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August 06, 2010

『人生の色気』

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『人生の色気』古井由吉、新潮社

 思い出したのは吉本隆明さんが語り下ろしでしか本を出せなくなってからの『超恋愛論』『中学生のための社会科』『僕なら言うぞ!』『ひきこもれ』『13歳は二度あるか』『よせやぃ。』などの本。

 想定していた読者の枠から大きくかけ離れた層に、それまで管理してきたイメージを壊して、優しく、しかもけっこう下世話に語りかけている点が似ているかな、と。

 古井さんが手取りの月給が10万円に届いていない時代の大学教師を辞めて書いた第一作は240枚の『杳子』ですが、当時の文芸雑誌の原稿料は600円から1000円なので、当分の計算は立った、なんていうあたりから第一章「作家生活四十年」を語り始めます。

 当時、「自己解体」をスローガンに学園紛争に熱中している学生たちを、古井さんは《目に見えない何かに対するツケのようなものを支払っている風に見えました》(p.23)と書いていますが、それが可能だったのは経済成長を当たり前だと考えていたからだ、と。そして《経済は人の社会を外部から根本的に変えてしまい、どう変わったのかも気づきにくい》とも。

 そんな話から、《不祝儀の場の年寄りの振舞いに、男の色気は出るもんなんです》《喪服を着て、お焼香をして、挨拶して、お清めをして帰ってくるだけのことが、いまの男は、なかなかサマにならない》(p.44)なんあたりに飛んで、さらに男に色気がないから、いまの女性の化粧は他人を拒絶するような印象を受ける、というところまでいきます。

 第二章「焼夷弾の炎からはじまる」では、《でも、目の前で生まれた家を焼かれてしまえば、もう、ほかの記憶はみんな消えてしまいます》(p.59)という印象的なフレーズがはじめの方に出てきます。日本の《一般大衆は、大空襲によって、初めてアメリカの物量を肌身で感じました。力づくで近代の洗礼を浴びたんですよ》とも。今日は、広島の原爆記念日。家どころか、街全体が一瞬で消えた経験をした人びとは、どのようにその喪失感を乗り越えたんでしょうかね。

 《人間には、破壊の欲望があるもんなんです。すべてが壊された時、人は解放される。人はそれぞれ、過去にろくなことを抱え込んでいないでしょう》(p.61)なんてあたりもいいな。

 例によって、この調子で紹介していくと、読書の楽しみを奪ってしまいそうなので、最後に、個人的に一番、印象に残っているところを…。

 それは、ヨーロッパの階級もムスリムと似たようなもので、男女の性も社会的な制度に拘束されており、そこからフリーになるというのは、追放され、保護の外に置かれるという意味を持つ、みたいなあたり(p.93)。

 子どもの頃から "Me And Bobby McGee" の Freedom's just another word for nothing left to loose という詩は何回も口ずさんできましたが、新たな意味というか、社会の枠から出る、という意志も込められているのかな、と感じました。

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