ゲルト・タイセン講演会「イエスは実在したか」
08年に28年間つとめられたハイデルベルク大学教授を辞したのを機に、日本聖書学会などがゲルト・タイセン名誉教授を日本にお呼びして福岡・大阪・東京で計5回の講演を行っているんですが、聖書学会の9月例会として銀座・フェニックスプラザで開かれた「イエスは実在したか イエスの歴史性に有利となる論拠」と題する講演を聞いてきました。
いろいろ良かったのですが、例えばマタイ11:7の「風にそよぐ葦」のあたり。超有名な箇所で、しかも、その背景にはヘロデ・アンティパスの硬貨がある、ということもちょっと学べば得られる情報です。アンティパスはそれを誇っていたかもしれないけど、本来であれば領主の頭部が刻印されるべきところに葦が描かれてていたのをガリラヤ湖周辺の住民たちはあげざけっていただろう、と。アンティパスは風にゆれる葦だ、と。
ヘロデ・アンティパスの小さな青銅の硬貨が、限られた彼の領地とその近隣地でのみ出回っていたということを考えると「この限られた地域以外では、葦に例えたアンティパスに対するイエスの皮肉は誰も理解できなかった」ということで、この言葉が実際に語られたことの証明になる、というあたりは名調子。
また、最初に書かれたマルコ福音書でイエスを捕らえにきた兵士の耳を切り落とした人物が無名で、新約では最も後になって書かれたヨハネ福音書でペトロとなっているのは、兵士たちが存在している間は名前を明かさないことで「その者たちを保護するため」だったというのも初めて聞いた説明でしたね。
また、Oral Jesus Traditionを一番上に置き、マタイ特殊資料、Q資料、マルコ、ルカ特殊資料が次の世代になってマタイとルカがつくられ、さらにトマスやヨハネが書かれ、外伝なども続くという図は直感的でわかりやすかったです。

ここから、イエスの言葉の言語様式を12のフェーズに分けて考えられるという方向にもっていって「個々の様式において、少なくとも一つの言葉を真実のイエスの言葉としてあげることができると確信しています」というあたりは本当かな…とは思いましたが。
またタイセン先生といえば「放浪のラディカリズム」。あっちこっち移動しながら基本的には「神の王的支配は近づいている」というメッセージを伝えていたというイエス自身のライフスタイルを保持していたのは、同じような放浪の宣教者たちだったというのは、なんとも詩的なイメージも感じて好きなのですが、「このようなラディカルな発言を和らげないことに彼らは関心を注いでいた」というのを直に聞けたのは嬉しかったかな。この「放浪のラディカリズム」というライフスタイルを実践していた人物は、イエス以前にはガウラニティス付近に生まれたユダ・ガリアイオスしか見つけられなかったというのも、初めて聞いた話でした。
弟子たちのイエスとともに神の王的支配が到来するという期待は、十字架刑によって覆されたが、幻視によってイエスを見る人々が多くなり、しかも見たのは「神ではなく、イエス」だったということが、イエスは人間以上の者であるということを信じるようになったという結論も短い講演でしたがよかったです*1。
なおカッコ内は、佐藤研先生によるドイツ語版レジュメの邦訳です。
*1
もう少し詳しく引用しますと「このような亡き人の幻視は残された人々の間でよく起こり得ることです、イエスの弟子たちはかつて、『心の清い人たちは神を見る』(マタイ5:8)という言葉を信じていました。しかし、弟子たちが見たのは神ではなく、イエスでした。それによって彼らは、イエスは人間以上の者であり、イエスは神の側に立っていると固く信じるようになったのです。イエスと共に到来するはずだった『神の支配』は、実はすでに始まっていたのです」となります。
また、これは質疑応答の時に出た話なんですが、マタイ19:28で「はっきり言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に座るとき、あなたがたも、わたしに従って来たのだから、十二の座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる」と語っている言葉を敷衍すると、弟子たちは小さなメシアになる、と読める、と。しかし、ユダヤ教の世界では、あくまでメシアは人間。なので、イエスが人間以上の者であるという考えは、やはりイースター以降に広がったんだろう、みたいなことも語られていましたかね。
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