します。しかし、孫文の息子である孫科らの政権は基盤が弱く、再び蒋介石が軍事委員会委員長として復帰します。自分の浅学非才ぶりにはもう驚きませんが、蒋介石がこんなに下野好きだったとは知りませんでした。

 南京政府はようやく安定し、経済的にも成果をあげ、35年11月には国民政府が幣制改革を行い、米国政府のドルをバックに管理通貨体制に移行します。そして36年には農作物の豊作もあいまって、経済は回復していきます。世界恐慌に伴う銀の価格低下が銀本位制をとっていた中国の外国為替レート切り下げと同じ効果をもたらし、しばらくは経済にプラスに作用した(p.71)という話は、すぐに崩れるにせよ、面白い指摘だと感じました。

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