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October 08, 2010

『思想家の自伝を読む』

Autobiography

『思想家の自伝を読む』上野俊也、平凡社新書

 読もうか読むまいか悩むのが、哲学者といいますか思想家の自伝。

 とりあえずテリー・イーグルトンの『ゲートキーパー』とルイ・アルチュセールの『未来は長く続く』について何が書かれているか紹介されているので、読んでみた、という感じですかね。

 テリー・イーグルトンはカトリック修道院の門前の小僧(ゲートキーパー)だったのですが、こんな感じで自分を振り返っているんです。

 この建物の側廊は性欲と癇癪の波にもまれ、レズビアンの饗宴の残滓が撒き散らされ、とげとげしい野心の悪臭がしていた可能性がある。あの宗教的な回転台には流血を伴う競争や肉欲の儀式が隠されていたかもしれない。(……)一種のポストモダニストなら彼女たちが互いにセックスしていたかどうかだけに興味を持つだろう、たとえセックスしていなくても、喧嘩や意地悪、つむじ曲がり、不機嫌、恋愛関係などは確かに存在し、全体で一つの複雑な小型政治組織をなしていた。

 カトリシズムは厳密な思考と審美的な象徴主義を、分析的なものと美的なものを結合した世界だった。だから私が後に文学理論家になったのはおそらく偶然ではなかった。理屈と神秘が相容れないとは思えなかった。

 (カトリック信徒は)「リベラリズムに対する本能的な反感」ゆえに左翼的傾向を持つ、なんていうのも、頷けます。

 ぼくも大好きですがイーグルトンの皮肉や悪口は超一流。まさに《罵倒と捨て台詞の巧みでない者は批評家の名にあたいしない》(p.47)という感じ。

 イーグルトンは多作家ですが、イギリスでは本をたくさん書くのは育ちの悪さを示すものと受け取られ、大学の職を得るのに苦労したそうですが、それでも書くことをやめられないとして、そうした性癖について、こんな風に書いてます。

 近親相姦と動物性愛は他の誰かと話し合うのは不可能なことである。(……)私がいまのようにたくさん書くのは主としてそれが楽しいからであり、それは人が異常性愛や鶏のレバーを楽しむのと同じようなものだ

 こんなあたりもすごいな、と。

 マルクスが言っているように、徹底的に革命的で、ファウスト流の欲望を無制限の推進力としているのは資本主義のほうであって、私たち人間を、労働し、社会生活を営み、物質的に限られた存在としてその謙虚な根底に呼び戻そうとしているのが社会主義なのだ

 というあたりは、コミューン主義者としてのマルクスへの美しいオマージュでしょう。

 アルチュセールの自伝は、そのタイトルである『未来は長く続く』と、冒頭で愛する妻エレーヌを絞め殺してしまった直後の描写がすごいと思いました。

 エレーヌの顔は激しい恐怖に襲われた、エレーヌの目はいつまでも一点を見すえているし、それに加えて舌の先が、唐突な、しかし平然とした様子で、上限の歯と唇の隙間からのぞいているではないか。(……)エレーヌを絞め殺してしまった。

 もうこれぐらいにしておきますか。

序章 不良中年が思想家の自伝を読みなおすきっかけ
第1章 書物という他者たちから語る
テリー・イーグルトン『ゲートキーパー』
ジョージ・スタイナー『G・スタイナー自伝』
コリン・ウィルソン『発端への旅』)
第2章 自己を語ることの策略
ルイ・アルチュセール『未来は長く続く』
ジャン=ポール・サルトル『言葉』
ミシェル・レリス『成熟の年齢』)
第3章 抵抗する自己の生
きだみのる『人生逃亡者の記録』
大杉栄『自叙伝』
林達夫『歴史の暮方』)
第4章 死ぬことを学ぶ、自己を語りはじめる
エドワード・サイード『遠い場所の記憶』
谷川雁『北がなければ日本は三角』)

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