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November 07, 2010

『ポールソン回顧録』#1

Paulson_in_the_blink

『ポールソン回顧録』ヘンリー・ポールソン、有賀裕子 (訳) 、日本経済新聞出版社

 あまりにも面白いのと、内容が専門的なために、何回かに分けて書きます。最初は金融危機の発生と、ベアー・スターンズの救済まで。

 まず、著者であるポールソン個人について驚くのは、そのビジネス・スタイルと信仰、貧しい食事。

 ポールソンは「記憶力に恵まれているため」電子メールは使わず、会議に資料は持ち込まず、ブリーフィングメモも読まず、電話を多用するという仕事のスタイル(p.12)。わざと、証拠が残らないようにしているのかな、と。

 クリスチャン・サイエンスの信者っぽいことは知っていたのですが、金融危機の時に眠れないからといって用意した睡眠薬をトイレに流すほどのゴリゴリとは知らなかった。アメリカはカルトの国だなぁ、と。ちなみに広報紙クリスチャン・サイエンス・モニター(聖教新聞みたいなもんですかね)は某櫻井よしこがジャーナリスト(笑)生活をスタートさせたところ(現在は販売不振でWeb版のみ)。

 また、バーナンキとの朝食会でいつも注文するのはオートミール、オレンジジュース、氷水、ダイエットコーク。ダイエットコークは大好きで、いろんなところに持ち込むんだけど、これが健康と信仰に矛盾していないんですかね…まあ、どうでもいいけど呆れてしまいます(p.88)。

 あと、ポールソンが最も信用している外国人は中国人要人なんですね。ファニーメイとフレディマック救済でも、発表後すぐに周小川人民銀行総裁、王岐山金融・経済担当副首相に会い米国証券のポジションを継続することを要請しているほど(p.35)。

 これにはゴールドマンのアジア担当だったということも影響しているようです。92年、江沢民と会いアメリカ経済を勉強しているという江沢民が「資産イコール負債プラス資本ですよね」と語ったことをあげ、アメリカのリーダーたちが、これほど完璧にB/Sの要点を語れるだろうか、と賞賛しているのには驚きました(p.54)

 さらに彼は財務長官就任を一度、断ったんですが、その後、周人民銀行総裁からサシで話しがしたいと言われ「財務長官のポストをお受けになるべきです」と言われ、情報網に舌を巻いた、と書いています(p.61)。さらに財務長官の就任を内諾した時、中国との経済関係を維持・発展させたいとまずブッシュに伝え、米中戦略経済対話を開始したことを大きな業績としてあげ(p.77-)、対中制裁法案の成立を阻止する、と(p.81)。

 また、米財務省について「主に政策決定を担っており」「支出規模はきわめて小さい」「内国歳入庁による課税もやはり聖域である」というんです。ただし大恐慌時代の法律によって、大統領と財務長官には非常事態に対応するための規制権限が付与されている、というのは、金融危機の際に財政当局の「できることとできないこと」を考えながら読むのに、なるほどなと思いました(p.75)。

 さて、ポールソンがフレディマックとファニーメイ(GSE)の成り立ちの複雑さについてジョギングしたばかりの格好で職員から説明を受けるのは08/8/17。

 二社とも住宅購入者に直に貸付をするのではなく、主として、記事までのローン返済を保証する保険を売り、これが証券化されて投資家に売られていた、と。州税と地方税を免除され、財務省緊急融資枠が設けられていために、米国政府の信用に支えられていると世界中から思われていたが、それは事実ではなかった、と。しかし、信用保証料とMBS(モーゲージ担保証券)の受取金利とコストの差額=スプレッドによって業績を伸ばしていた、と。2社は4兆4000億ドルを保証していたが、緩すぎる規制によって過大になりすぎたレバレッジに比べて資本は過小だった、と(p.82-)。

 ポールソン回顧録#6膨大な債権を抱えた会社にとっては信用デリバティブがリスクヘッジとなるとブッシュ大統領に説明したところ、最初に出た質問は「純粋な投機が占める比率」について聞かれ、わたし自身も知りたかった点である、と書いてブッシュをよいしょしているのにはちょっと笑いましたが(p.71)。

 とにかく、こうしたバブル崩壊の直近の原因としてあげられていたのは低金利。ITバブル崩壊と9.11後遺症からの立ち直りには役立ったが、住宅ブームを煽る一因ともなった、としています(p.91)。

 危機の兆候が見えた時に、投資銀行に対して求めたのは資本増強、ベアー・スターンズは中国の中信証券と相互に10億ドルずつを出資、モガン・スタンレーは中国投資有限責任公司に自社株を50億ドル売却、メリルリンチはシンガポール国営のテマセックHDに44億ドルの株式を引き受けてもらった、と。それなのに、リーマンは合計217億ドルで住宅用アパートメントの所有・管理を手がける会社を買収したりします。このリーマンの無能っぷりは、北海道拓殖銀行の破綻直前の行動を思い出させますね。アホやな、と。

 ちなみに、ポールソンがゴールドマン・サツクスのCEOをつとめていた頃、万が一、流動性危機が起きたときに備えて、ニューヨーク銀行の貸金庫に決して投資や融資に振り向けない600億ドルの現金を保管していたそうです(p.132)。

 結局、ベアー・スターンズはJPモルガンに買収されるのですが、300億ドルの政府保証を投資銀行に対して行う際に、FRBと財務省は「融資の安全宣言」を行って担保を保証することまでしたのですが、それでも、ベア-・スターンズの取締役会がJPモルガンに買収されるぐらいなら破産するという不合理な道を選ぶ可能性にも苦慮したというあたりは、最高責任者ならではの話だと思いました(p.153)。

 この救済劇に関してはp.160にまとめられています。JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは素晴らしいディールを行ったと言われてるけれど、成立するかどうかは最後まで不透明だった、というのが結論ですが、もちろん、それは始まりの終わりだったわけです。

 この後、フレディマックとファニーメイの公的管理、リーマン・ブラザースの崩壊までの歩みが354頁まで克明に記録されていくのですが、それはまた、後で。
 
 にしても、日本の財務当局、金融関係者の影の薄さには、正直、ガックリです。グリーンスパンの自叙伝には宮澤元大蔵大臣・首相への尊敬の念があふれていたのに、リーマンショック時の中川昭一財務相に関しては、G7でも恒例によって会談し、三菱UFJのモルガン・スタンレーへの出資について、中川が「注視しておく」と発言したことに関して、なんか皮肉っぽく「これ以上は期待できないほど有り難い言葉だった」と書いてるし、リーマン・ショック前にコールガールとのスキャンダルで辞任したシュピッツァーNY州知事に関する記述よりもあっさりしているぐらいでして…。さすがに死者にむち打つような泥酔会見のことは書いてませんでしたが、《過去二年間で四人目の財務相》というあたりで、全然、相手にされていない感じでした(p.441-)。

 日本のマスコミはなんでも4文字に略することに執念を燃やしますが(スパコンとか)、アメリカの金融関係者はなんでも3文字の略語にすることに執心するようです。冒頭にかかげられている略語一覧ど、ARM、CDO、CPP、ECB、FSB、MBS、MMFなどが並んでいる様は、ちょっとクラクラッとするぐらい。

 これはちょっとしたことですが、翻訳家が女性ということでアメフトのことを知らないためか、ダートマス大学時代に「オフェンスラインを努め、二十キロ異常も体重の重い相手チームのオフェンスからタックルされることもしばしばだった」という誤訳があったかな(p.43)。タックルを受けたのはディフェンスでしょうからねw

 しかし、投資銀行という名前はかったるすぎましたね。もっと正直に「手張銀行」とか「手張証券」とかに変えるべきだったなと思います。

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